捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第4話 いよいよ街へ

 翌日、チェルノに向かって移動を始める。
 魔力が回復した為、《ゲランダル》を使う事もできるが、残りの距離を考えて使わずに徒歩で移動する事に。そして昼頃にチェルノに辿り着いた。


 少し離れた茂みから街に入る順番待ちの列を見る。ここで一つ確認しておきたい事があった。


「よし、それでは行ってくるのじゃ」


 レイラが一人ふわふわと列に向かって行く。そして人の視界に入るように適当にうろつくが、何も反応はない。一分近く飛び回り、明らかに視界に入っているはずなのだが反応のない事を確認して、レイラは戻って来る。


「やはり儂の姿は見えないようじゃのう」
「俺達だけが見えるのか……それじゃあ、あの方法で行くか。ワンワン。ナエも準備をしてくれ」


 ジェノスはそう言いながら、格納鞄の一つから黒王虫の鎧とドラゴンキラーを取り出す。


「よし、いいぞ」
「うむ、ありがとうの。それじゃあ【憑依】じゃ!」


 レイラの魂が黒王虫の鎧に収まり、鎧がゆっくりと起き上がる。


「どうだ? 動きに問題ないか?」
「問題ないのじゃ。オワリビトと戦った時にはゆっくりと検証はできんかったが、触覚がないのは不便じゃのう」
「感覚は【憑依】前と変わらないのか。まあ、多少は不便かもしれないが支障はないだろ。ほら、こいつを渡しとくぜ。中に聖域の魔物が十くらい入ってる。聖域の魔物なら一匹でもそこそこ価値があるはずだから売ってくれ」
「うむ……とりあえず一匹売ってみるのじゃ。それじゃあ行ってくるぞ。ワンワン、ナエ」


 ジェノスから渡された格納鞄を背負い、二人を伴って順番待ちの列へと向かう。その中で商人らしき荷馬車に乗った男を見つけてレイラは声を掛ける。


「少しいいかのう?」
「はい? ……何でしょうか?」


 鎧姿のレイラを見て、少し驚いた様子を見せるが物腰柔らかに対応する商人。レイラは相談して決めた設定を思い出しながら落ち着いて話をする。


「突然の事で申し訳ないのじゃが……魔物の死体を買い取ってくれないかと思ってのう」
「魔物の? はぁ……私は魔物の皮などを加工した製品を扱っておりますので買い取る事は構いませんが……街に入れば専門の魔物取引所があるはずですよ?」
「いやぁ、お恥ずかしい話なのじゃが……実は盗賊に襲われてのう。金を盗まれてしまったのじゃ。おかげで街に入れないのじゃよ……」


 弱ったとばかりに首を横に振るレイラに、商人は「そうなのですか……」と呟きながら、まるで真偽を見極めるかのように目を細めた。


 そして、ワンワンとナエに気付く。あまり上等と言えない格好をした二人とレイラの関係が気になり、商人は問い掛ける。


「失礼ですが、この子供達とはどのようなご関係で?」
「この二人か? 奴隷に捕まっていたのでな、助けたのじゃ。そっちに気を取られていたら、金の入った荷物を盗られて逃げられたのじゃ」


 盗賊を追い払うだけでなく子供を助けた。それを聞いて商人は、話が本当ならレイラはかなりの腕前であり、それなりに稼ぎが良いと判断する。ここは恩を売っておいて、良いお客様になって貰おう……そう判断して頷く。


「なるほど、そうだったのですか。そういう事でしたら、お力になりましょう…………ですが、魔物は?」
「唯一無事だったこいつが格納鞄でのう。こいつの中に入っているのじゃ。出してもいいかのう?」


 背負っている鞄を叩きながらそう説明するレイラに対して、商人は目を見開く。


「格納鞄、ですか? そんな貴重なものをお持ちで?」
「運よくのう。たまたま手に入ったのじゃ」
「そうなのですか……ああ、すみません。格納鞄に驚いてしまって。それでは魔物を出していただいても?」


 格納鞄は特殊な魔法をかけた鞄で、滅多に出回るものではないのだ。それはその魔法の使い手が少ないという事もあるが、必ず成功するとも限らない。しかも魔力の消費量も多く、平均的な魔力の数値だと一日一回が限界だろう。


 それ故、商人はレイラを只者ではないと悟った。ここは出来る限りの事をして、今後も御贔屓にして貰おうと考えた。


「魔物は……こいつじゃのう」


 レイラは背負っていた鞄を下ろして、両手を突っ込む。そして魔物の大きさに合わせて鞄の口が広がり、取り出した。それはユグドラシルベアーの死体だった。


「こ、これは……聖域の魔物では?」
「うむ。ユグドラシルベアーという魔物じゃ。どうかのう?」
「いや、これほどの魔物とは……。ユグドラシルベアーは強い魔物……というか、聖域固有の魔物だと思いますが……」


 聖域の魔物はどれも強敵であり、滅多にお目にかかるものではない。もはや盗賊を撃退したという話を微塵も疑う事はなかった。


「聖域に入った訳ではないのじゃ。聖域の外で見つけてのう……聖域で何かあったのか他にも聖域の魔物を見かけたのじゃ。それで、どうじゃ?」
「あ、はい……しかし、これほどの魔物ですと、手持ちではとても足りません」
「いや、突然のお願いじゃからのう。街に入れる分、できれば宿で一泊できるくらいの値で取引できたらと思うのじゃが……」
「そ、そんな安値で引き取るだなんて罰が当たります! そうだ、街に入ったら私の店に来て貰えますか? 足りない分をお支払いいたしますので」
「む? そんなに気にしなくてもいいんじゃが……」
「いえ、これの毛皮や爪……内臓さえも薬などに使えますし、かなりの利益が見込めますので……街に入ったら必ず私の店に来てください。約束ですよ!」
「う、うむ……それじゃあ、そうさせて貰おうかのう」


 商人が強く訴え、レイラは頷く。それに満足したらしく荷台から革袋を取り出してレイラに渡した。


「今、お支払いできるのはこれぐらいです。残りはお店で……風の羽という店を構えておりますので。お越しをお待ちしております」


 商人と必ず店に行くと約束すると、順番待ちの最後尾に行くと見せかけて再びジェノスのところへ戻る。


「どうやら金は調達できたようだな」
「うむ、少し怪しまれたようじゃが……なんとかのう。これで街の中に入れるのじゃ」
「よし、それにしてもユグドラシルベアーはだいぶ価値があるんだな」


 商人から受け取った革袋の中を見てみると、中身は全て金貨だ。1,000,000シェンはあるようで、安全な高い宿にも泊まる事ができる。


「商人はこれで全額ではないから、店に来てくれと言っておったぞ」
「そうか……街で売っていたら注目されて面倒だったかもな」
「そうじゃのう。商人の周囲も少し騒がしくなっておったわ」


 格納鞄と知らない為、魔物を取り出した事に驚いたというのもあるが、商人以外にもユグドラシルベアーの価値を理解している者がいたようだ。


「おそらく金はもう充分だろう。目立つから、足りなくなった時だけ残りの魔物は売るようにしろ」
「分かったのじゃ。さて……それじゃあ、そろそろ行くかのう。ん? ワンワンどうしたのじゃ?」
「わうう……ジェノスとクロはどうしても一緒に行けないの?」


 ワンワンが悲しそうな表情をしている事にレイラが気付く。するとワンワンはクロとジェノスに視線を向ける。その潤んだ瞳に、二人は街について行きたいと心が揺らぐがなんとか堪えた。


「ごめんね、ワンワンくん。私達が街に行くと、ちょっと騒ぎになっちゃうかもしれないんだ」
「街での用事が済めば、また一緒に暮らせるんだ。少しだけ我慢してくれ」


 相変わらずワンワンは悲しい表情をしていたが、二人の言葉を聞いて小さく頷く。


「わう……分かった。クロ、ジェノス、気を付けてね」
「ワンワンもな。前に教えたが悪い奴もいるからな。危ないと思ったら魔法を使うんだぞ。あと、ナエとレイラの言う事は必ず聞くんだ。それから一人でフラフラすんなよ。誰か知らない奴について行くのは絶対駄目だ。たとえナエとレイラが呼んでるとか言われてもな。ナエもいざとなったら魔法を使って抵抗するんだぞ」
「オッサン何度目だよ! その話はもう何度も聞いてるぜ!」
「心配性な父親じゃのう」
「むっ……」
「さて、それじゃあ、そろそろ行くかのう。よいかの、ワンワン、ナエ」
「わうっ、いいよ」
「ああ……あ、少し待って欲しいぜ。クロ、いいか? こっちの格納鞄に少し料理を入れておいたぜ。取り出す時にはあまり乱暴に取り出すなよ? 出した途端にこぼれるからな」


 ナエはクロに作り置きした料理を説明を始める。二人の為に沢山の料理を作っておいたのだ。どんな料理が入っているのかなどをクロに伝えるのだった。


 こうして料理の説明を終えるのを待ってから、ワンワン達はジェノスと別れる。


「クロ、ジェノス。行ってくるね」
「初めての街を楽しんで来てね!」
「行ってこい……レイラ頼んだぞ」
「うむ。何かあっても、しっかりと姉と兄を守ってみせよう」


 ワンワン、ナエ、レイラの三人は、いよいよチェルノの街へと足を踏み入れるのだった。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く