捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第17話 不屈の封印は脆かった

「ねえねえ! なんて書いてあるの?」


 一覧に新たに加わった古い文字。何が書いてあるのかとジェノスにワンワンは尋ねる。


「ん? ああ、こいつはぁ……不屈の……封印か? 不屈の封印って書いてあるな。だが、どうしてこいつだけ違う字で書いてあるんだ? こんな事、今までなかったよな?」
「うん! 初めてだよ!」
「そうか……おいっ、ナエ! クロ! ちょっと来てくれ!」


 ジェノスは二人に呼び掛ける。ナエは農作業を、クロは相変わらず文字が二人よりも覚えられていないので自習をしていたが、ジェノスの呼び掛けに応じて集まる。


「どうした? 何かあったのか?」
「ワンワンくんに何か?」
「ああ、スキルのレベルが上がったんだ」


 それを確かめるように回収可能なものが記された一覧を見てみる。そこには【廃品回収者・レベル4】と書かれていて回収できるものが増えているようだったが、それよりもナエ達の目を釘付けにしたのは古い字で書かれた項目だった。


「これ何だ? こいつも回収できるものなのか?」
「読めないけど……ジェノスさんが読んでた魔法書と同じ文字みたいだね」
「ああ、そうだ。それは不屈の封印って書かれてんだ」
「不屈の封印? 何だそれ?」
「分からねえ……得体の知れねえものだ。ところで、これまで違う字で一覧に現れた事はあったか?」


 ジェノスは念の為、二人にも尋ねたが自分達の知る限りでは、これまでこのような事はなかったと答える。


「そうか……それなら回収しない方がいいな」
「ええっ、回収しちゃいけないの?」


 ジェノスが回収しない方がいいと言うと、ワンワンが悲しそうな声を上げる。どうやらワンワンは回収したいようだ。しかし、ジェノスは首を縦に振る事はない。


「駄目だ。危険なものかもしれねえ」
「でもぉ、回収した方がいい気がするよ」
「こんな訳も分からんものを回収して、何かあったらどうする? 駄目だ」
「わぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 不機嫌そうに唸るワンワン。しかし、ジェノスは決して良いとは言わなかった。ワンワンに恨みがましそうに睨まれるのは辛いが、ワンワンの身に何かあった時の方が何倍も辛い。


 ワンワンの為なら、憎まれ役ならいくらでも買おうとジェノスは心に決めていた。


 ワンワンとジェノスが互いに一歩も引かない中、ふと何かに気付いたようでクロが声を上げる。


「あっ、そうだ。ワンワンくんの《シーカー・アイ》でそれが何なのか分からないかな?」
「何ぃ?」
「わふっ?」


 《シーカー・アイ》を使えばあらゆるものの情報を得る事ができる。しかし、文字に使用できるのかは分からなかった。


 《シーカー・アイ》という魔法は、魔法書に書かれておらず、ワンワンから聞いた事しかジェノス達は知らない。


「ワンワン、文字に使った事はあるか? 使った事ないなら、この際だ。試してみろ」
「うんっ! じゃあ、やってみる! 《シーカー・アイ》!」


 ジェノスに言われてワンワンは早速一覧にある、不屈の封印に使ってみる。するとワンワンは右へ、左へと不思議そうに長い髪を揺らしながら首を傾げた。


「どうした?」
「わうぅ……よく分かんないの」
「よく分かんない? どういう事だ? 何が分かったか教えてくれ」
「うん。えっとね……自分が死んじゃうと、用意していたものに魂をしまう? スキルなんだって。それでね、しまったものになんか……ちょうどいい? ぴったりな? 魔力を入れると封印が解けて……えっと、魔力を入れた人を守ってくれる幽霊さん? になるんだって……で、何かまだあるみたいだけど……もやもやーっとしてて、これ以上は分からないや」
「そうか……とりあえず【不屈の封印】はスキルって事か」


 両眉を上げてワンワンの説明に驚きを見せるジェノス。そして話を聞いて【不屈の封印】がどういったスキルであるかも理解する。


 ワンワンの話から推測すると、どうやら死後、自分の魂をものに封じる事ができるスキルらしい。そして、魂を封じ込めたものに特定の魔力を流す事によって、封印が解かれるようだ。封印が解かれると、解いた人物の守護霊のような存在になる。おそらくそういう事だろう。


 だが、分からないのが古い字で書かれている事だ。スキルはそのように記されるものなのか、あるいは【不屈の封印】に限っての事なのか。おそらく《シーカー・アイ》で分からなかった部分に関係していると思われる。分かった事もあるが、疑問が残る結果となってしまった。


「ねえねえ、【不屈の封印】って悪いものではないよね? 回収していいでしょ!」
「そうだな……確かに悪いものじゃねえな……だが、良いものって訳でもないかもしれねえ……。ちょっと待ってろ」


 ジェノスはワンワンに少し待つように言って、ナエとクロと少し離れたところで保護者会議を始める。


「どうする?」
「どうするって……ワンワンの話を聞いた限りだと、悪いものじゃないんだろ?」
「そうだね。別に回収しても問題なさそうだけど……ジェノスさんは何か心配な事があるの?」
「ああ、もし【不屈の封印】のスキルそのものを回収できるならいいが、もしかすると【不屈の封印】を使って、魂が封印されたものかもしれねえと思ってな」


 確かにその可能性は大いにある。いや、むしろ【廃品回収者】の力を考えると、後者の方が可能性は高いだろう。封印されているとは知らずに誰かが捨てた可能性は高い。


「オッサンの言う通りだぜ。もし封印されたものだとしたら、封印されている奴が悪い奴の可能性も……」
「で、でも、ワンワンくんは回収したがってるよ? それに確実に封印が解ける訳じゃないし……特定の魔力が必要なら大丈夫なんじゃ……」
「そりゃそうだが、あんなふうに古い字で書かれる事なんて初めてなんだろ? 何か意味があるとは思わねえか?」
「意味って…………ワンワンの魔力なら封印が解けるとか?」
「ああ、可能性はあんだろ。回収して良いとしても魔力は流すのは駄目だな」
「でも、ワンワンくん優しいから、人の魂が入ってるなら出してあげたいって思うんじゃないかな?」
「確かに……うーん……」


 それから話し合いは続いた。そして出された結論は回収してもいい。もし、封印されたものだった場合は魔力を流してみてもいい。ただし、万が一ワンワンに害ある存在であった場合は即刻消滅させる事にした。


 クロが最近覚えた魔法、《モワヌ・フラッペ》であれば、幽体を強制的に浄化し、存在を現世から消滅させる魔法だ。対象のステータスが自身より格下でないと効果は薄いが、勇者であるクロのステータスであれば、ほぼ間違いなく消滅させる事は可能だろう。


 ワンワンにも一応その事を伝えたが、自信満々に「きっと良い人だよ!」と確信している様子だった。もしかすると、ワンワンは既にスキルそのものでなく、魂が封じられたものであると、なんとなく感じ取っているのかもしれない。


「それじゃあ、回収するね! ぽちっ……それから、ぽちっと!」


 【不屈の封印】は回収可能一覧から、回収済み一覧へ。そしてワンワン達の目の前に【不屈の封印】が現れた。


 それはワンワンよりも幼さを感じる少女の石像だった。だいぶ古いものらしく、あちこちに皹が生え、欠けていた。台座もあり、何か書かれていたが掠れてしまって読めない。長い時間、雨風に晒された為だと思われる。


「どうやら魂が封印されたものだったみたいだな」


 ジェノスは加えて「スキルだったら楽だったんだが……」と呟きながら、石像に触れてみる。どう見ても普通の古い石像であった。とてもこの中に魂が封印されているとは思えない。


「オ、オッサン……触っても問題ないのか?」
「ん? ああ、触っても何ともない、ただの石像だ。それにしても、どうして石像なんかに魂を封印したんだ……どうでもいいか」


 それから試しにジェノス、クロ、ナエの順番で石像に魔力を流してみる。だが、何も変化はなかった。そして本命のワンワンの番となる。


「よし、それじゃあワンワン、こいつに魔力を流してみろ。クロは魔法をいつでも使えるようにしておけ」


 ワンワンはジェノスからの許可が出ると、すぐに石像の台座に触れる。そして魔力を石像に流していく……すると、すぐに石像は反応が見られた。目が眩むほどの光を放ち出したのだ。


 そして最も光が強くなった瞬間だった。


 少女の石像に生えていた皹が一気に全身に広がり、音を立てて崩れたのだ。ワンワン達の足下に落ちて来た元少女の石像の破片は暫く光を保っていたが、やがて消えてしまう。


「「「「…………」」」」


 その予想外の光景に、一同は呆然とする事しかできなかった。

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