捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第30話 戦う意志

 今のユグドラシルゴーレムは、エンシェントドラゴンに匹敵している可能性がある。
 ワンワンのエンシェントドラゴンから引き継いだステータスの数値を見れば、桁外れな力を持っている事が分かる。


 オワリビトのようにこちらの攻撃が通用しないという訳ではないが、ステータスの差が大きい。


 この中で最も戦えるであろうレイラは街を捨てて、逃げるべきだろうと思った。だが、傍にいる小さな存在は違う考えを持っていた。


「ねえねえ、この魔物を倒さないといけないの?」


 静まり返ったギルドで発せられた子供の声に誰もが反応する。そしてテーブルの縁に手を掛けて、一生懸命ユグドラシルゴーレムの絵を見るワンワンに視線が集まった。


「そ、そうじゃのう……この魔物が街を壊してしまうかもしれんからのう」


 どう答えればいいのか、レイラは悩みながらもそのように答えた。勿論、この街の戦力で倒せるとは思っていない。レイラの苦しそうな声色から、それは周囲の者にも理解された。


 だが、ワンワンはそこまで読み取れず、言葉を額面通り受け取る。


「わうっ! 分かった! じゃあ僕も頑張るね!」


 その言葉は先程のレイラとは違い、純粋な真っすぐな言葉。何も含みはなく、ユグドラシルゴーレムとの戦いを挑むにあたって、頑張ると言っているのであった。


 ほとんどの者が、ワンワンの言葉に本気で言っているのかと困惑の表情を浮かべる。


 ユグドラシルゴーレムの強さを理解できなかったのだろうか、あるいは恐怖という感情が麻痺しているのではないかと訝しむ。


「……なあ、ワンワン。お前、怖くはないのか? 相手は滅茶苦茶強いんだぞ…………死ぬかもしれない」


 怖がる素振りを見せないワンワンに対して、ついゲルニドはそのような事を尋ねていた。


 ゲルニドにはワンワンがユグドラシルゴーレムの危険性をまるで理解していない。また一部の感情が欠如しているとは思えなかった。


「だって、ナエやレイラがいるだもん。二人がいれば怖くないよ! 僕もね、一生懸命頑張るし、怖い事も怖くないんだよ!」


 ワンワンの言葉からナエとレイラがどれだけ信頼しているのか分かるが、ゲルニドや周囲の者がが気にしたのはそこではない。


 最も重要なのは、相手が強く、死ぬかもしれない可能性があってもワンワンは戦うと言っている事だ。その原動力は何にせよ、この小さな子供がはっきりと戦うと聞いて、何も感じない訳がない。


「……歳は取りたくないな。何をしたいか、じゃなくて何をしたらいいかって考えちまう」


 苛立たしげに頭を掻いて溜息を吐いた。


 その後、ゲルニドは両手をテーブルに勢いよく叩きつけ、叫ぶ。


「こんな子供が戦うって言うんだ! 逃げる訳にはいかねえ! ここは魔物ギルドだ、魔物と戦わずに逃げる? はっ、そんな事をする訳ねえだろ。ここで逃げ出したら俺達の存在意義はゼロだぞ! 魔物と戦うのが、魔物討伐ギルドだ!」


 その言葉に同意するように頷く者達が現れる。だが、まだ決めかねている者も多い。常に死と隣り合わせの仕事であり、自分の身の丈にあった魔物を相手にするよう心掛けている冒険者は少なくなく、むしろそれが常識とも言える。


 勝機が見えない仕事はしない。それがこの仕事を長く続けるにあたって必要な事である。しかし、逆に言えば勝機さえあれば、ユグドラシルゴーレムと戦いたかった。


「あっ、やっぱりここにいた!」


 戦うか、戦わないか。多くの者が悩む中、女性の声がギルドの入口の方から聞こえた。


 魔物ギルドの人間は聞き慣れない声だった為に何者か分からず、入口の方を見る。そこで彼女が何者なのか気付いて目を見開く者がいれば、分からずに首を傾げる者もいる。


 ワンワン、ナエ、レイラの場合は見なくても、声を聞いてすぐにその人物が何者か気付いた。


「クロ!」


 そうワンワンが嬉しそうに声を上げて、彼女の正体を薄々気付いていた者は確信に変わる。


「やっぱり……勇者だ! 勇者クロだ!」
「どうしてこんなところに……もしかして、ユグドラシルゴーレムの事を聞きつけて……」
「何処かで見た事あると思ったら……そうか、勇者か!」


 突然現れたクロに対して驚く一同。そんな事はお構いなしに、クロはワンワン達のもとへと近付く。


「どうして来たのじゃ? というかよく街には入れたのう」
「街から逃げ出そうとする人が多くて、出入りのチェックはしてなかったんだよ……だからジェノスさんもいるよ。それと非常事態だからさ、三人が心配でね」


 ジェノスの部分は三人にしか聞こえないように声を潜めた。そしてゲルニドにクロは気付いて嬉しそうに笑みを浮かべる。


「久し振りですね、ゲルニドさん」
「ああ……久し振りだな。よくお前の活躍は耳にしているぞ」
「あはは、それもゲルニドさんから魔物の対処方法を色々と聞けたからですよ」


 昔を懐かしむようにクロはそう口にすると、非常時ではあるがゲルニドも思わず目を細めて懐かしんでいるようだった。


 そんな二人の遣り取りを見て一部は興奮気味に話し出す。


「お、おい、ギルドマスターって勇者と知り合いなのか?」
「勇者が色々教わったみたいだぞ。それって……ギルドマスターって勇者の師匠なのか? すげぇ!」
「そういえば、つい最近までギルドマスターって何処で何やってたか謎だったよな。もしかして勇者を特訓していたとか?」
「あ! そうか、ギルドマスターが勇者を呼んでくれたんだ! これなら勝てるんじゃないか?」


 魔物の対処方法を色々教えた、という事実に対して脚色が色々ついてしまっているが、先程戦う事に否定的な態度をしていた者達が戦いに意欲を持ち出したのが目に見えた。


「クロも一緒に戦うの?」
「うん! ワンワンくん達が戦うなら、私も戦うよ!」


 そのクロの言葉を聞いて、魔物ギルドの一気に士気が高まった。勇者という存在は人々にとって、それほど絶対的な強さを誇る存在である。ユグドラシルゴーレムが相手であっても勝機が見えるほどに。


 そして各々で魔物を迎え撃つ準備を再開を始めた。表情からは不安は一切感じられず、これから魔物を討伐する事しか頭にはなかった。


 それからゲルニドはワンワン達とユグドラシルゴーレムを討伐する為の話し合いがしたいと、ギルドマスターの執務室へと連れて行く。その際、表で待機していたマントについているフードを深く被って顔を隠したジェノスも同席するのであった。

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