捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第15話 祝・父親

「さて、それじゃあ今日は《ミソロジィ・シールド》を使ってみるか」
「使っていいの!?」


 クロから禁じられていたので使って来なかったが、どうやら内心は使いたくてうずうずしていたようで目を輝かせる。その様子を見て、僅かに口元をジェノスは緩めた。


「ああ……見せてくれ、ワンワン」
「わうっ!」


 魔法を使う為、四人は小屋の外に出た。ワンワンから少し離れたところで、ジェノス、ナエ、クロが魔法の効果を見届ける為に待機する。


「よしっ、ワンワンいいぞ!」
「いっくよぉ! 《ミソロジィ・シールド》!」


 魔法が発動すると、ワンワンを中心に半円の光の膜が広がった。そして、膜はちょうどジェノスたちの手前で止まった。


 まるでワンワンを守るように現れた光の膜。それは多くの防御系の魔法に見られる特徴だ。


「ふむ……見たところ、やはり防御の類だな。そうなると、どれだけの攻撃に耐えられるのか気になるところだが……」
「試しに攻撃してみないといけないのか……」


 魔法の力を確かめる為とはいえ、ワンワンに向けて攻撃するような真似をしないといけないのかと、ナエは顔を顰める。


「あ、それなら私がやるよ!」


 肩を大きく回してウォーミングアップを始めるクロ。ナエと同様に躊躇うかと思ったのだが、意外と割り切る事ができるようだとジェノスは感心する。


「ああ、まずは軽くって、おいっ!」


 ジェノスは目を剥く。攻撃の指示をしようとしたのだが、クロは剣を高々と振り上げて既に攻撃動作に入っていたのだ。それも彼女の目は真剣そのもの。魔物などの敵対者に向ける目をしていた。


 彼女は割り切るとかそういう事ができる器用な頭ではなかった。何も考えていないだけだ。


「せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 剣を躊躇なく振り下ろすクロ。それは間違いなくクロの渾身の一撃。
 決して途中で力を緩めたりする事なく、《ミソロジィ・シールド》に振り下ろされる。接触した衝撃によって嵐のように、衝撃波がジェノス達を襲う。目をまともに開ける事ができなかった。


 そして衝撃波が収まりジェノスが見たのは、彼女の剣が《ミソロジィ・シールド》に阻まれ、振り切れずにいる光景だ。


 クロはというと、《ミソロジィ・シールド》が無傷である事に、目を輝かせていた。そして本当に破壊できていない事を確認するかのように、何度も剣を上下させて叩いてみる。


「凄いっ! この魔法凄く強いよ! まったく傷付いてないし…………ワンワンくん?」


 クロはひとしきり魔法の効果を確かめて、ようやくワンワンを見た。


 ワンワンは酷く怯えていて、可愛そうなほどぷるぷると小さな体を震わせていた。やがて、力が抜けたように膝から崩れ落ちると、両目からこれまで見た事ないほどの勢いで涙が流れ出す。


「うええええええええええええええええっ!」


 ワンワンは大声で泣き出してしまった。聖域の外までも聞こえるのではと思えるほどに大音量で。


「ええっ! どうしたの!?」
「どうしたじゃねえぜ! クロ、何やってんだよ!」
「馬鹿野郎っ! あんなのワンワンじゃなくても腰ぬかしちまうわ!」


 どうしてワンワンが泣いているのか分かっていないクロに、強い口調でジェノスとナエが責める。だが、それでもクロは自分のせいでワンワンが泣いているとは思っていないらしく、おろおろしていた。


「えっ、で、でも、仮に破壊できても当たらないように」
「当たる、当たらないの問題じゃねえ! 勇者のステータスで、全力で剣を振るのが問題なんだよ! 当たらなくても生きた心地しないわ!」
「ひうっ、ごめんなさいっ!」
「謝るなら、ワンワンに謝れっ!」
「ううっ、ワンワンくん、ごめんね! 怖かったの? 本当にごめんっ!」


 ジェノスの説教に、ようやく自分の剣で怯えてしまった事を理解し、クロはワンワンに必死に謝る。
 ワンワンは次から次へと溢れる涙を手の甲で拭いながら、声が聞こえたのかちらりとクロへと視線を向けた。


「ひぐっ……うぐっ…………クロぉ、嫌いぃ……」
「はぐわぁっ!」


 クロが正面から矢でも受けたのかのように仰向けに地面に倒れる。よほど嫌いと言われた事がショックだったようだ。


「クロ、死んだか?」
「放っておけ。それよりもワンワンを」
「お、おうっ。ワンワン、大丈夫か? 怪我はして……ないか」
「うううっ……魔法のおかげで、大丈夫……」


 未だに涙を流しているが、多少落ち着いてくれたようだ。
 ナエはワンワンに駆け寄ろうとして《ミソロジィ・シールド》に恐るおそる触れてみる。幸い触れても何ともない。それどころか光の膜は何も抵抗なく彼女の手を通した。意を決して光の膜の中に踏み込むが、外に弾き出されたりする事もない。


 問題ない事が分かると、ナエはすぐにワンワンのもとへと向かい、頭を撫でて慰める。


「ほら、ワンワンもう泣くな。私とジェノスがクロを叱っとくからなぁ」


 そんな事を言いながら慰めていると、死んだと思われたクロが上半身を起こした。そして、ワンワンに手を伸ばしながら情けない声を漏らす。


「ワンワンくぅんっ……」
「…………わふっ(プイッ)」
「ぴぎゃぁっ!?」


 再び倒れる。今度は白目を剥き、口から泡を吐いていた。
 これはこれでワンワンを泣かせてしまいそうだと思ったジェノスは、クロを小屋の中に投げ込んでおく。クロは起きたら再度説教をするとして、ワンワンが落ち着いたのを見計らって再開する。


 クロを小屋に投げ込んで戻って来た時には、既にワンワンは《ミソロジィ・シールド》は解除していた。目は赤いが、ナエが慰めたおかげですっかり涙は引いている。


「さてと……とりあえずクロの攻撃でビクともしないとなると、凄まじい防御力だ。さすがエンシェントドラゴンが渡した魔法だけはある。あとは《ミソロジィ・キュア》も全身の火傷を一瞬で治したり、呪いを解いたりできんだから魔法の中でも最上級のもんだろう。それに《シーカー・アイ》は俺の【鑑定】と違って人間以外の情報を得られる魔法のようだしな。《ミソロジィ・シールド》の中にナエが入れた事は調べる必要はありそうだが、ワンワンが使える魔法はどれも有用のようだな」


 ワンワンの魔法を把握したジェノスは、とりあえず問題ないと安堵する。


「ワンワン、ちなみに魔力はまだ余裕か? 魔力の使い方を教えてえんだが……」
「魔力の使い方?」
「魔力の使い方って……魔法を使う為のもんだろ? たった今、使ってたのに今更だぜ」
「確かに魔力は魔法を使う為にある。だがな、それだけじゃねえ……魔力っていうものは色々使い方があるんだ。見てろよ……」


 ジェノスが人差し指を立てる。すると徐々に指先が光り出し、ジェノスはゆっくりと指を動かした。すると指の光が宙に留まり、やがて“ワンワン”と名前が宙に描かれる。


「空中に文字がっ!?」
「わうっ!? 僕の名前だ! キラキラしてるよぉ!」


 暫くすると光は消えていき、ジェノスは息を吐いた。


「……ふうっ。まあ、今のは魔力で文字を書いてみたんだ。こんな感じで魔力をコントロールできれば、ある程度自由自在に動かす事ができる。厚い壁を形作ったり……って、おい。ナエ、何だその目は?」


 ナエが不思議そうな目でジッと見てくるので、鬱陶しそうにジェノスは尋ねた。


「いや、どうしてそれだけの知識があんのに、盗賊やってたのか不思議で……。そんだけ知識がありゃ、ちゃんとした仕事就けんだろ? それともそれって常識なのか?」
「これが常識かどうかは俺も知らん。ワンワンが回収した本の中に書いてあったんだ。まあ、曖昧に書かれてたところもあったから、自分なりに試してみて理解していって……おい、今度は何だ? 気持ち悪い目ぇしやがって」
「いや、ワンワンに教える為に……頑張っちゃうのが、本当に父親みてぇだなぁと…………ぷぷっ」
「ぐっ……う、うるせえっ! 不確かな事を教える訳にもいかねえだろ!」


 ジェノスは怒鳴りつけるが、ナエはまるで動じる事はない。笑い過ぎて目に浮かんだ涙を拭いながらも、ニヤニヤと笑みを浮かべ続けた。


「分かってるって……ふふっ。あ、そうだワンワン。私達をたまにお姉ちゃんって呼ぶみたいに、ジェノスもお父さんって呼んでやったらどうだ?」
「何っ!?」


 その提案にジェノスは息を呑む。いったいワンワンはどんな反応を示すのか。果たして自分の事を「お父さん」あるいは「パパ」もしくは「父ちゃん」と呼んでくれるのか。ジェノスは無言で祈った。


 ……ワンワンが明確に自分の事を「父親」扱いしていない事を気にしていたようだ。


 そして、審判の時を迎える。


「わふっ? ジェノス、お父さん……? ジェノスお父さんっ!」
「っ!」


 この時、ジェノスの意識が一瞬停止した。そして次の瞬間爆発的に喜びの感情が全身を駆け巡って行くのを感じるのであった。


 まるで、血管を通して喜びは駆け巡っているかのように、体の隅々まで満たされていく感覚に陥る。


 ジェノスはワンワンの「ジェノスお父さん」を深く心に刻むかのように目を閉じる。そして暫くしてゆっくりと目を開けた。


「…………おい、ナエ」
「ん?」
「家族っていいもんなんだな……」


 ジェノスの目から一筋の温かな喜びが零れた。

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