捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第18話 解き放たれし少女(?)

 地面に散らばる石像だった大量の石ころを見て、一同は言葉を失う。
 元から罅割れている部分があり、随分と古いものだった。そこに魔力を内部に流した為、罅が広がり壊れてしまったのだろう。


 石像が壊れてから、最初に沈黙を破ったのはジェノスだった。


「これ……魂はどうなったんだ?」


 当然の疑問だ。魂が入っていたものが壊れた場合、魂はどうなってしまうのか。それに関しては《シーカー・アイ》でも確認できていない。


 するとワンワンが膝をつき、震える手で石像の残骸の一つに触れて魔力を流してみる。だが、先程のような光を発する事はなく、ワンワンの目から涙が溢れ出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! 僕のせいでぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「わ、ワンワンのせいじゃねえよ! なあ、オッサン!」
「あ、ああ、ほら俺達だって魔力を流したんだからよ」
「そうだよワンワンくん! たまたまワンワンくんがとどめになっちゃっただけで」
「僕がとどめを刺しちゃったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「「クロ! 喋るな!」」
「酷い!」


 クロの余計な一言で、ワンワンは一層大きな声を上げて泣いてしまった。


 泣き止ませようとナエやジェノスが言葉をかけながら頭を撫でたり、背中を優しくさすったりするが、まるで効果はない。それどころか何を言っても首を横に振って、二人の声がまるで聞こえない様子だった。


「わ、ワンワン……泣かないでくれよぉ。私達まで悲しくなっちまう……ひぐっ」
「お、おいっ。お前まで泣いたら収拾つかなくなるからやめてくれっ」
「な、泣いてねえっ!」


 ナエはそう言いながらも目元を擦る。確かに大好きなワンワンが泣いているのは心が掻き乱されるのも無理もない。特にナエはしっかりしているが、ワンワンよりちょっとお姉さんという感じで、あまり歳は変わらない。泣き出さないだけ立派だろう。


「ば、ばんばんぐぅんっ、ひぐっ、ばがだいでぇ……」


 ワンワンとナエより明らかに大人なクロは大泣きしていたが。


「馬鹿勇者っ! 泣いてんじゃねえっ! おい、ワンワン。お前は悪くねえよ……きっとクロが馬鹿みたいに魔力を流しちまったんだ」
「びどいっ!」


 クロに責任を押しつけてみるが一向にワンワンは泣き止む様子はなかった。


「ぼ、ぼぐがぁ、ぼっどぉぶばぐぅ、ばべべばぁっ!」


 もはや何を言っているのかも分からなかった。どうにか泣き止ませる方法はないかとジェノスは考えるが、子供の相手をするのはワンワンが初めてなので分からない。


 悩んだ挙句、自分ではどうにもできないと判断し、ナエとクロに任せるしかないと考える。だが、かつてないほどのワンワンの大泣きを見て悲しくなったのか、クロも泣いてしまう。ナエはなんとか宥めようと頑張っているが、彼女も目に涙を溜めていて今にも泣きそうだ。


 困り果てるジェノス。いったいどうしたらいいんだと思わず弱音を漏らした時だった。


「んんっ? 外に出られたと思えば……いったいどうしたというのじゃ?」


 突然、頭上から幼さを感じさせる女性の声が降って来た。
 ジェノスは視線を上げてみると、空中にワンワンよりも幼いと思われる少女が浮いていた。そして、ただの少女でない事をすぐに理解する。彼女の体がうっすらと透けていて、体の向こうに広がる空が見えたのだ。


 また、ジェノスはもう一つある事に気付いて、地面に散らばった石像の残骸に目を落とす。宙に浮いている少女は、壊れる前の石像と全く同じ容姿をしていたのだ。


「お前は、もしや……」
「なんと! 儂の姿が見えるのか? むううっ、てっきり魔力を流した者にしか見えぬと思っていたが……まさか、これもスキルが変質した影響かのう…………ああ、すまぬ。ちと考え事をしておった。自己紹介したいが、まずは泣き止ませぬとな」


 少女はワンワンのもとへと降りて来る。そこでようやくワンワン、ナエ、クロは少女の存在に気付いた。


「だ、誰だ!?」
「ふえっ? ワンワンくん、いつの間に新しい子を回収したの?」
「わうぅぅぅ、ひぐっ、えっぐぅ……」


 ナエとクロは突然現れた少女にすぐに意識を切り替えたが、ワンワンは相変わらず泣いている。少女には気付いていたが、そんな事では涙が止められないほど落ち込んでいた。


「ほら、そんなに泣くでない。可愛い顔が台無しじゃぞ……ええっと、そうじゃワンワンだったの。どうして泣いてるんじゃ?」


 ワンワンの顔を覗き込み、優しい声音で尋ねる少女。その様子から、見た目とは裏腹に年長者の雰囲気を醸し出していた。だが、ワンワンは次から次へと涙が溢れ続け、まともに会話できる状態ではなかった。


「むぅ……困ったのう。守護霊の身ではその涙を拭ってやる事もできぬし……」


 そう言いながらワンワンの頭を撫でようと少女は手を伸ばす。すると、その手はワンワンの頭をすり抜けてしまう。ナエとクロは驚き目を見開くが、ジェノスはそれに対して驚きはせず、少女の正体を確信するのだった。


「……守護霊、それにさっきは魔力を流したとか言ってたよな? お前……あの石像に封じられてた魂じゃねえか?」
「「え!?」」
「ん? そうじゃよ」
「「ええっ!?」」


 ジェノスの発言と少女の肯定に、立て続けに衝撃を受ける二人。
 そんな二人の事は気にせず、ジェノスは安堵の息を漏らす。そして、泣き続けるワンワンの肩を掴んで軽く揺すった。


「おい、ワンワン。大丈夫だ。このガキがあの石像に封印されてた魂だ。壊れても問題なかったんだ」
「ガキっ!? ぐうっ、まあ今はよいっ! それよりもワンワン、石像を壊して儂が復活できなくなってしまったと思ったんじゃな? 大丈夫じゃ、おぬしのおかげで儂はこうして解放されたのじゃからな!」
「ふえっ…………大丈夫、だったの?」
「ああっ、無事じゃ。見ず知らずの儂の事をこれほど心配してくれるとは…………良い子じゃのう」


 封印されていた魂の少女は、ワンワンに感謝し、微笑んだ。ワンワンはそれを見て安心して、そして――。


「よがっだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 再び泣き出した。再びナエ、クロ、ジェノス。そして半透明の少女がワンワンを宥める。幸い今度の涙は責任を感じたり、悲しんだりして流したものでなく、安堵からの涙だったのですぐに止まってくれた。


 ワンワンが泣き止んだ事で、ようやく石像から解放された少女へと話題が移る。


「さて……それでは自己紹介といこうかの。儂はレイラ・グロートス。今から三百年ちょっと前に死に、スキル【不屈の封印】によって石像に魂を封印していたものじゃ」


 レイラの自己紹介を聞いて、反応はそれぞれ異なった。ナエとクロは家名を名乗った事に対して「貴族なのか」、あるいは三百年ちょっと前と聞いて「昔の人なんだ」と思った。そしてジェノスは「どこかで聞いたような……」と眉を顰めて自分の記憶を漁っていた。そしてワンワンはというと。


「ワンワンだよ! よろしくねっ!」


 元気よく挨拶をした。そんなワンワンにレイラは笑みを浮かべて頷く。


「ふふっ、よろしくのうワンワン。これからは儂が守護霊となって見守ってやるからのう。おぬしらも、よろしくのう」
「ああ……色々と聞きたい事はあるが……ガキだし害はなさそうだな。ジェノスだ」
「私やワンワンより年下か……? ナエだぜ」
「クロです。よろしくね、レイラちゃん」
「のじゃ!? ちょっと待て! 言っておくが、儂はおぬしらより年上だからの!」


 その発言に対して一瞬三人は固まるが、すぐに背伸びをしたい年頃と思ったようで、本気にはせず優しい笑みを浮かべる。


「な、なんじゃ、その目は! や、やめいっ! 本当に儂は年上じゃ! 享年96歳じゃぁ!」
「大往生したかったんだね、レイラちゃん……ぐすっ。それなのに、こんな幼くして……」
「大往生したい幼子などおるか!」
「とりあえずレイラは一番年下だから、ワンワンの妹か?」
「妹!?」


 レイラは子供として見られ、挙句の果てに妹として迎えられた事がショックだったらしく固まってしまう。


 一方ワンワンはというと「妹ができた!」と喜んでいた。

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