捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第25話 ナエの成長が凄いです

「……よしっ! ワンワン今日はこれで終わりだ!」
「わうっ!」


 ジェノスが終わりを告げるとレイラは人形たちの動きを止めた。
 様々な条件で動く人形に対して魔法を使ったワンワン。何度も繰り返してみたところ、最初と比べて柔軟に対応できるようになってきた。といってもまだまだ実戦では使い物にならない。


 人形の動きは遅くしているし、実際に攻撃をされている訳ではない。
 ゆっくりと近付いて来る的に向かって魔法を放っているようなものだ。近付いて来る分、止まっている的に魔法を使うより簡単かもしれない。


 だが、動くものに対して、魔法を使う事に慣れていないワンワンは、頭を抱えながら低く唸る。


「うううっ、難しいよ。《ミソロジィ・シールド》を使えば簡単に近付けさせないのに……」
「《ミソロジィ・シールド》にばかり頼ってちゃ駄目だ。あれは確かに近付けさせないけど、ワンワンも動けないだろ?」


 ジェノスの言うように《ミソロジィ・シールド》は防御に関しては優れているものの、光の膜を維持したまま動く事はできない。その為、囲まれてしまう恐れがある。だからこそ別の魔法を的確に使えるようになるよう訓練しているのだ。


 既にジェノスが教えられる魔法は、全てワンワンに教えた。ナエほどではないが、覚えられた魔法の数は手の指では数えられないほどだ。


 それらの魔法を的確に使えるようになれば、エンシェントドラゴンのいう身を守れるほどの力を身に付けられたと言えるだろう。


「ほら、クロやナエも同じする事をやるから、どんなふうに魔法を使うか見てろ」
「わうっ、分かった!」
「よし、良い返事だ。それじゃあナエ、準備しろ!」
「おうっ!」


 ワンワンの覚えている魔法を全て使える訳ではないが、拘束や防御をする魔法をナエとクロも当然覚えている。ナエは少しでもお手本になろうと思いながら、人形に魔法を使っていくのだった。


 ――ただ、ナエ達の本番は夜だ。


「……おうっ、来たな。今日は遅かったな」


 夜になり、やって来た三人を迎えるジェノス。すぐには魔法の勉強を始めず、腰を下ろして少し話をする。


「今日は、ワンワンがなかなか寝てくれなかったんだ」
「うん、どうやったら上手く人形に対して魔法を使えるのかってね」
「そうか…………ナエ、レイラ。何かアドバイスでもしてやったのか?」
「最初から期待されてない!?」


 聖域で生活を始めてから、クロの事を理解したジェノス。戦う以外の事に関して期待はできないと判断して、最初から尋ねる事をしなかった。


 落ち込むクロを無視して、ナエとレイラにジェノスは尋ねる。


「覚えた魔法を事前にどんな時に使えばいいか、考えてみろって言っといたぜ」
「儂はとにかく平常心を保つようにと助言しといたのじゃ。まあ、何度もやっていけば落ち着いて魔法を使えるじゃろう。ふふっ、寝る前に明日はもっと頑張ると言っておったぞ」
「そうか……やる気があるようで良かった」


 二人のアドバイスを受けて、ワンワンがどう人形に魔法を使うのか。ジェノスは明日が楽しみになった。


 それから今日の出来事……主にワンワンに関しての話を四人はする。


 同じ場所にいるからワンワンの行動のほとんどを全員が知っているのだが、ワンワンの事が好きな四人にとってはそれでも話は盛り上がるのだった。


「今日はワンワンが魔物の骨をはむはむしておってのうっ。とっても可愛かったのじゃ!」
「レイラちゃんもそう思う? ワンワンくんて、骨を噛んでる時って凄く幸せそうなんだよね。ずっと見ていられるよ」
「よく格納鞄から骨をたくさん出して、どれを噛もうか悩んでる姿もたまんねえぜっ」
「おい、お前ら。ちゃんと噛む時と、噛んだ後に《ミソロジィ・キュア》で骨を清めるようちゃんと言ってるか?」


 そんな調子でワンワンの事を毎日のように語り合うのだ。そして、それが終わるといよいよ魔法の訓練だ。ただ、昼間の人形とは違う。


 昼間の人形は枝を束ねて作った人形だ。だが、夜の魔法の訓練に使われるのは、人間というより甲冑だった。元は昼間と同じ人形なのだが、そこにワンワンに【廃品回収者】で回収して貰った錆びた剣などの鉄製をくっつけたのだ。


 レイラのスキルに【軟化】というものがあり、それで鉄製品を柔らかくして腕や足に巻き付けたのだ。そうやって関節あたる部分は機能するよう注意しながら、隙間なく人形に鉄を纏わせた。


 【軟化】を解除すれば再び鉄は元の硬さに戻る。人形はまるで鎧を身に付けたような外見となり、多少魔法が直撃したところで簡単に壊れる事はない。


 攻撃を目的とした魔法を使うナエにとって良い練習相手だった。


「ジェノスよ、今日はどのようにするのじゃ?」
「ああ、今日は一斉に襲い掛かってくれ。ナエは相手の動きを封じる魔法は無しだ。逃げながら魔法を使え。足を止めるなよ」
「分かってるぜ。それとオッサンもワンワンを起こさないよう、しっかりやってくれよ」
「ああ……《キエルト》」


 ジェノスが唱えると、ワンワンが眠る小屋の周囲に不可視の音を通さない壁ができた。
《キエルト》は音を通さない不可視の壁を作る魔法。この壁に覆われた場所は、外の音が入って来なくなり、また内側の音も外に漏れる事はない。


 これまでも騒がしくなりそうな時には使ってきていたのだが、魔力の消費が激しいので常時使うような事はしなかった。だが、動く人形相手に魔法を使っていると、どうしても騒がしくなる。


 その為、最近では訓練の開始と同時に、《キエルト》を使うようにするのであった。


「よし、それじゃあレイラ始めてくれ」
「うむ。それじゃあ人形を動かすのじゃ」
「ナエちゃん頑張ってね」
「おうっ!」


 次の瞬間、人形たちは一斉にナエに向かって走って来る。昼間のワンワンの時とはまるで違う。その動きは本気で襲い掛かって来ているようであった。


「《ファイヤーアロー》《ファイヤーアロー》《ファイヤーアロー》《ファイヤーアロー》!」


 同じ魔法を連続で迫り来る人形達に放つ。先頭の二体には直撃したが、他の人形には避けられてしまう。これを予想していたのか、避けられた事に対して何も反応せずにナエは次の魔法を使おうとする。


 ちなみに直撃した二体は戦闘不能とレイラが判断し、その場で膝をつかせて停止させた。


「《ファイヤーウォール》!」


 続いては炎の壁を生み出す魔法だ。目の前に出現した壁に対して、人形達は足を止める事なく、綺麗に四体ずつ左右に分かれる。そして人形達が壁の陰から出て来た瞬間、そこをナエは狙った。


「《ファイヤーレイン!》」


 ナエが唱えた直後、まるで雨のように無数の火の礫が人形達に叩きつけられる。人形達は止まる事ができずに壁の陰から飛び出し、再び壁の陰に戻るといった行動がとれずに火の礫に晒された。


 その魔法で人形達は戦闘不能と判断して、ジェノスは終了を告げる。それを聞いてナエも魔法を止めたるのだった。


「ナエ、だいぶ魔法が上達してきたじゃねえか」
「そうじゃのう。火に関連した魔法は本当に素晴らしい完成度じゃ」
「ナエちゃん凄いねっ!」
「へへへっ、そんなに褒めるなよ。照れるぜ」


 みんなから褒められて嬉しそうにナエは笑った。


 今ナエが使っていた全ての魔法は火に関係するもの。なぜかナエは火に関係した魔法が使いやすく、その威力も申し分ないのだ。レイラの言う通り、素晴らしい完成度の魔法である。


 更にナエには他にも使える魔法があるのだから、もはや動く人形相手でも余裕があるように感じられた。


「……そろそろ、なのかもしれんな」


 ジェノスは誰に聞かせる訳でもなく、静かにそう呟く。


 ナエの実力を再確認したジェノスは、人形による疑似的な実戦から、もう一歩踏み出す時なのかもしれないと思うのだった。

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