捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第15話 生かす為に失われたもの

 ゲルニドを含む奴隷商の店に潜んでいる盗賊達が、ジェノスの仲間であった事を知ったナエ達。その事実に驚き、暫く言葉を発する事ができなかった。


 一方、レイラ達の心情を理解できないゲルニドは、正体を明かした事で彼女達が困惑していると思ったようだ。


「突然こんな事を言われても戸惑うと思う。だが、どうかお願いだ。仲間を治してくれないか?」
「い、いや、治してもいいんじゃが……その……」
「治してもいいが……何だ? 報酬はしっかり払う。それほど多くは出せないが……」
「いや、報酬の事ではなくてのう……」
「じゃあ、何だ?」


 ジェノスの事を話すべきかとレイラとナエは顔を見合わせる。だが、どう説明すればいいか悩んでいた。どのようにしてジェノスと出会ったのか……そこを話すとなると、ワンワンの【廃品回収者】の事を話さなければならない。いくらジェノスの仲間といっても初対面の相手に話していい内容ではないだろう。


 だが、ジェノスの行方を気にしているのに、何も教えないというのも心苦しい。


「……自分達のこれまでの行為を全て正当化する訳じゃないが、そこまでの悪事は働いていないつもりだ」


 唐突に語り出したゲルニド。仲間を治して貰う為、自分達の事を全て知ったうえで、判断して欲しい。彼の言葉からそのような意思が感じ取れた。


「……そうは言うが、盗賊じゃろ?」
「盗賊といってもボスが主導して盗賊行為をした相手は、悪事に手を染めた貴族だけだ。そういう奴等の汚い手段で得た金だけを狙った。一般人には絶対に手を出す事はしなかった。そして手に入れた金をあの人は匿名で孤児院とか、金に困っている色んなところに寄付をしてたんだ。そんなボスの仲間に最後まであり続けた連中のほとんどは、恩もある。だから少なくとも、あの人を裏切るような行為はしないと心に誓ってるんだ。……ついでに言っておくと、強欲の放浪者グリディ・ノーマッドの悪名のほとんどは、裏切った奴等のせいだ。俺達は戦う事はあっても命は絶対奪わない……女子供を奴隷として売り飛ばすといった非道な事もしなかった」


 ジェノス自身悪い人物でない事は知っていたが、実際どのような盗賊かは知らなかったレイラとナエ。盗賊には変わりないが、義賊のような事をしていたとは初耳だった。


 そしてジェノスがいかに慕われているかを話しを聞いて感じられた。そこで出会いの部分を除いて、ジェノスと一緒に行動していると伝えようかとレイラは考える。


 だが、レイラやナエが言うよりも早くワンワンが動いてしまった。


「ねえねえ、ジェノスと知り合いなの?」
「ん? ああ、だから言ってるだろ? ジェノスさんは俺達のボスで、恩人でもあるんだ」
「そうなんだ……あのね、ジェノスはね、お父さんなんだよ!」
「………………は?」


 ゲルニドはワンワンの言葉に、訳が分からず間の抜けた声を漏らした。だが、すぐに「そんな馬鹿な」と首を振って気を取り直し、ワンワンに尋ねる。


「今、ジェノスさんがお父さんって言ってたが、それはお前の親の名前が同じ名前って事だよな? 俺達のボスとは別人で……」
「ううん、違うよ。ジェノスはジェノスだよ。強欲の放浪者の元首領だって聞いた事がある!」
「…………」


 ワンワンのお父さんのジェノスと強欲の放浪者のボスが同一人物という事に、ゲルニドは目を閉じて黙ってしまう。「ボスに隠し子が……」などと呟いているので、だいぶ混乱している事が窺えられる。


「あー説明するとのう……」


 これ以上、ゲルニドが混乱しないようにとレイラはジェノスと自分達の関係を説明るする事にするのだった。


 【廃品回収者】の事は伏せて、逃げ出したジェノスと偶然出会い、一緒に旅をしている。そして今は必要なものを買いに、ジェノスとは別行動。今はチェルノ周辺の森の中にもう一人の仲間と身を潜めていると説明をした。


 本当に自分達のボスのジェノスと一緒に行動しているのかとゲルニドは疑っていたが、過去に駆け出しの頃の勇者クロと出会っていただろうと話をすると、信じて貰う事ができた。


 一緒にいるもう一人の仲間がクロだと分かると、そんな偶然があるのかと笑う。


「まさかあの時の勇者と一緒にいるとは……あいつは元気か?」
「元気じゃよ? ギルドマスターもクロと出会っていたのかのう?」
「ああ……あの時はまだ強欲の放浪者に入りたてだった。入る前は魔物ギルドでそこそこ活躍していたんでな。色々魔物との戦い方を教えてやったんだ」
「そうだったのか……今では、聖域の魔物も楽勝じゃよ」
「強くなったな……ボスとも会いたいが、クロとも久し振りに会ってみたいものだ」


 駆け出しの頃のクロはどれだけ成長したのか気になるのか、ゲルニドの声は弾んでいた。


「儂らがジェノス達と合流する時にでも同行すればいいじゃろ。まあ、その前に怪我人を治してからじゃのう」
「治してくれるのか?」
「ここで治さんかったら、ジェノスも悲しむからのう。しかし、口振りから治すのは一人じゃと思ったが……」


 負傷者は血の匂いからしてかなりの数だ。【回復力向上】のスキルに使用制限はないが、想定と違ったのでレイラは思わず声に出してしまう。


「ああ、その認識で間違っていない。治して欲しいのは一人だ。他の奴等も治して貰えるなら治して欲しいが……命に関わるほどの重傷ではないからな」
「その一人は……命に関わる怪我なのかのう?」
「そうだ……このままだと間違いなく死んじまう。来てくれ」


 案内されたのは建物の奥の部屋。閉ざされた扉の前に立つと【超嗅覚】がなくとも、血の匂い、そして薬の匂いが室内から漏れ出ていた。


「ここからは……レイラだけの方がいいかもしれん。かなり酷い状態なんだ」
「……それほどか。分かったのじゃ。二人はここで待っておれ」
「分かったぜ」
「うん、待ってる」


 二人を部屋の外に残して、ゲルニドとレイラは部屋へ入った。


 室内を魔力で明かりが灯るランプが照らしている。ランプの灯りで確認できたのは様々な薬品や包帯が置かれた机、そして一つのベッドだ。苦しそうな呼吸がベッドから聞こえ、そこに重傷者が横たわっている事が分かる。


 レイラはゆっくりとベッドへ近付き、横たわる人物を覗き込んだ。


「……のう、こやつは拷問でも受けたのか?」


 そう尋ねるのも無理はなかった。まずベッドに横たわる人物には手足がなかった。次に歯だ。包帯は顔中に巻かれているのだが、口は呼吸をする為に露出していた。だが、口内を覗き込むと、そこには歯が一本もない。そして鼻。包帯で顔が覆われているが、鼻と思われる突起がなかった。包帯の下にはもしかすると、他にも失われている部位があるのかもしれない。


 ただ戦って怪我を負ったとは思えない体だった。だからレイラは拷問を受けたのかと思わず尋ねたのだが、そうではないらしくゲルニドは首を横に振って応える。


「これはスキルのせいだ」
「スキルじゃと? いったい何というスキルじゃ?」
「【邪神への貢ぎ物】というスキルだ。こいつは自分の願いを叶えるという規格外のスキルなんだが……願いを叶えるのに代償が必要となる。髪の毛や血……小さい願いならそれぐらいだが、大きな願いであればあるほど代償も大きくなる」
「代償……もしや、それで」
「具体的に何を願ったのか分からん。だが圧倒的な戦力差の前で誰も死なずに生きている事を考えると、全員が逃げられますように……なんて願ったのかもな。これが、そんな願いの代償を支払った結果だ。手足、歯、鼻、耳、目、胸、髪の毛……少なくともそれらが逃げ切った後に一瞬で失われたんだ。しかも、まだ代償は足りないらしい……太陽が昇るたびに、まるでパンでも千切るかのように体の肉が少し失われていく……」
「そのようなスキルが……初めて聞いたのじゃ……」


 多くのスキルを持つレイラでも【邪神への貢ぎ物】は聞いた事がなかった。それに体の一部が失われ、今も徐々に肉体が失われていくというのはもはやスキルではなく、呪い。そのような印象をレイラは受けるのだった。


 だが、そんな呪いのようなスキルを、代償を払い使ったおかげでゲルニド達はここまで逃げる事ができたのだろう。


「……おぬしは、ゲルニド達を逃がす為に頑張ったんじゃのう」


 レイラは横たわり苦しそうに呼吸する重傷者に優しく言葉を掛けた。
 そして暫くの間ジッと包帯で覆われた顔を見てから、ゆっくりとレイラはゲルニドへと視線を向けるのだった。

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