捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第10話 ワンワンは欲しがる

 先程の窓口まで戻ると、ナエの模擬戦の相手をしてくれたサネーヤとは、模擬戦の相手をしてくれた事、怪我を治してくれた事を互いに感謝して別れた。そしてゲルニドはレイラ達に少し待つように言って奥へと行ってしまう。


 それから五分ほど経過して、ゲルニドは二枚のカードを手にして戻って来た。


「ほら、これが二人の会員証だ。まあ会員証だなんて固い呼び方はせず、俺達は基本ギルドカードと呼んでるな」
「へぇ……これがねぇ……」


 ゲルニドから差し出された二枚のギルドカードの内の一枚、自分の名前が書いてある方を手にするナエ。親指と人差し指で摘まんで、ちょっとした弾みで落としてしまいそうだ。


 その様子を見てゲルニドは彼女がすぐにギルドカードを失くす事を懸念して、ある事を告げる。


「言っておくが、失くしたら再発行に100,000シェン掛かるからな」
「高っ!?」


 再発行の料金に驚き、両手でギルドカードを持ち直すナエ。街に入る前に金貨を大量に手に入れていた為、再発行になっても大した痛手ではないのだが、スラム街で生きてきたナエにとっては心臓に悪い額だ。


「どうしてそんなに高いんだよ!」
「特殊な加工がされてるんだ。魔力を流してみろ」
「魔力を? こうか? おおっ!?」


 ナエが言われた通りに魔力を流してみるとギルドカードが光を放つ。そして魔力を流すのをやめると光は消えた。


「これでお前の魔力をそのギルドカードは覚えた。お前の魔力を流せば今のように光るが、他の者が流しても光らない。身分を確認される時に光らせる事で、ギルドカードの持ち主である事を証明するんだ。傭兵ギルドに所属していたレイラの方は知ってるだろう?」


 そのように話を振るゲルニドだが、レイラはギルドカードを手にしながら困惑した様子だった。


「う、うむ、分かっているのじゃ…………分かっているのじゃが…………その、儂は魔力がなくてのう」


 恐るおそるレイラは魔力をギルドカードに流せない事を口にする。三百年前は持ち主の魔力で光るといった仕組みは施されてなかったので、魔力を持たないレイラはギルドカードを手にして動揺していた。
 傭兵ギルドに所属していたと言ってしまった手前怪しまれるかもしれないが、今後ギルドカードが自分のものであると証明できなくなるのも困る為に魔力を流せない事を伝えた。


 どのような反応をされるのか内心不安だったレイラだが、それは杞憂に終わる。


「ああ、たまにいるな。そういった場合はもうひと手間加える必要があるから待っててくれ」


 レイラからギルドカードを預かると、ゲルニドは再び奥に引っ込み、数分で戻って来た。レイラはギルドカードを受け取るが、見た目からは先程とはまるで変わっていない。


「音声で証明できるようにしたからな。口に近付けて自分の名前を言うんだ……まあ、知っていると思うが」
「分かったのじゃ……レイラ」


 名前をギルドカードに向かって言うと、先程のナエの時のように光った。


「よし、これで音声がそのギルドカードに登録された」
「ほぉ……他の者がレイラと言っても光らんのかのう?」
「? ああ、当たり前だろ。傭兵ギルドのギルドカードは違ったのか?」
「あ、いや……念の為の確認じゃよ」


 現代の技術に感心してしまい、思わず傭兵ギルドに所属していた事が頭から抜け落ちてしまったレイラ。幸いゲルニドは今の彼女の発言を特に気にしていないようだった。


「これで登録の手続きは以上だな。登録費と会費を払って貰えるか? 二人合わせて70,000シェンだ。今月中に依頼を十回受けられるようなら会費を除いて10,000シェンでいい」
「うむ、そうじゃのう……ん?」


 会費は今月分を支払って、街を出る時に一年分ほど支払おうかなどとレイラが考えていると、ふとワンワンが自分のギルドカードをジッと見ている事に気付く。


「ワンワンどうしたのじゃ? ギルドカードが気になるのかのう?」
「わうっ……僕も欲しい!」
「……のじゃ!?」


 欲しいと言われて一瞬何が欲しいのか理解できなかったレイラだったが、すぐにワンワンの視線の先のもの、自身のギルドカードに向けられている事から理解した。


 ギルドカードが入手するならギルドに登録する必要があるのだが、ワンワンをギルドに登録させる事は露ほども考えていなかった。


「いや、ワンワン。お前は必要ないんだぜ?」
「わうぅぅぅ、光るカード欲しいよ! それに二人とお揃いだよ!」
「そうは言ってものう……」


 ナエがギルドに登録したのは奴隷を購入する為に必要な事で、これといってワンワンが登録する必要性はない。それにナエは試験を受けてなんとか登録して貰えたが、彼女よりも幼いワンワンが登録するのはさすがに難しいだろう。


 試験を受けさて貰えれば、魔物相手にやられない実力を示せるだろうが、悪目立ちしてしまう。ナエでも驚かれたのだから容易に想像がついた。


 レイラがワンワンの登録に難色を示していると、そこにゲルニドが口を挟む。


「……そっちのガキも登録するのか? 個人的には登録しておいた方がいいと思うぞ」
「なぬっ? どうしてじゃ?」
「正直、お前達の関係は謎過ぎる。一緒にいるなら身分をはっきりさせておいた方が、変な疑いは持たれにくいんじゃないか?」


 確かに全身鎧の人物とともに行動する幼い子供二人というのは、他人の目からはどのように映るか。客観的に考えてレイラはゲルニドの言葉に「確かにのう……」と頷く。


「登録をした方がいいのは分かったのじゃ。ただ、ワンワンを登録してくれるのかのう? 今のギルドマスターの口振りじゃと、ワンワンを登録して貰えるように感じたのじゃが……」
「……これは俺の勘なんだが、そのガキはとんでもない力を秘めてる気がするんだ。さっきの模擬戦とは比にならないほどのな」
「まあ……魔物と遭遇したら生き残れるとは思うがのう……」


 ナエの力量は見抜けなかったが、異常な数値を誇るステータスのワンワンの力には気付いたようだ。
 普通の人ではワンワンの実力さえ見抜けないだろうが、顔に刻まれた多くの傷からギルドマスターに至るまでゲルニドは数多くの場数を踏んでいるのが窺える。その経験から何か感じるものがあるのだろう。


「子供のくせに生意気だと思われる可能性はあるが、その時には正当防衛で力づくで黙らせればいい。誘拐やら犯罪を疑われて衛兵を相手するよりはマシだろう?」
「……衛兵をぶっ飛ばす訳にはいかないよな」
「そうじゃのう。あらぬ誤解で疑われるリスクは減らせるか……。よし、登録を頼む……と言いたいところなのじゃが、試験は受けないといけないのかのう」


 何処からワンワンの力が漏れるか分からない。その為、実力を晒すような真似はしたくなかったレイラ。するとゲルニドは「必要ない」と答える。


「訓練場を破壊されたら困るからな。試験は無しでいい」


 それほどの力をワンワンは秘めているとゲルニドは感じているらしい。
 ワンワンは攻撃手段を持ち合わせていないのだが、試験が免除されるのでわざわざ訂正するような事はしなかった。


 ギルドに登録して貰える運びとなったワンワン。ギルドカードが貰える事をワンワンは喜びながら、自分の手で書類に必要な情報を書いていく。
 スキルや経歴で余計な事を書かないようにとナエとレイラが口出しをしながら記入を進め、全て書き終えるとギルドマスターがギルドカードを発行しに奥へと引っ込む。


 するとゲルニドの傍でずっと控えていた、当初レイラ達の対応をしていた女性職員が驚きの声を漏らす。


「ギルドマスターがあっさり登録を認めるなんて珍しいですねぇ……」
「そうなのかのう?」
「はい。普段は私のような職員が登録をするのですが、時々ギルドマスターも登録の対応をするんですよ。ただ、成人した相手でも実力が不足していると思えたら登録に難色を示す人で……」
「へぇ……気難しいんだな」
「気難しいところも確かにありますが、それはギルドマスターの優しさでもあるんです。口にはしませんが無駄死にさせたくないからそうしているのだと思います。会員の方に色々と助言をされたりもしていて、おかげでギルドマスターが着任されてから……まだ数か月しか経っていないのですが、会員の質が向上したように感じられますね」
「ほう、それでは最近まで現役の会員として活躍していたのかのう?」


 まだギルドマスターとなって間もないと聞いて、興味本位で尋ねてみると職員は首を横に振る。


「えっと……そういう訳ではないみたいですよ。十年以上前まではだいぶ活躍されていたそうなんですが、一度隠居をしたのか姿を消してしまったんです。ただ体はまったく衰えていないんですよ。会員の方とよく模擬戦をしていますしね……あ、カードができたようですよ」


 一枚のギルドカードを手にしてゲルニドが戻って来た。
 ワンワンは「ありがとうっ!」と嬉しそうにギルドカードを受け取ると、早速魔力を流して光らせる。そして「光ったよ!」と興奮気味にナエとレイラに見せた。 


「おいガキ、失くすんじゃないぞ」
「うん! 分かったよ! ありがとう、おじさん!」


 ワンワンは笑顔でゲルニドに礼を言う。
 ギルドマスターと呼ぶようゲルニドは言おうとしたがやめた。ワンワンから「おじさん」と呼ばれるのは悪くないと思ったらしい。自身の頬が緩みそうになるのを慌てて引き締めていた。


 こうしてワンワン達は目的の身分証を入手できたので、登録費と一ヵ月分の会費を払いギルドを後にするのだった。

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