捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第19話 チェルノでの一日が終わります

「【追想転移】ってスキルで魔族の国に。その為に魔族が必要なのか……」


 レイラはゲルニドに魔族の国に行くのに、【追想転移】を使う為、魔族が必要な事を伝えた。


 最初どうして魔族の国に行くのか首を捻っていたゲルニドだったが、クロやジェノスと普通に生活をする為と聞けば、魔族の国に行く理由はすぐに理解した。


「魔族の国に行くのは危険だと思うが……魔族の奴隷が必要なのは分かった。ここを俺達の確かに隠れ家にする前に魔族の奴隷は何人かいた。そいつらを買い戻せるなら楽なんだが……生憎それはできねえ」
「遠方の街に売ってしまったのかのう?」
「いや、実はちょうど他国の奴隷商が来てな。そいつに売っちまったんだ。既にチェルノを出てるしな……買い戻すのは現実的ではないな。ベイヤーンの奴隷商だったか……」
「ベイヤーン……確か人間の国の中で奴隷兵が有名な国だったかのう」


 戦争の状況としては魔族の国と人間の国としているが、人間の国は複数の国で構成されている。ベイヤーンはその内の一国だ。


 奴隷を戦場に送り込む国は珍しくない。奴隷は最も苛烈な戦線へ送られ、態勢を整えるまでの時間稼ぎとしての肉盾となるのだ。だが、ベイヤーンは奴隷を消費するものとは考えず、兵士の一人として扱う。


 ベイヤーンでは奴隷の身分から解放する代わりに、厳しい兵士の訓練を受けて戦場に送られる。短期間で戦える兵士として鍛え上げられる為、過酷な訓練を受け、戦場へと送られていく。兵士は初陣にも関わらず、勇猛果敢に戦い戦果を挙げている。そういった者達の事を奴隷兵と呼ばれているのだ。


 ――しかし、これはレイラの知っているベイヤーンであり少し違うらしい。


「奴隷兵か……まあ、昔はそんなふうに言われてたな。まだ昔は一定期間戦場で戦えば、一般人として普通の生活に戻る事も、そのまま兵として働いて稼ぐ事も……選択肢があった。だが、今じゃ実験兵なんて呼ばれる事が多いな」
「実験兵……?」


 聞き慣れない不穏な言葉に、レイラは囁くように戸惑いの声を漏らした。そんな彼女の反応に、ゲルニドはワンワンやナエが食事に夢中である事を確認して声を潜めて実験兵の事を語り出す。


「実験兵っていうのは、勇者並の戦力を持つ人間を作る実験の過程で生まれた奴隷達の事だ。ベイヤーンでは非人道的な実験を奴隷で行っているんだそうだ。そしてある程度成功した者は戦場へ送り出される。聞いた話じゃ実験兵の大半が突然死するそうだ」
「突然死? 戦って死ぬのではないのか?」
「そうだ……まるで操り人形の糸が切れたみたいに、前触れなく死んでしまう。あくまで実験の過程で生まれた未完成の技術を施されてんだろうな。戦場からは実験兵はまず戻れない」
「そのような事が起きているのか……」
「俺達が売った相手はそのせいで労働力としての奴隷が少なくなっていると言っていた。実験兵にはされないとは思うが……まあ、祈るしかないな。話を戻そう魔族の奴隷だったな……


 ベイヤーンの話を打ち切って魔族の奴隷の話に戻す。
 暫く口元に手をあてて考える素振りを見せてから暫くして、ゲルニドは相変わらず酒を飲んで騒いでいる仲間達に目を向けてから口を開く。


「よし、俺達が他の街で魔族の奴隷を探そう」
「よいのか? あまり目立つような事をしたら問題なのではないか?」
「問題ない。俺やここの奴隷商をやってる奴のように、顔が割れてないのが何人かいる。怪我は治って動けるし、伝手も多いからな。数日中に魔族の奴隷を連れて来よう……だからと言っちゃなんだが……いや本来は礼をしないといけないのに、こんな頼みをするのは図々しいとは思うんだが……」


 言い辛そうに言葉を濁す。だが意を決してゲルニドはその頼みを口にする。


「俺達も、魔族の国に連れて行ってくれないか?」
「魔族の国へ一緒に行きたいと? どうしてじゃ?」


 レイラの疑問はもっともだ。一般人であれば、人間と魔族が戦争しているさなか好き好んで魔族の国へ行きたいとは思わない。


 ゲルニドは理由は二つあると告げる。


「一つはボスについて行きたい。ここにいるほとんどの奴がボスに恩があるんだ。だからその恩に報いたい。それともう一つの理由が、このままだと俺達はいつかは捕まる可能性が高いからだ。さっき顔が割れてない奴がいると言ったが、割れてる奴もいる。それに裏切った奴等が捕まって俺達の情報を売る可能性も充分にある……だから手の届かない場所に逃げたい。どうだ? 俺達を連れて行って貰えないか?」
「ふむ……【追想転移】は人数制限はないから問題ないが……儂だけでは判断できん」
「ああ、ボスとも相談してくれ。もし駄目でも奴隷の方はきっちり探しておく」
「助かる。では、明日ジェノスと合流するとしよう。お主……は、さすがにギルドマスターじゃから昼間ともに行動するのは問題かのう」
「そうだな……よしカーラに行かせよう。今は大事を取って休ませているが、知っている奴の方がいいだろう?」
「あやつの体調が問題ないようであれば、儂らは有り難いかのう」


 こうして明日、ジェノス達と一度合流する事に決めた。


 魔族の奴隷を探すのも明日から始めてくれるとの事だが、おそらく当初予定していた三日間では足りないだろう。クロとジェノスにチェルノの滞在が長くなる事を伝えなくてはならない。


「そうじゃ、ギルドマスター」
「ゲルニドでいい。ギルドではギルドマスターと呼んで貰わないと困るがな」
「うむ、ではゲルニド。お主達は奴隷として街の中に入れたと聞いた。それと同じようにジェノスやクロを街の中に入れる事はできぬか?」


 今、二人は街の外で寝起きをしている。戦場を掻けたり、盗賊として生きて来た二人にとっても数日程度問題ないかもしれないが、自分達だけ宿で快適に生活するのは気が引ける。もし、ゲルニド達と同じ手を使えるのなら、そうしたいと……ワンワンもきっと喜ぶだろうと考えた。


 しかしレイラの期待とは裏腹に、ゲルニドは腕を組んで難しい表情を浮かべる。


「ううむ……それは正直難しいな……」
「ど、どうしてじゃ?」
「いや、奴隷を大量に仕入れたと衛兵達に情報は伝わっているはずだ。だが、ばれない為に店を開けない日が続いてるんだ。そんな状況でまた奴隷を仕入れたとなれば……門での確認が厳しくなるだろう」


 その言葉にレイラは納得する。確かに奴隷を仕入れたはずなのに店を開けないと、風の羽の店ネリオも不思議そうにしていた。


「そうか……残念じゃ……」
「【追想転移】はどうだ? 俺達の中にこの街の出身者はいないが……伝手を使って協力者を探す事もできるが……」
「それも考えたんじゃが……このスキルは大雑把にしか転移できないのじゃ。チェルノの街に転移はできても、チェルノの街のギルドの中といった場所に意図して転移はできない。下手をすればチェルノの衛兵の詰め所に転移する事もあり得る」
「リスクが高いな……分かった。他に何か手はないか考えよう。奴隷探しも急がせる」
「ありがとうのう。何かできる事があれば言って欲しいのじゃ」


 それからレイラは先程話題に挙がったベイヤーンのように、自分が三百年前に存在した人間である事は伏せながら現代の情報を聞くのだった。そしてワンワンとナエの腹が満たされたところで宿へと戻る。


 宿に到着すると、またすぐに鎧からレイラは抜け出して爽快と言わんばかりの清々しい表情で息を吐く。


「ふうっ……やはり鎧の中にいると疲れるのう。誰かに触れて貰える体であれば、マッサージをして貰いたいくらいじゃ。ゆっくり休むとしようかのう。二人も明日は森の中を歩く事になるだろうから早く……」
「わうぅ……くうぅ……」
「ぐー……すー……」


 二人の方を振り返ってみると、同じベッドで二人は寝息を立てていた。
 ワンワンはナエの腕を抱き締め、ナエはそんなワンワンを守るように背中に手を回している。仲睦まじい姉弟の姿を目にしてレイラは優しく微笑んだ。


「ふふっ、今日は色々あったからのう……ゆっくり休むがよい」


 こうしてチェルノでの一日が終わった。

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