人生の続きを異世界で!〜天界で鍛えて強くなる〜

水泳お兄さん

人攫い

「国は5つで、大陸が東西に分かれてる。魔法の種類は不明。銃なんかの兵器はなし、と」

 寮の自室で紙とペンを持ち、授業で学んだことをまとめていく。
 ここ数日授業を受けまくり、この世界の常識的なことはわかってきた。

「学園を教えてくれたソフィアには、感謝してもしきれないな」

 学園で教わることのできる情報は、ミツキの予想を遥かに超えて多かった。
 衣食住の問題も、学園が金欠の生徒用に、魔物の討伐任務などを出してくれるため困っていない。

「さて、どーすっかな」

 今日は学園は休み。
 特にやることも思いつかなかったが、情報集めも兼ねて街に出てみる。
 このフレーリアは隣接する魔族が支配する国、魔国との最前線であり、城郭都市の名前通り高い城壁が囲んでいる。

「すごいなこの壁。何年かかったんだろ。ん?」

 初めての異世界での街、情報集めも早々に忘れて観光していると、遠くに見覚えのある人影を見つける。

「あれってソフィアだよな。おーい」

 それは初日に男から助けたソフィアであり、1人だったため声をかけようとした、その時だ。

「きゃっ!?」

 横の細い路地から腕が伸び、ソフィアが攫われた。

「……いやいやいやいや!」

 あまりにも突然のことに反応が遅れたが、正気に戻ると、すぐに攫われた場所まで行って路地を見る。

「くそっ、どこだ!」

 反応の遅れが致命的だったか、既にそこにはソフィアの姿がない。
 この街のことをよく知らないミツキには、もう探す手段がない。

「諦めねえぞ!」

 それでもソフィアを探すため、ミツキは街を奔走する。

 * * *

「んむー!」

 口をテープで塞がれ、手足を縛られたソフィアは小脇に抱えられて運ばれる。
 男は2人、抱えるのを交代しながら走ることでペースを落とさない。

「大人しくしてろ!」

「んぐっ!?」

 必死にもがいていると、鬱陶しそうな顔をした男に腹を殴られた。
 かなり強く殴られ、吐き気がするがぐっと我慢する。

「それにしても、レオさんが少女趣味だったとはな」

「それ以上は言うな。命は惜しいだろ」

「確かに」

 男たちが口にしたレオという名前を、ソフィアは聞いたことがあった。
 数日前、無理やり引っ張っていこうとしたところを、ミツキが殴ったあの傭兵だ。

 レオはかなり前にソフィアを買おうとしたのだが、断られて怒り狂っていた。
 それでも奴隷商人に手を出すのは堪えていたが、代わりに学園に入ったソフィアを何度も殴りつけていた。
 その傷は、今も生々しくソフィアの体に残っている。

 当然、バレたら大問題になるのだが、痛みと恐怖で支配されたソフィアは、バラせばもっと酷いことをすると脅されており、誰にも話せていなかった。

(じゃあ、今から行くのは……)

 レオの元へ向かう、それはわかった。
 だが、どうにも走っている道がおかしい。

(このままだと、街の外に出ちゃう!)

 引き渡し場所は街の中だと思っていたが、甘かった。
 男2人はソフィアを袋に詰めると、片方が門番の目を引き付け、もう片方が素早く門を出て手馴れた様子で街を後にした。

「んー! んー!」

「マジでうるせえな、黙れよ!」

「んん!?」

「おいやめろよ、傷をつけるな」

 イライラした様子でソフィアを殴る男を、門番を引き付けていた男が止める。

「商品じゃなけりゃ殺してやったのにな」

「こんなので金が貰えるんだから、安いもんだろ。お前はもっと怒りを抑えろ」

「ちっ、わかったよ」

 痛みに悶えながら男たちの話を聞いていると、走る速度が緩み、やがて止まる。

「レオさん、連れてきましたよ」

「おう、ご苦労だったな」

 どさりと袋から地面に出され、見上げた視線の先に立つのは、完璧に装備を整えた傭兵レオだ。

「約束の金だ」

「どうも。これからどうするんで?」

「法国に向かう。そこから海を渡って帝国でしばらく暮らす」

「あー、帝国なら傭兵は歓迎でしょうね」

「精霊国家の方面には魔国があるしな」

「そういうことだ。じゃあ、こいつは貰っていくぞ」

「人攫いをする時は、どうかまたご贔屓に」

「ああ、感謝するぜ」

 手に入った奴隷の少女のコートを剥ぎ取り、下卑た視線を向ける。
 少女を虐待することに快感を感じる変態ーーレオはこれからの事を考えただけで、笑みがこぼれる。

(そっか、私はこの人の奴隷になるんだ)

 どうにもならない現実を前に、ソフィアは諦めたように考える。
 思えば両親をなくして奴隷となったが、誰にも売られずそれなりの日々は過ごせた。

(仕方ないよね、私は物だもん)

 フレーリアはもうかなり遠くに見えている。
 こんな場所は探される訳もなく、探してくれる人もいない。
 この残酷な運命も仕方がないのだと受け入れーー

「待てやオラアアアアアアアアアアッ!!!」

 立ち去ろうとするレオたちへ、怒号が響き渡る。
 驚いたソフィアが声の方向を向けば、城郭都市からこちらへ疾走してくる人が見えた。
 声の主ーーミツキはあっという間に追いつき、レオと人攫い2人から悪意が出ているのを確認する。
 そして傷だらけのソフィアを見つけると、込み上げてくる怒りを噛み締め睨みつける。

「俺の恩人に手を出しやがって、覚悟は出来てるんだろうな」

「あの時の偽善者か。人攫いども」

「いやいや、つけられてないですから」

「どうやって俺たちを見つけた?」

 人攫いの男たちは不思議そうに尋ねる。
 仕事は完璧にこなしたはずだ。

「ソフィアが攫われることは見てた。だから城壁を外から登って、周りを見たんだよ」

 探した方法を素直に答えると、人攫いたちだけでなく、レオとソフィアも口をぽかんと開けていた。
 それもそのはずで、城壁の高さはおよそ人間が登るなど不可能な高さだ。
 それをこの短時間で、それも外からよじ登るなど無理に決まっている。

「城壁を登るだと? ありえるわけねえだろ!」

「嘘もいい加減にしておけ。どうせ、たまたま俺達が門の外へ出て行くのを見てたんだろ」

「は? 何を言って」

「おい、仕事はしっかりやれ」

 何をそんなに疑問に思っているのかと聞こうとしたが、レオが先に人攫いの男たちへそう言い、ミツキの前に立つ。

「もちろんですよ。信用問題に関わるんでね」

「さっさと殺して、それで終わりだ」

 男たちはミツキを殺すことにしたようで、それぞれ剣ナイフ2本を構える。

「全員殴り倒して牢屋にぶち込んでやるよ」

 ミツキも大剣を鞘から抜き、正眼に構える。
 3人が動きを探り合いーーナイフを持った男が動いた。

「シッ!」

 素早く投擲されたナイフは、直線的な軌道を描きながらミツキに迫る。
 かなりの投擲速度だが、ミツキは容易く見切ると大剣の背で弾く。

「真っ二つにしてやる!」

「死にやがれ!」

 速度が自慢なのか、その間に接近していた男たちが、剣を上段から振り下ろし、右方向からもう1人がナイフを首筋に突き立てようとする。

「死ぬのは、お前らだ!」

 2方向同時攻撃。
 これを裁くのは至難の業であり、実際に2人はこれで何人も邪魔な人間を殺してきた。
 今回もこれで終わり、その考えを覆すように、真横に振られたミツキの大剣が、剣とナイフを砕く。

「なっ!?」

「砕けっ!?」

 弾かれる可能性はあれど、まさか武器を砕かれるとは思っていなかったのか、人攫いたちは文字通り、度肝を抜かれる。

「こんな攻撃、姉さんに比べれば赤子みたいなもんなんだよ!」

「がはっ!」

「ぐっ!?」

 ミツキにとって、こんな攻撃はヘルミーネの足元にも及ばない。
 驚いて動きの鈍くなった人攫いたちへ、塚による峰打ち叩き込むのは簡単だった。

「峰打ちだから、殺せないんだけどな」

 骨は何本か折れているだろうが、死んではいないだろう。
 気絶した人攫いたちを一瞥し、今度はレオへ大剣を構える。

「次はお前だ、ゲス野郎!」

「偽善者が……!」

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