捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第24話 ワンワンは頑張る

「わうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 ワンワンは目の前の得体の知れないものを警戒し、唸り声を上げていた。


 得体の知れないもの。それは横並びに整列している十体の木製の人形だった。


「ワンワン落ち着くのじゃ! こやつらは別に敵じゃないのじゃ!」
「わふっ? でも、挨拶しても何も言わないよ! 無視するなんて酷いよ!」


 【操り人形】を披露してから数日後。不気味さを軽減し、量産させてワンワンにもお披露目になった。枝を複数本束ねる事で腕や足、そして胴体の太さを再現し、魔物の骨は内部に埋め込んだ。


 おかげで見た目は当初と比べて格段に良くなった。
 そこでワンワンの魔法の訓練にも使っていこうという事になり、ワンワンに今日お披露目したのだ。だが、ワンワンは人形が挨拶をしてくれなかった事が不満だったらしく、珍しく怒っていた。


「こんにちは! ワンワンだよ!」
「「「…………」」」
「ほら、無視する! 酷いよ!」
「……なあ、レイラ。お前【腹話術】とかスキル持ってないのか?」
「そんなスキルがあるか! ジェノスよ、いくら儂が百のスキルを持つ女と言われていたといっても、そうホイホイ都合の良いスキルはないのじゃ!」


 レイラと一緒に過ごして【大成長】や【肥やし】といった便利なスキルを見て来たので、もしかしたら……と思わず期待してしまったジェノス。レイラに怒られて素直に謝った。


 その間もワンワンはうんともすんとも言わない人形たちに怒っていた。


「意地悪だよ! この人達って外の世界の悪い人なの?」
「ん? 人?」


 その発言を聞いて、ワンワンが勘違いしているようにジェノスは感じた。ナエも同じ事を感じたらしくワンワンに教える。


「ワンワン、こいつらは人じゃないんだぜ? レイラがスキルで操ってるんだよ」
「わふっ? 人じゃないの?」


 目を丸くするワンワン。どうやら今まで人形が生きている人だと思っていたらしい。
 人ではない事を知ると、すぐに怒りは静まる。そして興味津々とばかりに人形たちの周りをうろうろして、顔を近付けて匂いを嗅いだりしていた。


「わふっ……確かに木の匂いだ。人の匂いがしないね」
「あはは、どう見ても人じゃないよワンワンくん。どうして人だと思ったの?」
「だって動いているから……」
「動いてたら人って訳じゃないよ。あ、でも……そうか。ワンワンくん、私達くらいしか見た事ないもんね」


 ワンワンが自分達以外の人を、あるいは魔物さえも見た事がないとクロは気付いた。


 もしかしたら動いているものを、全て人だと思っているのかもしれない。


 魔物は見た事はあっても死体だけ。【廃品回収者】の一覧で回収した時や、クロが狩って来て既に息絶えているものだけなのだ。人かどうかの区別を外の世界に出る前にはそこら辺の確認した方がいいのかもしれない。クロだけでなく全員がそう思った。


 とりあえず今はその事は置いておき、人形相手に魔法を使い実戦に向けての訓練をする事にした。


「それじゃあワンワン。この人形を使って魔法の訓練をしていくぞ。まずは、これから人形がワンワンに近付く。それを《ミソロジィ・シールド》で近付けないようにしろ。分かったか?」
「わうっ!」


 元気良く返事をして、いつでも初めても問題ない事をジェノスは確認する。
 そしてレイラに視線を向けて始めるよう促した。直後、人形はワンワンに近付こうと動きだす。


「わおんっ! 《ミソロジィ・シールド》!」


 ワンワンを中心に半球体状の光の膜が発生する。そして人形は光の膜に阻まれて、それ以上ワンワンに近付けなくなる。


 《ミソロジィ・シールド》を使用した時には、クロの攻撃を防いだ直後、ナエは光の膜に阻まれる事なくワンワンに近付けた事があった。あれから検証を重ねた結果、魔法を行使した本人、つまりワンワンが許可をした者は中に入れるらしい。そして拒めば決して中に入る事はできないのだ。


 今、ワンワンは人形たちの侵入を許していない。よってこれ以上は近付く事はできない。


「《ミソロジィ・シールド》は発動のタイミングが遅れなければ問題ないね」
「そうだな。よし、ワンワン《ミソロジィ・シールド》を使うのをやめろ。今度は《ミソロジィ・シールド》以外の魔法で足止めをしてみろ」


 既にワンワンはエンシェントドラゴンから貰った以外の魔法を習得していた。既に充分な効果が発揮できるほど、使えるようにもなっている。


「わ、わふっ。分かったよ……うぅぅぅぅわふっ」


 少し躊躇いを見せたが、ジェノスの指示に従って《ミソロジィ・シールド》をやめる。光の膜が消え、人形たちは前進を再開する。


「わ、わうっ!? 人形が近付いて来るよ!」
「もし悪い奴が近付いてきたらどうしたらいいか教えただろ? それを落ち着いてやってみるんだ」
「ええっと……ええっとぉ、ペ、《ペロ・ハウラ》!」


 そう唱えた直後、戦闘を歩いていた人形の一体の頭上から犬の形をした檻が落下した。閉じ込められた人形は前進を続けようとするが、檻は壊れる様子はない。完全に動きを封じられた。


 しかし、まだ九体の人形がワンワンに迫って来る。


「ワンワンくんっ! 一度にもっとたくさんの動きを封じる魔法を使わないと!」
「そうだぜ! ワンワンいっぱい覚えたろ?」
「わ、わうぅぅ……。えっと、えっと……わふぅぅぅ……」


 必死にどの魔法を使うべきか考えていたようだが、咄嗟に思いつかずに頭を抱えてしまう。やがてワンワンは人形に囲まれてしまうのであった。


「わうぅぅぅぅぅぅ……いつもなら大丈夫なのにぃ……」


 その後、人形を元の位置に戻してから、ジェノスとワンワンは反省会をする事に。ワンワンはその場に座り込み、肩を落として落ち込んでいた。


「そうだな。いつもの動かない的に対してなら問題ねえ。だが、実際に魔法を向ける相手は動く。だから、これからは慣れていかねえとな」


 普段は動かない的に対し、ジェノスが「複数の人間に囲まれている」「悪い奴が近付いている」「色んなところで待ち伏せをされている」などと状況を設定して、魔法を使う訓練をしている。


 その時は比較的落ち着いて、適した魔法を使えていた。だが、やはり実際に向かって来る相手に使うとなると、慌ててしまい上手く魔法が使えないようだ。


「ほら、もう一回やるぞ。やれるか?」
「わうっ! 次は頑張るよ!」


 ワンワンは立ち上がって、次は人形達を止めると自信に満ちた表情を浮かべる。それを見てジェノスは、ワンワンが既にどんな魔法を使うか考えていると察した。


 事前に考えていては訓練にならないので、人形たちが動きだしてからジェノスは指示を出す。


「近付けさせないのはさっきと変わらんが、今度は半分が魔法を使える設定だ」
「わふっ!? さっきと違うの!?」
「当たり前だ。臨機応変で対応するんだ」
「わうぅぅぅぅぅぅっ! 難しいよぉっ!」


 ジェノスの指示に従って、レイラは半分の人形は魔法を使う者として待機させる。そしてもう半分を先程と同様にワンワンへと迫らせる。


「ほら、動かないのが魔法を使う奴だ」
「わうわうっ……ま、まずは近付いて来るのを……」
「魔法が飛んで来たぞ! どうする?」
「わうっ!? えっと、えっと……」
「ワンワン防ぐんだぜ!」
「ワンワンくん頑張って!」


 ジェノスの追加の指示に戸惑うワンワンを黙って見ていられず、ナエちクロは声をかける。だが、どうしたらいいのか必死に考えるワンワンの耳には、二人の声は入って来なかった。


「……くぅんっ、また駄目だったよ」


 二回目も上手く対処する事ができなかったワンワンは落ち込んでいた。ジェノスはその落ち込みようを見て、まだワンワンには早過ぎたかと思ったが、すぐにその考えを改める。


「わうっ! 次はできるように頑張るよっ!」


 ワンワンはすぐに次こそは上手くやると、体の前で両拳をぎゅっと握りしめる。


 これぐらいでワンワンはへこたれない。ジェノスはやる気に満ち溢れているワンワンを見て過保護だったと反省し、再び訓練を再開した。

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