捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

閑話 レイラの晩年

 ――およそ三百年前。


 ベッドの上。一人の老女が残り短い余生を静かに送っていた。
 もはや体を自由に動かす事はできず、一人で生活を送る事は困難。そんな彼女を同じくらいの時間を生きてきた女性が訪れていた。


 老女……は弱々しい声を漏らす。


「のじゃぁ……」
「……やっぱり、どう見ても幼女がだらけているだけに見えるわね」
「そう見えるのはお主のせいじゃろうっ!」
「…………死にかけてる姿も素敵よ」
「そんな褒められ方は嬉しくないわっ!」


 残り短い余生を静かに送る老女……いや幼女が声を荒上げる。そして、同じくらいの時間を生きてきた美女が、幼女に向けて微笑んでいた。


 幼女は百のスキルを持つ女、レイラ・グロートス。
 美女は魔女、マリア・ウィウルス。


 二人はこの時代の英雄であり、友であった。


「はぁ……はぁ……。お主と喋っていると、寿命が削れていくのじゃ」
「そんなに興奮しちゃ駄目よ」
「誰のせいじゃ! 誰の! くうっ……外見は幼いままじゃというのに、中身だけ老いるとはどういう事じゃ! おかしな魔法を使いおって!」
「それは何十年も前に謝ったじゃない。ごめんなさいって。もうっ、歳を取るとすぐに昔の事を持ち出して……」
「幼女にされた過去を忘れる訳なかろうっ!」


 二人は昔からこのような遣り取りを続けていた。一見、仲は悪そうであるが、唯一無二の親友である。


「まったく昔から儂を怒らせてばかり……」
「ごめんなさい。だって、あなたがあまりにも可愛くて……からかいがいがあって
「おいっ、本音が聞こえたぞっ!」
「あらっ、いけない」


 わざとらしく両手で自身の口を塞ぐマリアを、レイラは横になったまま睨みつける。
 だが、不意にレイラの表情がやわらぎ、先程まで抱いていた怒りが霧散していくのが感じられた。そして呆れた様子で溜息を吐く。


「まったくお主というものは……。こんな死にかけをからかいおって。ただでさえ死にかけているのに……お主のせいで、いつ死んでもおかしくないのじゃ」
「……そんな事はないでしょ。寿命は変えられないけど、あなたには【健康体】のスキルがあるのだから、病気にかかっても、外傷を負ったとしてもすぐに元の健康な体に」
「残念じゃが……もうスキルが使えないのじゃ……」
「っ! ……そう、もう本当に時間がないのね」


 スキルの使用もままならない。その事実にマリアは目の前の友人にいよいよ死期が迫っている事を理解する。


「ごめんなさいね。折角、不老不死の魔法を完成させたのに……あなたに使う事ができなくて……」
「くくくっ、まったくじゃ。というか自分にしか使えないのなら、まだ未完成じゃろ? もっと研鑽を積むのじゃ。時間は腐るほどあるじゃろ?」
「……ええ、そうね」


 マリアは不老不死の魔法を完成させていた。だが、それは自分自身にしか使えないもの。他人には決して使う事ができなかった。レイラも例外ではない。何度も、数え切れないほどレイラに魔法を掛けようとマリアは試みたが、不発に終わってしまう。


 指で自身の目元を拭う仕草をするマリアを見て、レイラは苦笑する。


「マリア……そんな悲しむ必要はないのじゃ。知っておろう。儂には後で復活する手段があると」
「分かっているわ……【不屈の封印】でしょ?」
「そうじゃ。それですぐに復活できる」
「……本当に、大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃ。既にスキルで封印する媒体は指定しておるし、親戚にも周知しておいた。すぐに解放されるじゃろう。じゃから、待っているがよい」


 ――そう告げて、レイラは数日後に息を引き取った。
 そして【不屈の封印】を解ける者が現れず、レイラの魂は自身の石像に閉じ込められたまま。


「嘘吐き……いつまで待っても、出て来ないじゃない……」


 レイラの魂が封じ込められた石像が公園に設置されてからというもの、マリアは彼女の解放を待ち焦がれ、毎年レイラの命日になると訪れていた。そして切なさそうに、あるいは腹立たしそうに……様々な感情を混ぜ合わせた表情を浮かべて文句を言う。


 ――その行為は三百年ほど続き、今年も命日の日となった。
 そして知る事になる。レイラの石像がなくなっている事に、彼女が解放されている事に……。


「レイラ……何処へいってしまったの?」

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