捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第29話 ワンワンは再会する

 聖域が《ヘルフレア》によって徐々に燃えていく。ナエとクロはその中心部にいたが、自分達が燃えてしまうより、目の前の黒い毛の覆われた存在の方が今は恐ろしかった。


 ナエ達は、それが人を絶滅に追い込むオワリビトという存在である事を知らない。だが、ナエはオワリビトの中に渦巻く異質の魔力から、クロは豊富な実戦経験から、常識外の存在である事を感じていた。


 実際、《ヘルフレア》を無傷で凌ぎ切ったという事もあり、その力の一端も目の当たりにしている。もはや逃げるしかない。ナエとクロはそう思っていたが、クロの場合は少し違った。


「ナエちゃん、私に強化を。その後、ナエちゃんはワンワンくん達のところに戻って、この事を報せて来て」


 クロはそう言って、オワリビトの視界からナエを隠すように一歩踏み出した。


「な、何言ってるんだよ! クロはどうするんだよ!」
「私はこいつを足止めする」
「無理だ! 一緒に逃げようぜ!」
「駄目だよ。ワンワンのところにこいつを連れて行くなんて危険だからね。ナエちゃん、私は大丈夫だから早く行って。それでレイラちゃんを連れて来て」


 確かに多くのスキルを持つレイラであれば、オワリビトを倒す大きな戦力になるかもしれない。その期待からナエは逃げるのが最善であると悩みながら判断する。


「くっ……分かった。だけど死ぬんじゃねえぜ! 《ゲランタル》!」


 魔法をクロに使用すると、すぐに自分へも掛けて世界樹の方へ燃える木々の間を駆け出した。


 ナエが使える身体強化の魔法の中でも最も効果がある《ゲランダル》。魔法を掛ける対象にもよるが少なくてもステータスを三倍以上は高められる。今、クロの一部のステータスは10,000を超えているだろう。しかし、継続時間は10分間と制限時間はある。


 おそらく同じく身体強化したナエが世界樹に戻り、再びここまで戻って来れるかどうかという時間だ。


 だが、クロは身体強化の継続時間内に、ナエが世界樹に辿り着いてくれれば良かった。そうすればジェノスがいかに危険な状況なのか察知してくれる。そして自分を助けるなんて事はせずに、逃げる事を選択を下すだろう。そうクロは信じていた。


 最初からクロは自分を犠牲にするつもりだった。それでワンワンたちが助けられるなら安いものだと。


「ふうっ、それじゃあワンワンくん達の為に頑張るか」
「キヒヒヒヒヒヒヒヒ」


 不気味な笑い声を上げるオワリビトに手を向ける。


「戦うのが怖いと思ったのは久し振りだよ……《エスパテンペス》!」


 対象に向かって突き進む突風……という表現は生温い。幾つもの街を飲み込む嵐を凝縮させたものご、対象に襲い掛かるようなものだ。それに飲み込まれれば、全身の肉は引き裂かれて――。


「そんなふうに、なってくれればいいけど……」
「キヒヒヒヒヒッ!」
「……だよね」


 クロの中で最も威力のある魔法だったのだが無傷。それならばと、別の魔法を使おうとクロは切り替える。
 まだ最初に使用した《ブレイブガード》《エレメントシールド》が残っている間は迂闊に近寄らず、魔法での攻撃に専念する事にした。


 だが、オワリビトもいつまでも黙っている訳がなかった。魔法を唱えようとしたクロの一瞬の隙を突いて、急接近して来たのだ。拳を握りしめて、クロに向かって放つ。


「くうっ……!」


 直後、破砕音が響く。《エレメントシールド》が砕かれた音だ。そして、更にオワリビトは二撃目を繰り出す。残った《ブレイブガード》の盾は一撃での破壊は免れた。
 だが、実戦経験から得た危機察知能力とでもいうのだろうか。嫌な予感がして、咄嗟に大きく後退する。すると次の瞬間、盾が砕け散った。


 盾を砕いたオワリビトの拳は黒い炎のようなものに包まれていた。それは視認できるほどの膨大な魔力のようで、あの拳をまともに受けてしまったら確実に命を落とす。そうクロは直感した。


「キヒッ!」
「っ! 行かせないよっ!」


 オワリビトはクロの相手するのをやめて、世界樹の方へと向かおうとした。だが、横を通り抜けようとした直後、剣を叩きつけて動きを止める。


 腕で受け止めるオワリビト。体を覆う毛すら切れる事なく止められる。


 倒す事は、自分では間違いなくできない。そう分かっていてもクロは退こうとはせず、むしろ強気に笑ってみせた。


「ナエちゃんを追い掛けようとしているのか分からないけど、私が倒れない限り先へは行かせないよ」
「…………キイッ」


 クロの言葉を理解したのか分からないが、オワリビトの笑い方が変わった。






 ――ナエが《ヘルフレア》を使った直後の世界樹。
 ジェノスは小屋から《ヘルフレア》黒い火柱を見て、慌てて世界樹の裏にいるワンワン達のもとへ向かう。


「おい、レイラ! 今の見たか!?」
「うむ……あれはナエの《ヘルフレア》じゃのう……」
「本気で使うなと散々注意したっていうのに……それほどの魔物と遭遇しちまったのか?」


 ジェノスはナエが考えなしに使ったとは思えなかった。クロでも相手にするのが難しい魔物が現れたのだと考える。


「おそらく、そうじゃろうな……。そのせいかワンワンの様子がおかしいのじゃ」
「わぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 レイラに言われて気付くジェノス。足下を見てみると、ワンワンが四つん這いになって、《ヘルフレア》の黒い火柱が出現した方向に向かって唸っている。その姿は、何かに警戒する犬のようであった。


「ワンワンがこんなふうに警戒してるなんて初めてだな……ナエ達はいったい何を相手にしてんだ?」
「儂にも分から……のじゃっ!?」
「どうした!?」


 レイラは急に悲鳴を上げ、浮遊している体が世界樹の葉で見えなくなるほどにまで、上昇した。そして元の高さに戻って来ると、弱々しい表情を浮かべ、頭痛を堪えるかのように頭を抱える。


「今、あ、頭にビビビッと……これは【神の思し召し】かの? ううっ気持ち悪いが……ワンワンっ! 【廃品回収者】を開くのじゃ!」
「わうっ? 【廃品回収者】? う、うん」


 ワンワンは突然の指示に戸惑いを見せるが、四つん這いをやめて地べたに座る。そして指示に従って【廃品回収者】の回収の一覧を見る。すると回収可能一覧の一番上に見た事もないものが加わっていた。




・天使の魂




「なんだこりゃ? 天使の魂……怪しいな。ワンワン回収しちゃ駄目だぞって、ワンワン? あっ、おい!」


 ワンワンがジェノスの制止を聞かずに、天使の魂に触れる。そして回収済みの方に移った天使の魂にも触れた。すると、ワンワンの目の前に片手で隠せるほどの小さな光が現れる。


「わふっ……」


 ワンワンは優しく光を両手で包み込み、顔を綻ばせる。


「わ、わぅぅ……凄く温かいよ……」


 ワンワンは嬉しそうだったが、その目には涙を浮かべていた。


「回収できたのう……ジェノス、ナエとクロが使っている人形を持って来るのじゃ。ちと急がんとマズいようじゃから、悪いが説明は後にするぞ」
「あの人形をか? あ、ああ……」


 状況をいまいち理解できないジェノスだが、大人しくレイラの言葉に従う事にする。あの回収したものが気になりはしたが、ワンワンの顔を見て悪いものではないとジェノスは思った。


「ワンワン、大丈夫かの? 涙が……」


 ジェノスが人形を取りに行ったのを見送り、ワンワンに視線を移してみると、涙を溢していた。だが、ワンワンの顔を見れば、悲しい涙ではなく、嬉しい涙である事が分かる。


 ゆっくりと、つっかえながらも、ワンワンは言葉にしてレイラに話そうとする。


「あっ、あのね、あのね……僕、この人にすっごく優しくしてくれた気がするの……。分かんないけど……寒くて……寂しくて……一人でいたところを、拾って? 助けて? 温かくしてくれて……それで、えっと……」
「うむ、そうか、そうか……」


 ワンワンの話を、レイラは柔和な笑みを浮かべながら聞いた。


 ワンワンが何を言いたいのか、レイラにはよく分からない。だが、ワンワンがこの天使の魂に感謝をしているのが伝わって来た。


「おい持って来たぞ。こいつをいったいどうするんだ?」


 やがてジェノスが鉄で覆われた人形を持って来て、レイラの目の前に横たわらせた。


「うむ……こうするのじゃ【憑依】!」
「わうっ!?」


 レイラが叫ぶとワンワンの手から天使の魂が飛び出し、人形の中へと入ってしまう。すると人形から目が眩むほどの光を放つ。


 その光の中で、聞き慣れない男の声が聞こえて来た。


「元気そうだなワンワン! 俺が来たからにはもう大丈夫だっ!」

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