ボッチが駆使する過去と未来、彼女らが求める彼との未来〜ゲーム化した世界では、時間跳躍するのが結局はハーレムに近いようです〜

歩谷健介

1章 現実汚染の始まり



「へ?」

「何――」 

「外――」


 ブツ切りにされた言葉の断片が、徐々に波のようになってその場にいた生徒達に広がる。
 皆視線は外に――正確には外に広がった眩い光の玉に向けられた。


 俺だけは、手で日除けを作るようにして視線を落とす。 

『10月11日 (木) PM 5:00』。

 それだけを確認すると、俺は向かい風に抗うかのように慎重な足どりで、校舎から出た。
 腕そのもので、暴風の如く襲いかかる光を遮るように。 

 他の生徒があまりの眩さに悲鳴をあげて、その場に足を縫い付けられる中、俺は独り、地にある影だけに目をやる。


 ――瞬間、今まで存在しなかった影が、玄関に直結するグランドに無数に出現した。

 本当に、神隠しを裏返した現象なのではないかと思うほどに、突然の出来事であった。

 視界を光に潰されないよう少しずつ影から視線を上げて行く。








 ――そこには、ゴブリンがいた。

 一度見た、おそらくオリジナルの世界で、俺が鞄をフルスイングして、命中させた、それとそっくりの。


 だが、そっくりなのは、その見た目だけであった。

 圧倒的に、数が違う。



 中学校くらいの校庭で行われる体育祭を想像してほしい。
 組やクラス、色などによってチームを分け、そうしてグランドに集まり、競技をする。
 もしかしたらそれにプラス保護者も加わるかもしれない。

 大なり小なり違いはあれど、人口密度は相当なものだろう。

 今目の前にあるのは、その組分けやチーム分けがなされていない、統一した種族が、うじゃうじゃグランドに参集している光景だった。

 ざっと目測でも、うちの高校の全校生徒の数程はいるのではないか。

 

 ――そして奴らは、光が収束する前に行動を開始した。 
 俺たちとは違って、光の影響など受けていないかのように。




 帰宅しようとグランドに出て、だが、光の眩さに目を奪われ動けずにいる生徒が何人もいた。
 奴らは手当り次第に、付近にいた行動不能の生徒達に群がり出す。


「ギィヤァァ!!」

「ギィィィ!!」


 訳も分からず理不尽な暴力に晒される生徒達。
 ただただ悲鳴をあげて、逃げ惑う。

「な、何だよこれッ!?」

「うっ、うわぁぁぁぁぁ!?」

「キャァァァァァ!!」


 そして、そんな阿鼻叫喚と化した地上など他人事だと言わんばかりに、光の衣を仕舞い、天はその装いを紫色に変える。

 そこから降り注ぐ薄紫色の光が、生徒たちが流す血にどこか現実離れした印象を付与する。
 地面にはあちらこちらでトマトの汁でも絞ったかのように血の跡が付いた。


 何故自分が殺されたのか、知らずに目を見開きながら、助けを求めるように手を伸ばしながら地に伏す学生たち。 



 ――目の前には、地獄が繰り広げられていた。
 腕を切られた女子生徒はゴブリン達に引きずられ、最早見えないところまで運ばれていく。
 男子生徒に至っては容赦などなく、首を切られ、足を切られして二度と目覚めぬことに。


「くっ、くっそぉぉぉ!!」

「この野郎っ!!」


 中には勇敢な生徒もいた。
 おそらく運動部だろう、ジャージや運動部のシャツを着ており、果敢に蹴りを見舞ったり、拳を振るったり抵抗することもあった。


 だが――


「なっ、なんで!? 全然効かねぇ!!」

「いてぇ、手が、手がぁぁぁ!!」


 これも記憶通りだった。
 彼らが攻撃を行うと透明な膜状のものに阻まれ、全くゴブリンに対して威力を発揮しない。

 俺が鞄をぶつけたり本を投げた時の現象と同じだった。

 素手で拳を振るった者はコンクリートでも殴りつけてしまったかのように、手首が変に折れ曲がってしまっている。


 相手の方が圧倒的に体格では劣るのに、今までの常識からは全く想像もつかないような状態に陥っていた。
 自分たちの攻撃は通じないのに、相手からは一方的になぶられる。

 
 その状態が、一層の混乱を強めた。 



 俺はそこで、先程までいた未来のことを思い出す。 

 誰もいない、廃校舎のような有様になった自分の学校。
 今から6日後、こうなるだろうと予測された、未来の学校。

 
 ――俺には、それが、現実になりうる、と想像できてしまった。

 単なる漠然とした抽象的な未来図ではなく。
 現実的な実感を持った、危機感として。

 もやもやとした雲のような不安が、一気に恐怖を感じさせる血肉を得て、実体を持った気がした。


「ギッ!! ギギイィィ!!」

「なっ!?」

 
 俺のところにも、既にゴブリンが近づいていた。
 未だ数えられる程度だが、時間が経てば経つほどに増えて行くだろう。

 ゴブリンは容赦なく得物の棍棒を振るう。

「くっそっ!!」


 とはいえ、攻撃自体は躱せる程の速さだった。
 俺は後ろにステップを踏んで避ける。

 やはりその脅威は数なのだろう。

 効果はないだろうが、牽制する意味も込めて一先ず遮二無二蹴りを見舞った。

「――グギィィ!? ギィッ!!」


 すると、ゴブリン自身も、自分に攻撃は効かないと周りから学んだのか、普通に突っ込んできた。
 くっそ、小賢しい――えッ!?





 ――攻撃が、ヒットした。





 いや、この場合、正確に言った方がいい。
 俺の蹴りが物理的にゴブリンに触れるだけでなく、地球上の物理法則に則ったように、吹き飛んだ。
 その際、モンスターを包み覆うような透明の膜は出現していない。

 右足から繰り出された攻撃に、ゴブリンはボールの如く跳ねて、入口付近の柱にぶつかり、ぐったりとなった。


 俺の中に、一度感じたことのある種類の違和感が駆け巡る。




「攻撃が……通じた!?」




 何故だ!?
 モンスター相手に、普通の攻撃は通じないんじゃなかったのか!?
 現に目の前で繰り広げられている生徒達の抵抗は、一切抵抗の体をなしていない。

 攻撃を仕掛けても、有効打とはならず、ゴブリン達は全く仰け反ることもない。
 まるで不思議な力に守られているかのように。



「ギィギィ!! ギィシャアァァ!!」


 また一匹のゴブリンが俺の近くまで辿り着き、襲い掛かって来た。
 俺はおっかなびっくり確かめるように、今度は鍵のかかったドアを蹴破るようにして蹴飛ばしてみた。

「ギィッ!?」


 蹴りは今度も見事にヒットし、俺の直線上にゴブリンは転げ回る。
 当たりどころが悪かったのか、内臓を労わるように立ち上がると、耐えきれなくなり、緑の体液を吐き出してぶっ倒れた。


 ……やっぱり当たった。



 俺は、オリジナルの時に、ヒョロっちい大学生とオッサンが“契約”なる行為をして、その後彼らがゴブリンと戦闘を行った光景を思い出した。

『――じゃあ、頼むよ、加瀬君?』

『は、はい!! ――“契約、締結”!!』

 オッサンと加瀬は、二人で“契約”を行い、その後――

『…………うん、行けるよ。各務君』

『おお、そうか。んじゃ、さっさとソイツを片付けてくれ』

『うん、任せてくれ――【火の精よ、我の求めに応じ……】』

 ゲームのようなの詠唱・呪文を唱えて――

『行くよ!! “ファイアアタック”!!』

『グッギィィィィ!?』

 実際に目の前で魔法としか思えないような現象を起こし、そして、ゴブリンを倒して見せた。



 だから、仮説として、特定の人物と“契約”なる行為を経ないと、出現したモンスターには対抗できないものと思っていた。

 だが、俺はどうだ。
 俺は、契約してない、よな?



「うっらぁ!!」


 続け様に来たゴブリンに対して攻撃を振るう。
 やはり単なる偶然ではなく、どうやら俺の攻撃は通じるらしい。


 だが、攻撃が通じるのはいいが、この後どうする!?
 ゴブリンはまだまだ校庭から溢れるほどにいる。

 俺一人が太刀打ち出来た所で、この状況を覆すのは無理だ。
 気合いで……は何とかならないレベル。



「グッギィッ!! ギィィ!!」



 波の前方にいるゴブリンの中には、他の学生の攻撃はどうってことないのに、あの学生(俺)の攻撃はどうやら仲間に通じてるじゃないか――そう感づく奴も出てきている。

 このままじゃジリ貧だ。
 どうする――



<――緊急!! 緊急!! 校内の生徒・先生・来校者すべての人に告げます!!>


 突然、スピーカーを通した大きな声が響き渡る。

 この声……校長か!!
 いつもの集会での話のような穏やかさは鳴りを潜め、声に随分と焦りが滲んでいることが分かる。


<ただ今当校は謎の生物の集団に襲われています!! 無事な人は直ちに“体育館”へと避難してください!!>


 校長自ら放送を行うという点でもやはり今の状況が異常事態だと察せられる。
 必要な事項を端的に述べて、校長は<繰り返します――>と同様のことを二度告げ、放送を切った。


 俺は向って来るゴブリンを牽制しつつ、体育館を目指す。
 校門からだと走って1分もせずにつく。

 だからゴブリン達が追いつく前に、体育館には到達できた。


「火渡ぃ!! 早く来い!!」


「ッ!! 箱峰先生!!」


 正面に前後二つ入口がある。
 後方の入り口は閉まっている。

 箱峰先生を含め3人教師が前方の入口にて生徒を誘導していた。
 後を盗み見る。

 未だ数体のゴブリンがノロノロと追いかけて来るくらいで、差し迫った危険は一応ない。


 俺は靴のことなど構わず、中に駆け込んだ。

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