人生の続きを異世界で!〜天界で鍛えて強くなる〜

水泳お兄さん

死んだので天界で鍛えます

 普通に勉強して部活もして、青春しながら学生時代を過ごす。
 卒業後は大学に進学して就職し、結婚して人並みの幸せを掴む。
 それが当たり前、そんな人生を歩むのだと思っていた。

 その考えが覆ったのは、12歳の夏のこと。
 現在の医療技術では治療困難な難病にかかり、余命宣告を受けた。
 この世の理不尽を恨み、看取る両親に親孝行できないことを心底悔やむ。
 享年17歳、斉藤光樹さいとうみつきは息を引き取った。

(できれば……もっと長生き、したかったな)

 そんな叶わぬ願いを浮かべながら。

「……どこだ、ここ?」

 目が覚めると、真っ白な部屋の中で椅子に座っていた。
 あまりに突然の出来事に、頭が混乱して動くこともできない。

「初めましてじゃな。斉藤光樹」

「うおっ!?」

 突然声をかけられて驚いたが、顔を上げると最初からいたらしい、白髪の初老の男性が座っていた。

「わしはウール。天界で最高神をしておる」

「天界? 最高神?」

「混乱しておるようじゃな。お主は、自分が死んだことは理解しておるか?」

「それは……はい。覚えてます」

 自分が死亡した自覚はある。
 衰弱していく体に、冷たくなっていく四肢。
 あの感覚は二度と忘れないだろう。

「あれ? でもなんで俺生きてるんだ?」

「いや、お主は死んでおる」

「死んでるって……じゃあ、なんでこんなに元気なんです?」

「それなんじゃが、斉藤光樹よ。お主、人生の続きを送るつもりはあるかのう?」

「俺の人生の続き?」

「わしはお主のように、若くして死んでしまう人間が不憫じゃった。事故や病気だと特にな。そこで条件付きではあるが、人生の続きを送らせてあげたいんじゃ」

 人生の続きを送ることができる。
 それは悔い多く死んでしまった光樹にとって、魅力的な話だった。

「詳しく教えてください」

「うむ。ではまず条件じゃな。人生の続きとは言っても、元の世界で送るのではない。お主の居た世界とは別の、いわゆる異世界に転移させる」

「異世界、ですか……」

 両親への親孝行ができないのは悔やまれるが、それと同時に異世界という響きにワクワクしている自分に気付く。

「それと、その異世界でやってほしいことがある」

「やってほしいこと?」

「うむ。その世界なんじゃが、どうにも様子がおかしくてのう。異常事態が連続しておる」

「というと?」

「神に匹敵する強さを持つ生き物がいたり、悪魔が出現したりじゃな」

「悪魔って……」

 頼まれ事をしたり物騒な単語が出たりと、頭が混乱する中、なんとか少しづつ整理して気になったことを聞いてみる。

「あの、聞きたいんですけど、その世界ってどんなところなんですか?」

「お主のいた世界との1番の違いは、魔力が存在することじゃろう」

「魔力って、魔法とかそういう?」

「うむ、その魔力じゃな」

 思春期真っ盛りの光樹は、魔力という言葉を聞いただけで興奮する。
 漫画やアニメの世界でしかなかった魔法の世界。
 そんなところに今から行けるとなれば、興奮するなという方が無理だ。

「あ、でも悪魔とかいるってことは、結構危険なんですか?」

「そりゃそうじゃ。生態系もまったく違うしのう。争いも絶えんし、物騒な世界じゃぞ」

「あれ……俺ってそんな世界に放り込まれるんです?」

 興奮していた頭が急に冷めてきた。
 そんな世界に送られたら、戦闘経験などまるでない光樹は間違いなく即死する。
 せっかく人生の続きが送れても、すぐに死んでも意味がない。

「すぐ死ぬ気がするんですけど」

「そこは心配ない。お主には、とびきり強い力を与えるつもりじゃからな」

「チートみたいな能力ってことですか?」

「正確には権能じゃな。太陽の権能が空いておる。それを与えるつもりじゃ」

「権能って……え、俺神様になるんですか?」

「半人半神といったところじゃ。いやならばやめるが、その場合は身一つで行くことになるのう」

 右も左もわからない異世界。
 そこに行くにあたって、力があるというのは確かに大きい。
 不安はあるが、そんなことを考えるまでもなく、光樹の答えは決まっている。

「わかりました。お願いします」

「うむ。使いこなすことができれば、お主の大きな力になるじゃろう」

 そんな光樹を見て、ウールは満足そうに頷く。

「では、早速力を与えよう」

 ウールがそう言って光樹に手をかざすと、温かな光が包み込む。
 光は光樹の中に吸収されるように溶けて消え、やがて全ての光が消える。

「どうじゃ、なにか悪いところははないかのう?」

「なんか、こう、力が湧いてくる感じがします。あと、体が熱いです」

「うむうむ。しっかりと権能を受けた証拠じゃな」

 ウールは笑顔で頷いているが、光樹には不安と違和感が胸に残る。
 それが何かを考えているうちに、どこから取り出したのか、ウールが杖を持ってくる。

「あとは、わしがお主を異世界に送れば完了じゃ。では、いくぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「どうしたんじゃ?」

 なにやら自分の足元に魔法陣が出現したのを見て、咄嗟に声を出す。

「1つだけ、俺のお願いを聞いてもらってもいいですか」

「なんじゃ?」

「俺を鍛えてください」

 違和感の正体、それはただ力を与えられただけというこの状況だった。
 こんな状態で異世界に行けば、どうなるか。

 ①力の使い方がわからずに死亡。
 ②力が強力すぎて力に溺れて殺される。
 ③力が暴走して死亡。

 死ぬ未来しか見えない。
 だとすればここは、まずは基礎から鍛えることが正解だろう。

 全ては死なずに、人生の続きを送るため。

「変わったことを言うんじゃな。与えた力では不満か?」

「いえ、そうじゃないんです。せっかく人生を続けられるなら、あっさり死んだりして終わらせたくない。そのために、万全を尽くしたいんです」

「……よしよし、そういうことならわかった。幸い、天界は下界よりも時間の流れが遅い。満足するまで、天界でじっくり鍛えるといい」

 ウールは少し考える仕草を見せたが、やがて好々爺のような笑みを浮かべて承諾してくれた。

「ありがとうございます!」

「しかし、1人で鍛えるのは効率が悪かろう。ヘルミーネ」

「はーい、お呼ばれした?」

 ウールが名前を呼ぶと、数秒と待たずに1人の紫紺の髪と瞳の女性が現れる。
 思わず目を奪われるほど美しいその女性は、光樹を見つけると、まじまじと見つめる。

「ヘルミーネ、この人間は斎藤光樹。例の世界に送ろうと思ったんじゃが、その前にお主に鍛えてやってほしい」

「んー……半人半神?」

「そうじゃ。太陽の権能を全て与えてある」

「全部!? またなんかたくらんでるんでしょ」

「なに、ジジイの道楽じゃよ」

「まったく……いいけど、わがままは程々にしてよね」

「ほっほっほっ。よろしく頼むぞ。では光樹よ、あとのことはヘルミーネに聞くとよい。わしは仕事に戻る」

 そう言うと、ウールは白い部屋を出ていった。
 あとにはヘルミーネと光樹だけが残り、美女の目の前ということで、緊張で喋ることもできない。

「さ、まずは自己紹介といきましょ。私はヘルミーネ、死を司る女神よ」

「斉藤光樹。人間……じゃなくて半人半神です」

「斎藤光樹って漢字で書くのよね? あんたの行く世界って漢字なんてないから、今度からミツキって名乗りなさい。覚えやすいし」

「そうなんですか。わかりました。俺はヘルミーネさんのことは様付けした方がいいですよね?」

 最高神だというウールへの口の利き方から考えて、ヘルミーネも地位の高い女神なのだろう。
 だとすると、様付けするべきかと聞いて。

「断固拒否よ! 様付けも敬語も禁止。あと変に気を使うのもダメよ。そうね……呼び方はヘル姉さんで、姉のように接したらいいわ」

「えっ」

 どうやらヘルミーネはミツキに対して、比較的フレンドリーに接してくれるようだ。
 それが逆にミツキを困惑させるが、それとは関係なく話は進む。

「私の言うことは絶対よ。ほら」

「わかりま……わかった、ヘル姉さん」

「うんうん。じゃあまずは適当に実践方式で実力を見ましょうか」

「は!? 無理、無理だって!」

「私の言うことは絶対!」

 言われるがままミツキは広い闘技場に連れていかれ、剣を1本渡された。
 そこから体がボロボロになるまでヘルミーネにしごかれ、天界での修行の日々が幕を開けた。

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