捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第23話 実戦に慣れていこう

「《ライト》!」


 ある日の夜。ジェノスの小屋でナエが叫ぶと、彼女の目の前に小さな光の球体が現れた。その球体の出現によって、小屋の中はまるで昼間のような明るさとなる。


「よしっ! この魔法も完璧だぜ!」


 ナエは魔法の成功を確認して、歓喜の声を上げる。
 魔法を学び始めて、もっとも成長したのはナエだった。当初はステータスを考えると、ナエは魔法を使うのは難しいのではとジェノスは思っていたが、勉強を始めてから魔力の成長が凄まじかった。少し魔法を作ったくらいで魔力は尽きる事はない。


「まさか、これほど成長するとはな……」
「ステータスというものは使えば伸びるものじゃ。魔物と戦う日々を送れば、生命力や攻撃力などが伸びる。同じように魔法の訓練を続ければ魔力は伸びるものじゃ。そのうえ彼女の場合は、魔力が成長しやすい体質のようじゃのう」


 レイラの言う通り、ナエの魔力はなんと四桁にまで伸びていた。




生命力:156
攻撃力:32
守備力:21
魔力:1352
俊敏力:61
知力:163
運命力:256




 魔力は高いが勇者であるクロと比べると劣る。しかし、使える魔法の種類の数はナエが一番多かった。魔法のみでの戦いであれば、ナエはクロに勝てる可能性もある。


「儂はこの時代の魔法を扱う者がどれだけの実力を持っているのか分からんのじゃが……ナエは相当な腕前ではないかのう」
「そうだな。あいつは頭も良いし、スラムで生きていたからかタフだ。あいつがここに来るきっかけになった傭兵も魔法を使っていたようだが、今ならそいつらにも負けはしないだろう」
「ふむ……ならば実戦をした方がいいのではないかのう。戦う力を得たのなら、それの活かし方を学ばなくては勿体ないのじゃ」
「……実戦か」
「なんじゃ? 気が進まぬのか?」


 ジェノスが腕を組み、眉を顰めていた。
 次の段階に進むべきとジェノスも思っていると考えていたので、レイラは意外そうに声を上げる。


「そりゃ……いつかはやらなくちゃいけねえってのは分かってる。ただ、まだ早いんじゃねえかと思ってな……」
「ふむ……そうかのう……」


 ジェノスの言っている事は、ナエのここに来るまでの事を聞いているので、レイラにも理解できる。
 ナエはこれまでスラム街で暮らし、多少の荒事は見慣れていても自分が戦う、命の遣り取りをする事なんてこれまでなかった。


 慎重になるのは理解できる……理解できるのだが、さすが年の功といったところか。レイラにはそれ以外に何かあるように感じていた。彼女のこれまでの生活環境を考慮しただけではない何かが。


 ふと、ナエから視線を逸らしてジェノスを見る。
 彼女の視線に気付かず、ジェノスはジッとナエを見ていた。今日教えた魔法をイメージし、唱えて適性があるかを確かめるナエ。


 そんなナエを見るジェノスの目は厳しくも、優しい……。


「……父親じゃなぁ」
「ん? なんか言ったか?」
「何も言っとらんよ。まあ、心配なら最初は儂のスキルを使えばよい!」
「お前のスキル?」
「うむ。明日から早速やるかのう……なあ、クロよ。ちと手伝って欲しい事があるんじゃが……」
「ん? 何?」


 レイラはクロのもとへと飛んで行き、何やら相談を始める。いったい何をするのかジェノスには見当がつかなかった。


 ――次の日の夜。
 小屋の外でいつものようにナエ、クロ、ジェノス、レイラの姿があった。ただいつもと違い、人型の何かが地面に横たわらせてあった。


「……何だこれ?」
「何だこれとはなんじゃ。クロに手伝って貰って作った人形じゃよ。儂じゃ触れられぬからのう」
「いや、それは分かるんだが…………気味悪いな」
「酷いっ! ナエちゃんの為って言うから一生懸命作ったんだよっ!」
「ええっ、こんな人形を私の為って……。なんの嫌がらせだよ」
「嫌がられたっ!?」


 ジェノスとナエから気味悪がられる人形というのは、いたってシンプルな作りだった。太い枝で腕や足を、細い枝で指を、そしてなぜか胴体と顔は……。


「どうしてそこだけ魔物の骨を使った?」


 ジェノスは呆れた様子でクロとレイラにそう問いかけた。
 手足は枝で作っているのだが、なぜか胴体と頭は魔物の骨を使っていたのだ。そのせいで呪いの人形だと言われても信じてしまう見た目となっていた。


「こんな細い人形に魔法を撃ち込むより、いつものように丸太にでも撃ち込んだ方がいいんじゃねえか? 人に向けて魔法を使うのを慣れる為に、人型の的を作ったんだろうが……」
「それに魔法を撃ち込んだら呪われそうだぜ。クロと妹には悪いけど、オッサンの言うように丸太に撃ち込んだ方が……」


 普段、攻撃系の魔法の練習をする際、丸太を地面に突き刺したものを的にしているのだ。
 それなりに太い丸太であれば、丈夫で的として長持ちする。それに比べてこの人形は、魔法を撃ち込めば一発で使い物にならなくなりそうだ。


「ちょっと待つのじゃ! これにはちゃんとした理由があるのじゃ! ほれ、見ておれ!」


 慌ててレイラが両手を万歳するように上げる。すると、その動きに合わせて人形が起き上がった。更にレイラが手を動かすと、それに合わせてゆっくりと歩き出す。


「こいつは……スキルか?」
「そうじゃ。【操り人形】というスキルじゃ。人形を自由自在に操る事ができるスキルでの。ただし動かしたい人形には、生物の一部を使わないといけないのじゃ」
「そうそう、それで魔物の骨を使ったんだよ」


 人形に魔物の骨を使っている事情は理解した。だが、動き出したせいで余計に不気味さが増している。


「夢に出て来そうだぜ……」
「嫌がるんじゃないのじゃ。ナエに実戦経験を積ませる為に用意したんじゃからの」


 それを聞いてナエは嫌そうな表情を浮かべるが、ジェノスは顎に手をあてて頷いていた。


「動く的か……。それも人の形をしているから、確かに実戦に近いものができるな」
「じゃろう。ちゃんと人間の動きも再現するからの。それと、今後もクロに手伝って貰って数を増やすつもりじゃ」
「こんなのを沢山作るつもりかよ! ワンワンの目に触れたらどうする! 怖がるぜ!」
「むうっ、確かに……ワンワンにも使って貰いたいからのう……」
「そうだな。ワンワンにも人間相手に魔法が使えるようにしないとならねえ。この人形を使いてえが、見た目はどうにかしないと駄目だ。魔物のもっと目立たない部位を使って作った方がいい」


 それから暫く人形の改善点を話し合い、その後は実際に人形を動かして魔法の訓練を行う。


 見た目は不気味だが、レイラが人間の動きを再現していて良い訓練になっていた。


 動いているものに魔法を放つ、あるいは相手からの攻撃を躱しながら魔法を使う。そういった普段と違う実戦的な訓練のおかげで、魔法をどのように使うのが効果的なのかをナエは学ぶ事ができたようだ。


 今回、一体しかない人形を破壊されないよう、比較的素早い人間を想定して動かしていた。


 その為、魔法を当てる事はできずに訓練が終わった。だが、ナエがまるで息をするかのように魔法を使うのを見て、当てるのも時間の問題とジェノスとレイラは考える。


 そして二人は人形の耐久面の改善を、話し合うのであった。

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