夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

エバーラスティング

 地図やそれに付随する資料によると、この山は一度大きな地震が発生しそれによりかつて使われていた坑道が塞がれたとのことだった。


 以来、地震が起こることはなかったがそれまで使われていた採石場は封鎖され、滅多に人が寄り付かなくなっていた。


 無数の洞穴を調べながら、山の中腹までに差し掛かった頃、レオンは一際大きな洞穴を発見した。


「ここだ」


「ここ? 岩石で塞がってるように見えるけど、もしかして」


「ああ、早速入ってみよう」


 レオンが洞窟に足を踏み入れると、エルドの認識も切り替わり、塞がっているように見えた岩石が霧散した。


 二人はヒカリ茸の微かな光を頼りに、洞窟の奥へ進入していく。
 そうしている内にレオンが何かに気付いた。


「妙だね。誰かが立ち入った形跡や何かが通った跡は全く見られない」


「巧妙に隠したってことかな。それとも」


 前回のように脇の壁付近に、人の出入りの跡がないか探りつつ奥に進んでいく。しかし、そのようなものは特に見つからない。


 エルドは集中して同じような姿勢を繰り返していたため、一度伸びをして体をほぐす。


「何も見つからない。やっぱり外れだったのかな」


「いや、これを見てごらん」


 レオンは手のひらに光球を出現させると洞窟の奥を照らした。


「これは……」


 そこには人の五倍はあろうかという巨大な門が泉の中に鎮座していた。


 辺りには青白い光が満ち、遺跡を彩る植物たちが幻想的な光景を描き出していた。


「そもそも探し回る必要はなかったみたいだ」


 それは以前イシュメル人を追って見つけたものと大きさこそ異なるものの、全く同じ意匠のものであった。


 しかし、大きく異なるのは門の前に広々とした祭壇が築かれていることであった。
 材質は遺跡のものに似ているが色は白く、そして門の前には蝶の羽のようなものを生やした男性の精緻な像が捧げられていた。


 狭い洞穴に門だけが築かれただけの簡素さに比べると、こちらはかなり手が込んでいた。


 それを見てエルドが口を開く。


「前に見つけたのが非常口でこっちが本当の入口って感じがする」


「僕は直接目にしたわけではないけど、確かに報告とは随分と様子が違うね。どうやって開けるんだい?」


「前に見たものとは大きさが違うから同じ仕掛けかどうかは……」


 エルドは扉の模様をなぞりながら答える。先日と同じなら繭のようなパネルを押し込めば開くはずだが。


「こっちにもあった」


 先日アリシアが見つけたものと似たそれを押し込んでみる。


「…………あれ?」


 しかし何度押し込んでも扉が開く気配はなかった。


「無駄だよ。それにはロックが掛けてある」


「!?」


 背後にぬるりと悪寒が這いずった。
 いつの間にかエルドの背後には浅黒い肌の男が立っており、さも長年の友人であるかのようにその左手をエルドの肩に置いていた。


 エルドにしろレオンにしろ片時も周囲の警戒を怠ったことはない。
 常に周囲に気を巡らせ、僅かな気の揺らぎから危機や異変を察知してきた、しかし今エルドの側に現れた、声の主は何らの気配も感じさせず、間合いに入られるまでその存在をまったく気付かせなかったのだ。


 男の異質さと不気味さに危機感を感じた二人は、咄嗟に剣を抜き男に斬りかかった。


「おっと」


 二人の神速の斬撃は容赦なく男の胴を薙いだ。


 しかし、あっさりと真っ二つになった男はそのまま霧のように霧散し、やがて祭壇の上に結集して欠片も傷ついた様子もなくエルド達の目の前に現れた。


 その異様さに、レオンは驚く。


「君は何だ? 人ではない?」


「心外な。僕だって君たちと同じ人の親から生まれた人間だよ」


 男は無邪気な様子で怒りを顕にさせた。
 その様子はひどく子供っぽく、わずかな敵意も感じさせない。


 しかしそれ故に、二人は訝しんだ。この様に得物を構え、敵意を放つ人間の前で、なぜそこまで隙だらけで無警戒でいられるのかと。


 男の底知れなさに思わず肝が冷えた。


「うーん。なんだか怪しまれてるなあ。僕はただ開かない扉を前に時間を無駄にするのも可哀想だと思って親切で教えに来ただけなのに」


「戯言はよしてくれ。君は一体何者なんだい? こんなところで姿を現したんだ。今回の騒動に無関係とは言わせないよ」


 普段はとぼけた様子のレオンだが、今ばかりは張り詰めたような緊張感で目の前の男と対峙している。


「僕の名はイスマイル。そう、カーティスくん達と共にイシュメル人に協力させてもらった者だ」


「そうかそれなら話は早い」


 言うやいなやレオンは剣を抜き無数の剣撃を見舞った。


 その剣の纏う極光が、空間ごと断つようにイスマイルを斬り刻むと、続けて遺跡の天井に届くほどに伸ばした光の剣気を真一文字に叩き下ろした。


 剣に込められた魔力が爆ぜ散ると巨大な光の柱が立ち上り、イスマイルを包み込んだ。


 極光纏う剣、それは光魔法を得意とするレオンの得意技である。
 レオンの操る光は空間を断つほどの切れ味で、光の通り道を跡形なく消滅させる程の威力を誇る。


 それほどの威力を誇る一撃だ。さすがにイスマイルも無事では済まないだろう。やがてイスマイルを包み込んだ光の柱が掻き消えた。


「まったく剣筋が見えなかったよ……さすが公国最高の騎士だね」


 しかし、一連の攻撃をまともに食らったというのに、イスマイルは何事もなく立っていた。
 何かを痛むでもなく、血の一滴でも流した様子もなく、ただ平然としていた。


「そんな。レオンの技が効かないなんて……」


「死なせないように加減したとはいえ、こうも何とも無いとさすがに落ち込むな」


 軽い口振りのレオンであったが、その表情にはほんのわずかな焦りのようなものが浮かんでいた。


「いや技の冴えはとてつもなかったよ。ただ僕の身体は特別でね。死ねないんだ」


「でたらめだ。そんなのどうやって勝てば……」


 目の前の非常識な存在を前にしてエルドに微かな絶望が浮かんだ。
 何より恐ろしいのは未だにイスマイルが、敵意を露わにしていないことだ。


「まあ、落ち着いてよ。僕は別に君たちと争いに来たわけじゃないんだ」


 そんな、二人の内心を知ってか知らずか、イスマイルは指を鳴らす。直後、轟音とともに門が開いた。
 その先からは先日発見した遺跡と同種の意匠の通路が見えた。


「どういうつもりだ?」


「君たちと話がしたいだけさ。さあ、付いておいで」


  無防備に背中を晒すとイスマイルは遺跡の奥へと向かっていった。
 その行動に、二人は真意を測りかねるばかりであった。


「どうする、レオン?」


「得体の知れない彼らの手がかりを掴むチャンスかも知れないが、罠の可能性もある」


 レオンは両の手を重ね合わせる。するとそこから微かに光が漏れ始め、レオンが粘土を引っ張るようにそれを持ち上げるとやがて鳩のような形へと変化した。


「伝令を飛ばそしておく。エルドは――」


「もちろん付いていくよ。いくらレオンだって一人じゃ危険だ」


「分かった。だけど、いざと言う時は必ず僕の指示には従ってくれ」


 そして二人は門をくぐり、イスマイルの後を追うのであった。

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