人生の続きを異世界で!〜天界で鍛えて強くなる〜

水泳お兄さん

邪神と権能

「どうぞ、こちらへ」

 クロードに案内されたメリアは、首都の地下深く、なにやら祭壇のような場所へと案内された。

「こんなところで鍛えるの? それとも、私を秘密裏に殺そう、とか考えてたりして」

 自身の中にいる邪神が、ソレーユを始めとした法国の人間によく思われていないのは、最初によく分かった。
 クロードのような頭のキレる人間ならば、害があるとして殺そうとしてもおかしくないかも、と警戒を強めたが、

「何を言うのですか! ミツキ様の仲間である貴女を殺すなど、まず有り得ません!」

「そんなに?」

「はい。私たちはミツキ様に絶対の信仰を持っております。そしてもちろん、ミツキ様の仲間であるあなた方にも」

 そう説明するクロードの対応は誠実そのもので、嘘だとは微塵も思えない。
 これは疑ったのが失礼だったかと、警戒を解いて刀に伸ばしかけていた手も戻す。

「ごめんなさい。勝手に警戒してたのは、私の方だったみたいね」

「いいえ、無理もありません。ソレーユにも襲われたと聞きましたから」

「危うく死ぬところだったわよ」

「あはは、ソレーユは思い込みが激しいですからね」

「まあ、それも邪神の力のおかげで死ななかったんだけど」

 不老不死のこの力。
 このお陰で今まで窮地を乗り越えたことも多いのだが、それでもやはり、戻れるのならば普通の人間のようになりたい。

「その事ですが、今回の鍛錬内容によっては、メリアさんは普通の人間に戻れますよ」

「ほんとに!? どうやって!?」

 鍛えるだけのつもりが、まさか人間に戻れると言われるとは思わなかった。
 あまりのことに、身を乗り出してクロードを問い詰めてしまう。

「お、落ち着いてください。可能性があるというだけで、確定ではありませんから」

「十分よ。可能性だろうと、希望が見えたんだから」

 まさかこんなにも早く、目的を達成できそうになるとは思わなかった。
 興奮で頬は赤くなり、鼓動がうるさいくらいに早い。

「では、説明しますね。まずこの場所ですが、私たち法国の人間が神様との対話のため、利用している祭壇となります」

「神と対話なんてできるの?」

「今は無理らしいのですが、昔はソレーユの一族は可能だったらしいのです。ミツキ様より前の太陽神様との対話に使っていたと、私は聞いています」

「なるほどね。で、私はここで何をすればいいわけ?」

「メリアさんには、これから祭壇で自分自身の中にいるであろう、邪神と対話をして頂きます」

「対話をして……何を話すのよ」

「そこまではわかりません。ですが、対話をして、己の力がどういったものが知る。それがメリアさんの強くなる方法だと思いますし、人間に戻れる可能性のある方法なのです」

「この邪神と対話……有効そうね。具体的にはどうすればいいの?」

「祭壇の真ん中に座って、意識を自分の精神へと集中してください。それだけで、あとは自然に精神世界へと入れますよ」

「へー、簡単なのね」

 思ってみれば、邪神の力があると言い聞かせられてはいたものの、実際にその邪神というのがどういった人物なのか、考えたこともなかった。
 メリアはクロードのこの鍛錬方法に納得すると、早速祭壇の真ん中へと向かう。

「長い対話は何が起こるかわかりませんので、目安として時間を10分としておきます。危なくなりましたら、強く念じてもらえれば戻ってこられます」

「初めてだからちょっと怖いけど、信用してるわよ」

「はい。では、お気を付けて」

 メリアが目を閉じ、深い呼吸を繰り返して意識を集中させていく。
 頭がぼやけていく感覚と同時に、手足から力が抜けていき、まるで眠るようにして自身の精神世界へと潜ることに成功した。

 次にメリアが目を開けた時、まず視界に映ったのは砂浜とどこまでの続く海。
 自分の精神世界と聞いていたが、海に行きたい欲でもあったのかと思っていると、背後から声をかけられる。

「はぁい、メリアちゃん」

「もしかして、あんたが……」

「初めまして。お姉さんは海神……いえ、今は邪神って呼ばれてるのよね。なら、邪神カルナって名乗るのが正しいかな」

 深海を思わせる紺色の髪と瞳を持った、美しい女性が砂浜に座っていた。
 明らかに初対面のはずだが、メリアはまるで昔から一緒だった友人かのような感覚を持った。

「あんたが私の中の邪神なのね。もっと醜いと思ってたわ」

「やだ、褒めてくれてるの? お姉さん嬉しいわ」

「まあ、挨拶なんてどうでもいいわ。とりあえず本題に……」

「人間に戻して欲しい、よね」

 どこから話そうかと悩んでいたメリアに、カルナがここに来た目的を言い当てる。

「なんで知ってんのよ」

「だってー、お姉さんはメリアちゃんの1部なのよ? メリアちゃんの体験したことは、全部わかってるわ」

 全てを見透かすような瞳でそう言うと、カルナは立ち上がって、ゆっくりとメリアの方へと歩いて来る。

「なに、やる気なの!」

 とっさに身構えたメリアを、カルナは包み込むようにして抱擁する。
 予想外の行動に、メリアは目を見開いて動けずにいた。

「大変だったわね。それと、ごめんなさい。メリアちゃんの助けになると思って不老不死にしたのに、それで苦しんでたのね」

 そしてカルナの口から出た言葉は、あろうことか謝罪だった。
 自分を惑わすための虚言かとも思ったが、カルナから伝わる温もりが、それが偽りのない言葉だと教えてくれる。

「……なんで謝るのよ」

「言ったでしょう。全部知ってるの。苦労も苦しみも後悔も、全部」

 母性溢れるその言葉に思わず涙が出そうになるが、それをグッと堪えて、カルナを引き離す。

「大丈夫……私は今、そんなに辛くなんてないし」

「強いのね」

「当たり前でしょ。私が強いのなんて最初からよ。……で、本題に戻るわよ」

「うふふ、そうね。人間に戻りたいってことだけど、不老不死の力を消すのは簡単よ」

「そうなの!?」

「ええ。血は出るようにするし、痛覚もちゃんと通じるようにしておくわ。でも……危ないから、自然回復力だけは高くしてもいい?」

 カルナとしては、メリアが望むのであれば不老不死の力などなくして、普通の人間に戻してあげたい。
 しかし、万が一の時に備えて回復力は高くしておきたいと、そう提案する。

「わかった。それくらいなら大丈夫よ。あんたが私を心配してのことだろうし」

「ありがとう。それと、もう1つ提案があるの」

「なに?」

「あなたの仲間にミツキって半人半神がいるでしょ? あの子みたいに、私の権能を使えるようにしてみない?」

「権能って、不老不死とは別なわけ?」

「あれはおまけみたいなものよ。不老不死なんて、デメリットも多いんだから」

 てっきり不老不死になることがカルナの権能だと思っていたが、どうやら違うらしい。

「ってことは、私も魔法みたいなのが使えるようになるわけ?」

「そうよ。私の権能は海を司る。そっちの世界で言うと、水魔法ってことになるわね」

「それはありがたいわよ!」

 魔法が使えないというのは不便で、特に魔法が使えて当然のこの世界では、それは大きなハンデとなってしまっていた。
 それが使えるようになるというのは、メリアにとって嬉しい誤算だ。

「よかったわ。じゃあ、不老不死の力は消してそうしてあげるわね」

「ありがとっ。けと……どうしてそこまでしてくれるわけ?」

 カルナにとって、メリアはたまたま選ばれただけの人間であり、なんなら無理矢理力を込められたことで、窮屈な思いをしていることだろう。
 だというのに、その対応はまるで母親のように優しく、それに違和感を覚えてしまう。

「簡単よ。私はね、人間が大好きなの」

「人間が好きって……」

「大好き、よ。脆いところも、愚かなところも、勇敢なところも、儚いところも全てが愛おしい」

 そう語るカルナの目は楽しげで、まるで昔の楽しい記憶を思い出しているようだ。

「だから人間の味方をするメリアちゃんには協力するし、逆に人間の敵……悪魔や1部の神なんかは死ぬほど嫌いだわ」

「変わってるのね」

「ふふ、だから邪神なのよ」

 どうやら邪神と言っても、邪悪な神という意味ではないらしい。

「理由はわかったわ。カルナ……改めてありがとう」

「いいのよ。ミツキ君たちにもよろしくね」

「わかったわ。ちゃんと伝えとく」

 そろそろ十分が経過するのか、メリアの体がところどころぼやけ、形を失い始めている。

「そろそろ私は戻らないといけないわね。まあ、また来るわ」

「気長に待ってるわよ。あ、そうだ。メリアちゃん」

「ん?」

「最後に2つだけ。困ったことがあったら、私たちに助けを求めなさい。それと、その目を大事にね」

「目……わかった。大事にするわ」

 その言葉で自分の魔眼を思い出すと、なぜカルナがそんなことを言うのかと気にもなったが、素直に答えておく。
 やがてメリアの体は大きく歪むと、その場から完全に消え去った。

「……あなたも出てきたらよかったのよ」

「あんな半人前のやつに、何を言っても無駄だろうが」

 砂浜の奥にある岩陰。
 そこから出てきたもう1人の女性は、そんな厳しいことを言いながら、砂を蹴り飛ばす。

「じゃあ、一緒にメリアちゃんが1人前になるのを祈りましょうね。空神ちゃん」

「なんでお前みてぇな邪神と……はぁ」

 空神と呼ばれた女性はため息を吐き、カルナと共に依代となったメリアの成長を願うばかりだった。

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