捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第32話 ワンワンは優しさと安心などを混ぜ合わせた癒しでできています

 ライヌがクロのもとへ向かった直後、ワンワン達のところにもオワリビトが現れた。


「ワンワン!」
「《ミソロジィ・シールド》!」


 実際にオワリビトを目にした事がなかったジェノスだったが、ナエの様子から、また自身もその存在を目の前にして危険を察知した。咄嗟にワンワンに声を掛けると、すぐに魔法を使う。


 ジェノスに声をかけられて、《ミソロジィ・シールド》を使っているあたり、ワンワンも現れたオワリビトを危険だと判断したようだ。


「キヒッ!」


 オワリビトは接近し、拳に魔力を纏わせて《ミソロジィ・シールド》によって張られた光の膜に叩きつける。だが、まるで光の膜は砕ける事がなく、微動だにしない。《ブレイブガード》を粉砕した攻撃だが、《ミソロジィ・シールド》はオワリビトの攻撃に耐える事ができた。


 オワリビトが光の膜からこちらに踏み込まないと分かると、ジェノスの腕の中でナエは安堵の息を吐く。


 破壊できなかったオワリビトは「どうして壊れないの?」とばかりに、首を傾げてから今度は両手の拳に魔力を纏わせて何度も叩きつける。拳が光の膜と接触する度に衝撃音はあるが、壊れる様子はなかった。


「……とりあえず大丈夫みたいだな」
「わううっ……あれが、オワリビトなの?」
「たぶんな……ナエ、大丈夫か? あれがお前とクロが遭遇した奴か?」
「あ、ああ……あいつだぜ……。どうして、ここにいるんだ? あいつはクロが相手を……もしかして、クロはもう……」


 オワリビトが近付いて来ないと分かり、安心していた表情に再び陰りが見えた。それを感じ取ってレイラは彼女の目線の高さに移動する。


「落ち着くのじゃ。クロの事じゃ、そう簡単にやられる訳がなかろう。それに現れるまで気配を感じ取れんかった。まるでたった今、生まれたばかりのようじゃ。ナエとクロと出くわしたのとは別であろう」


 取り乱すナエを落ち着かせようと、しっかりと目を合わせてレイラはそう言った。


 クロが生きている確証はないし、オワリビトがどのような存在なのか詳しくは知らない。同一のオワリビトではないと言い切る事はできない。だが、今はナエを落ち着かせる為に、そう告げたのだった。


 レイラの言葉で少しは安心したのか、恐怖で未だに自分の足で立てずジェノスの腕の中に収まっているナエの表情から、不安が薄れていくのが感じられる。また、思考の方もまともに動くようになり、状況の整理をする事ができた。


「あ……あいつ、オワリビトって名前なのか? 魔物か?」
「魔物とは違うようじゃ。なんでも世界中の人を殺し尽くす存在らしいのう」
「そ、そんな化物なのか!?」
「おいおい……あいつ、人を殺すって言ってたが、世界中の人だと? どんな化物だよ……」


 ライヌが言っていたオワリビトとは確かに「人を殺す最悪の奴」としか言ってなかった。殺人生物としての認識は持っていたが、まさか世界規模で人を殺すとは思ってもおらず、レイラの言葉に驚きを隠せない。


 レイラは【神の思し召し】によって、神からより詳細に聞かされているようだ。


「うぬ。正直、儂らには奴を倒す手段はないらしい。じゃが、あの天使……ライヌというらしいが、あやつであればオワリビトを倒せると言っておった。何でも天使や神様のいる天界の住人はオワリビトが苦手とする魔力を持つらしいのじゃ。普通の魔力……普通の人ではあまりダメージを与えられぬようじゃ」
「そうか……だから《ヘルフレア》はあまり効いてなか……ん? 天使? 何だよ、天使って? それに神様?」


 ライヌが現れてから、クロを助けに行くまでの事を全く知らないナエは意味が分からないと首を捻る。


「今はクロを助けに行っちまったが、少しは姿を目にしたんだろ?」
「ん……あっ、あれが天使なのか? あんな筋肉質な天使がいるのか?」


 一瞬の事ではあったが、ライヌの姿を目撃していたナエは思い出してそんな事を言う。確かにあのような筋肉の存在感が強い天使は、どのようなお伽噺を読んでも登場しない。


 ナエの言葉に同意するようにジェノスは頷く。


「気持ちは分かるが……神の話だとそうらしい」
「神とも話してんのかよ……訳が分かんねえぜ……」
「正直、俺も色んなことが一度に起きて混乱してんだ。だが、あれは俺達じゃ倒せねえのは理解できた」


 ジェノスは自力でオワリビトをどうにかしようとは思わなかった。クロと比べれば実戦経験は少ないかもしれないが、彼女以上に盗賊をしながら多くのものを見聞きしてきた。


 その経験から目の前の存在がいかに異常かを理解し、自分やナエやレイラ、そしてクロでも倒せない。ワンワンの魔法で防げていなければ、間違いなく背中を向けて逃げる事を選ぶとジェノスは思った。


「あいつから、よく逃げて来たな……」
「クロが残って時間を稼いでくれたんだぜ。だから……こうして……」
「大丈夫だよ!」
「ワンワン?」


 クロの名前を口にして、再び彼女の身を案じるナエにワンワンは笑い掛けた。
 ワンワンの表情からクロを心配している様子はない。かといってワンワンが薄情という訳では決してない。


「だって約束したもん! クロを助けるって!」


 約束。それはライヌがワンワンとしたものだ。必ず助けると言ったライヌの言葉を、ワンワンは信じていた。


「そうだな。クロなら問題ないだろ。今頃は天使と合流して、オワリビトを倒してくれてるんじゃねえか?」
「うむ、そうじゃのう。あの速さなら、もう倒しているかもしれぬ」


 レイラの神から聞いた話では、天使であればオワリビトを倒せる。クロも天使が到着するまで凌いでいれば助かるだろう。


 それにワンワンがここまで信用している相手だ。クロが助かるという事を信じて疑わない。
 最初、ジェノスやエイラはクロが無事かどうかは、分からないというのが正直なところだった。だが、ワンワンの言葉を受けて、確実にクロは無事であるような気がしてくる。


 ナエもワンワンの根拠のない言葉にも関わらず、ゆっくりと微笑む。ワンワンの頭を優しく撫でながら「そうか……天使と約束したらな安心だぜ」と言い、表情から力が抜けたようだった。


 また、ジェノスに礼を言いながら、腕から抜けて自分の足で立つ事ができるようになる。そして、彼女は更なる安心を求めるように、ふらふらとワンワンに近付き、その自分よりも小さい体を抱き締めた。


「ふうっ……落ち着いた……」
「わうっ、ナエ元気出た?」
「ああ、元気出た……。オワリビトなんて、もう怖くないぜ」


 ワンワンの美しい金色の髪に顔を埋めて癒されるナエ。
 精神的に不安定な様子であったが、これならもう大丈夫だとジェノスとレイラは思い、未だに光の膜を殴り続けるオワリビトへと視線を向ける。


「さて、問題はこっちだな……」


 天使が戻って来るまではこうして耐えるしかない。保護者として情けないと思いながらも、ジェノスはワンワンに声を掛ける。


「ワンワン、ここは踏ん張ってくれ」
「わうっ! 分かったよ!」
「しかし、このままではワンワンの負担が大きいのじゃ。ナエの魔法と儂のスキルで…………んんっ?」
「どうした?」


 ワンワンの魔力を心配していたレイラが不意に声を上げた。そしてオワリビトを見て首を傾げて、ジェノスに尋ねる。


「のう……なんだか小さくなっておらぬか?」
「あん? 小さくって……?」


 レイラの発言を瞬時に理解する事ができなかった。
 そして《ミソロジィ・シールド》の自分達を覆っている光の膜が、狭まっているという事かと思ったが、相変わらずオワリビトの攻撃に耐え、狭まっている様子はない。


 ジェノスは何が小さくなっているのか分からず、レイラに何が小さくなっているのか尋ねようとした。だが、それよりも先にナエが変化に気付く。


「オワリビトが……小さくなってるっぽいぜ?」

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