捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第14話 外の世界は悪い奴がいっぱい?

 ワンワンに魔法を覚えさせると決めた夜から数日が経過した。
 ジェノスはワンワン達に文字や計算を教えながら、自身も回収した本を何冊も読み、古い文字を勉強して魔法書を解読していった。


 魔法書というものは書き手によって質が変わる。誰が書いても同じというものではない。魔法というものは素質があるかどうかが根本にはあるものの、素質があってもその魔法が自分の中で正確にイメージする事ができないと習得できないのだ。
 魔法書にはイメージができるように魔法がどういったものなのかが記されている。だが、書き手によっては回りくどい言い回しを多用したり、もはや詩ではないかと思われる文章で書かれていたり。その為、魔法書を読んでも正確にイメージできるとは限らないのだ。


 癖の強い文章が記された魔法書で魔法を覚えられるのは、書き手と同じ感性を持つ者ぐらいだ。だから魔法を使う者は口を揃えて、自分にあった魔法書を見つける事が重要だという。


 ジェノスも魔法書のそういった面がある事を知っていたので、解読したは良いものの全く理解できないかもしれないという懸念があった。だが、幾つかの魔法を解読して、そのような不安はすぐに払拭できた。


 この魔法書を三百年ほど前に書いた人物は、万人受けする理想的な書き手であったようだ。魔法がどういうふうに発動されるのか、どれだけの効果があるのか、どれだけの魔力を消費するのか。魔法に関する事が詳細に書かれていて、余計な言葉で飾ったりせず、理解しやすいものであった。


 そのおかげで解読が進み、幾つかワンワンに向いていそうな魔術を見つける事ができた。そして、いよいよ魔法を学ばせようと思い立つ。


 小屋の中で、今日も勉強をしようと張り切って床に座っているワンワン。
 そんなワンワンを見ながら「いつもの勉強とは違う事をするぞ」と前置きをしてから、ジェノスは告げる。


「ワンワン、今日は魔法についてやっていくぞ」
「魔法? 魔法なら使えるよ! 《ミソロジィ・キュア》と《シーカー・アイ》に……あとまだ使った事ないけど、《ミソロジィ・シールド》!」


 指を折って数え、凄いでしょ! と眩しいほどの笑顔をワンワンはジェノスに見せる。


 その愛らしい笑顔に、ワンワンの両脇に腰を下ろしているナエとクロは思わず頬を緩めてしまうほどだ。ジェノスもその笑顔に心が癒されるが、億尾にも出さずに話を続ける。


「ああ、知ってる。だが、これから外の世界に行くのにはもっと沢山の魔法を覚える必要があるんだ。これは普段の勉強と同じぐらい大事だ」
「そうなんだ! どうして必要なの?」
「ん? なぜって……そりゃあ悪い奴から身を守る為だ」
「悪い、奴……? ねえ、悪い奴ってどんなの?」


 ワンワンは首を傾げて、艶のある長い金髪を揺らす。
 悪い奴とはどういったものなのか。思わずジェノスは「悪い奴は悪い奴だ」と答えそうになったが、ワンワンが自分達以外の人間と接した事がなく、悪い奴というものは想像できない事を察する。


「悪い奴ってえのは……ほら、渡した絵本にあったろ。人のものを隠したり意地悪する奴とか」
「意地悪をする人なの?」
「まあ、そうだ。具体的に言うと……ワンワンの大事な骨を勝手に持って行ったり……ワンワンが最後に楽しみにしていたお肉を食べちまったり……」


 あまり過激な内容にならないように例を挙げていくジェノス。


 だが、ワンワンにはジェノスが挙げていく意地悪でも充分衝撃的だった。これまで当然の事ではあるが、ナエ達に意地悪なんてされた事はない。その為、ジェノスの話を聞いて――。


「ううううっ……悪い奴、酷いようっ……外の世界ってそんな酷いことする人がいっぱいいるのぉ?」


 すっかり怯えてしまった。
 そんなワンワンを見て、ナエは立ち上がるとジェノスに近付くと小声で注意する。


「馬鹿っ! 怖がらせてどうすんだよ!」
「仕方ねえだろ! 今のが駄目なら、どんなふうに教えりゃあいいんだよっ! とりあえず、そんな奴等ばっかじゃねえって教えて来いナエ!」
「はぁ? オッサンがどうにかしろよ。オッサンの説明が……」
「俺の説明は悪くねえっ! ほら、さっさと言ってこいっ!」
「自分でやりゃいいだろっ!」
「ちょ、ちょっとナエちゃん、ジェノスさん。声を抑えていても、二人の顔が怖くてワンワンくんが怯えているよ」
「「あっ」」


 諌めるようにクロが声を掛けられ、ナエとジェノスはワンワンの方を見る。確かにワンワンは今にも泣きだしそうな顔をしてこちらを見ていた。


「うううっ、悪い奴の話をしているだけで喧嘩しちゃうの? 怖いよぉ……」
「大丈夫だよワンワンくん……外の世界は、そんな怖いことばかりじゃないからねぇ」


 その目から涙を溢させはしないとばかりに、クロはワンワンの頭を優しく撫でてやる。


「ほ、本当に?」
「うん、本当だよ。ここも緑がいっぱいで良いところだけど、一面にお花が咲いている丘があったり、大きな滝……水が高いところからいっぱい落ちていたりするところとか……。ワンワンくんがまだ見た事もない景色がいっぱいあるよ」


 自分が知らない景色を聞いて、ワンワンの目にたまっていた涙が引いて興味を示す。
 その様子にナエとジェノスは安堵して、暫くクロに任せる事にした。


「絵本で読んだような、おっきなお城とかもあるの?」
「うん、あるよ。おっきなお城以外にも、絵本で読んだものがいっぱいあるよ」
「えっと……じゃ、じゃあ悪い奴……以外の人もいる?」
「…………」


 ワンワンのその問いに「勿論だよ。良い人も沢山いるよ!」と言おうとクロは思ったのだが、口を半ば開けた状態で固まってしまう。


「クロ? ねえ、どうしたの? どうして何も言わないの? 意地悪する人がいっぱいなの? 悪い奴しかいないの? ううっ……ねえ、クロぉ……」


 クロの反応に再び外の世界に対して不安を抱くワンワン。すると今度はナエとジェノスが動いた。


「ワンワン、ちょっとクロを借りるぞ」


 ジェノスが固まってしまったクロを回収し、代わりにナエがワンワンの横に腰を下ろして外の世界の良いところを語り出す。


 そしてクロは小声でジェノスに叱責を受けるのであった。


「あそこで黙ったら余計に不安になっちまうだろうがっ!」
「だ、だって……はっきり『良い人ばかりだよっ!』なんて、言うのも胸が痛むというか……口にできなかったというか……」
「……まあ、気持ちは分かるがな」


 ここにいるワンワン以外の三人は、経緯は違うが人の手によって命の危険に晒されたのだ。
 それにある程度、外の世界で生きていたら、人間の綺麗なところも汚いところも分かってしまうものだ。だからクロがワンワンに対して答えに窮したのは、ジェノスにもある程度は理解はできた。


 ワンワンには人間の汚いところなんて知らずに生きて欲しいものだが……と思わずジェノスは思わずにはいられなかった。だが、外の世界を望むのであればそれは不可避だろうし、いざ人間の悪意に晒された時に何もできなくなってしまう。


 このまま外の世界には悪い奴がいっぱいいると教え込ませて、聖域から出さない。思わず、そんな考えが脳裏を過ぎるが、すぐに一蹴する。そんな事はワンワンの為にならないし、ワンワンを騙す事になる。


 そんな馬鹿げた事を少しでも考えた自分自身をジェノスは嘲笑し、「ナエとクロの過保護がうつっちまったか」と呟く。


 それから、ワンワンに対してナエが「私達はその外の世界から来たんだから、悪い人ばかりじゃないって分かるだろう?」と言うと、ワンワンは「そうだね!」と安心した様子だ。


 ナエ自身そんな事を言うのが照れ臭かったが、ワンワンに肯定されるとクロやジェノスも照れ臭そうにする。そしてワンワンにとって自分達が良い人と認識されている事に喜びを覚えるのだった。


 こうして、外の世界への不安を払拭する事ができ、ようやく本題の魔法に取り掛かっていく。

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