夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
黒い湖
イシュメル人街を含めたアルスターの南西部は、ガラティア山岳より流れるノリッジ川から水を引いている。
その水源こそ、パーシヴァルが身を清めたとされるこのライトリム湖である。
今は立ち入りが制限されているが、元は観光地であるため、ここに至るまでの道中は舗装され魔獣避けの魔導機が設置されていたことから、これと言った難もなくカイムは参道を抜けていた。
そこは聖地ということもあり、池をぐるりと囲むようにイルフェミア建築特有のアーチがずらりと並ぶ回廊が築かれ、そこから池に潜り込むように階段が続いていた。
入口から対岸にかけて水上には橋が架かっており、中央には小粋なドーム状の休憩所が置かれている。そして橋の終端には国のシンボルである白狼が入口を見張る祠が鎮座している。それこそがパーシヴァルの巡礼殿である。
四方の崖から注ぐ滝の音が心を洗う風光明媚な場所ではあるが、汚染騒ぎで一般客の立ち入りが禁じられているために閑散としていた。
「巡礼の儀式が始まれば俺たちもここでパーシヴァルの行水を再現することになるんだが、こりゃ絶対ムリだな」
いつもは青々として美しい湖なのだが、今は黒々としてところどころに魚の死体が浮かんでいるなどおぞましい様相を呈していた。
「うん。こんな色の水見たこと無い。どうしてこんなことに……」
「さてな。試しに飲んでみるか? 観光客はよくここの水を持ち帰ってるみたいだぞ」
「ばか」
「では早速、汚染の原因を調べてみましょうか」
二人のやり取りに笑みを浮かべてそう言うと、キシュワードは指先に魔力を込める。すると指先がぼうっと光った。そのまま湖に近づき、水面に指先を近づけると、その指に吸い寄せられるように雫が集まった。キシュワードは雫が指に触れないようにそーっと持ち上げるとガラスの容器にそれを入れた。
「それをどうするんだ?」
「不純物を取り除いてみます。正確には不純物を抜いた水を取り出す形になりますが」
そうしてキシュワードが再び指先に魔力を込めてそれを採取した水に近づけると、うっすらと水がぼうっと光り、やがて雫のようなものが抜け出てきた。光が消えると先程採取した水は、透き通った色の水と青黒いゼリー状の物体に分かたれていた。
「何だこれは……」
「無味無臭のゼリーって感じ。食べてみる?」
「あほ」
「さすがに未知の物質ですね。これがどういった由来のものなのか、こればかりは錬金術師に成分解析を依頼しないと分からないでしょうね」
「問題はこれがどこから混入したのか」
「そうなると私の出番かな」
張り切った様子でフィリアが名乗りを上げた。
「一体どうするんだ?」
「追跡魔法を使うよ。私は自分の側にある物質と同一の物質の痕跡を探し出すことが出来るの。本来は鉱石採掘用に身に着けた魔法だけど」
「そりゃすごい。ならフィリアに任せるか」
そうしてフィリアは追跡の準備を始めた。
フィリアが追跡を始めてから五分ほどが経過した。
「なあフィリア、まだ始めないのか?」
「待って。今これがどういった物質なのか身体に覚えさせてるところだから」
フィリアは魔力を込めた手をゼリーにかざしたままずっと目を瞑って集中していた。
(今ならもしかしてバレないんじゃないか?)
「カイムさん? 何を……」
カイムは指先につむじ風のようなものを生成していた。
「カイム、めくろうとしてもこの下はスパッツだからね」
「チッ、ばれたか」
「ばかみたいなことしてないで。おとなしく待ってて」
まるで子供を叱る母のようにカイムは諌められてしまった。
「フィリアの言うとおりですよ、カイムさん」
「やれやれ。ならキシュワードさんと話でもするか。ちょうど聞きたいこともあったし」
真剣な口調でカイムはキシュワードに向き直った。
「どうしたんですか、カイムさん。改まって」
「単刀直入に聞く。十年前の戦争で何があったんだ?」
「!」
「あのアーケードでの事件、イシュメル人が抱える憎悪は並大抵のものじゃなかった。水源の汚染や土地を接収しようとする貴族の動きのせいもあるんだろうが、伝承の獣に変貌してまで起こした事件だ。もっと他に何かあるように思えた」
「ありません……何も、何もあるわけないじゃないですか」
キシュワードは煩悶した様子でそう答えた。
「その話、私にも聞かせてキシュワードさん」
どうやら準備が終わったのか、フィリアも会話に参加していた。
「あの戦争で私のお母さんは命を落とした。でもお父さんも叔父様もその時のことを何も話してくれなかった。だから、私どうしても知りたい」
「フィリア……」
フィリアのその真っ直ぐな瞳を見て、キシュワードは思い悩む。そして、しばらくの沈黙が漂った後、キシュワードはゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。皆さんには僕らイシュメルの民のために力を尽くしていただいていますし、私の知ることをお話しましょう。ですがそれは街に戻ってからでも良いでしょうか?」
「うん。まずは汚染経路を探らなきゃいけないからね」
「ま、それもそうだな。で、フィリアの魔法で何がわかるんだ?」
「えっとね、これと同じ物質が周囲に無いか、この池のどの地点から持ち込まれたかってのはわかるよ。あとは、これを持ち込んだ時に、漏れ出た痕跡から持ち込みのルートを追ったりとかも出来るけど、流石に痕跡が僅かだろうから望み薄かな……」
「それらがわかるだけでも、誰がどうやって汚染したのかの手がかりにはなる。早速頼んだ」
そうして一行は汚染経路の追跡を開始した。
その水源こそ、パーシヴァルが身を清めたとされるこのライトリム湖である。
今は立ち入りが制限されているが、元は観光地であるため、ここに至るまでの道中は舗装され魔獣避けの魔導機が設置されていたことから、これと言った難もなくカイムは参道を抜けていた。
そこは聖地ということもあり、池をぐるりと囲むようにイルフェミア建築特有のアーチがずらりと並ぶ回廊が築かれ、そこから池に潜り込むように階段が続いていた。
入口から対岸にかけて水上には橋が架かっており、中央には小粋なドーム状の休憩所が置かれている。そして橋の終端には国のシンボルである白狼が入口を見張る祠が鎮座している。それこそがパーシヴァルの巡礼殿である。
四方の崖から注ぐ滝の音が心を洗う風光明媚な場所ではあるが、汚染騒ぎで一般客の立ち入りが禁じられているために閑散としていた。
「巡礼の儀式が始まれば俺たちもここでパーシヴァルの行水を再現することになるんだが、こりゃ絶対ムリだな」
いつもは青々として美しい湖なのだが、今は黒々としてところどころに魚の死体が浮かんでいるなどおぞましい様相を呈していた。
「うん。こんな色の水見たこと無い。どうしてこんなことに……」
「さてな。試しに飲んでみるか? 観光客はよくここの水を持ち帰ってるみたいだぞ」
「ばか」
「では早速、汚染の原因を調べてみましょうか」
二人のやり取りに笑みを浮かべてそう言うと、キシュワードは指先に魔力を込める。すると指先がぼうっと光った。そのまま湖に近づき、水面に指先を近づけると、その指に吸い寄せられるように雫が集まった。キシュワードは雫が指に触れないようにそーっと持ち上げるとガラスの容器にそれを入れた。
「それをどうするんだ?」
「不純物を取り除いてみます。正確には不純物を抜いた水を取り出す形になりますが」
そうしてキシュワードが再び指先に魔力を込めてそれを採取した水に近づけると、うっすらと水がぼうっと光り、やがて雫のようなものが抜け出てきた。光が消えると先程採取した水は、透き通った色の水と青黒いゼリー状の物体に分かたれていた。
「何だこれは……」
「無味無臭のゼリーって感じ。食べてみる?」
「あほ」
「さすがに未知の物質ですね。これがどういった由来のものなのか、こればかりは錬金術師に成分解析を依頼しないと分からないでしょうね」
「問題はこれがどこから混入したのか」
「そうなると私の出番かな」
張り切った様子でフィリアが名乗りを上げた。
「一体どうするんだ?」
「追跡魔法を使うよ。私は自分の側にある物質と同一の物質の痕跡を探し出すことが出来るの。本来は鉱石採掘用に身に着けた魔法だけど」
「そりゃすごい。ならフィリアに任せるか」
そうしてフィリアは追跡の準備を始めた。
フィリアが追跡を始めてから五分ほどが経過した。
「なあフィリア、まだ始めないのか?」
「待って。今これがどういった物質なのか身体に覚えさせてるところだから」
フィリアは魔力を込めた手をゼリーにかざしたままずっと目を瞑って集中していた。
(今ならもしかしてバレないんじゃないか?)
「カイムさん? 何を……」
カイムは指先につむじ風のようなものを生成していた。
「カイム、めくろうとしてもこの下はスパッツだからね」
「チッ、ばれたか」
「ばかみたいなことしてないで。おとなしく待ってて」
まるで子供を叱る母のようにカイムは諌められてしまった。
「フィリアの言うとおりですよ、カイムさん」
「やれやれ。ならキシュワードさんと話でもするか。ちょうど聞きたいこともあったし」
真剣な口調でカイムはキシュワードに向き直った。
「どうしたんですか、カイムさん。改まって」
「単刀直入に聞く。十年前の戦争で何があったんだ?」
「!」
「あのアーケードでの事件、イシュメル人が抱える憎悪は並大抵のものじゃなかった。水源の汚染や土地を接収しようとする貴族の動きのせいもあるんだろうが、伝承の獣に変貌してまで起こした事件だ。もっと他に何かあるように思えた」
「ありません……何も、何もあるわけないじゃないですか」
キシュワードは煩悶した様子でそう答えた。
「その話、私にも聞かせてキシュワードさん」
どうやら準備が終わったのか、フィリアも会話に参加していた。
「あの戦争で私のお母さんは命を落とした。でもお父さんも叔父様もその時のことを何も話してくれなかった。だから、私どうしても知りたい」
「フィリア……」
フィリアのその真っ直ぐな瞳を見て、キシュワードは思い悩む。そして、しばらくの沈黙が漂った後、キシュワードはゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。皆さんには僕らイシュメルの民のために力を尽くしていただいていますし、私の知ることをお話しましょう。ですがそれは街に戻ってからでも良いでしょうか?」
「うん。まずは汚染経路を探らなきゃいけないからね」
「ま、それもそうだな。で、フィリアの魔法で何がわかるんだ?」
「えっとね、これと同じ物質が周囲に無いか、この池のどの地点から持ち込まれたかってのはわかるよ。あとは、これを持ち込んだ時に、漏れ出た痕跡から持ち込みのルートを追ったりとかも出来るけど、流石に痕跡が僅かだろうから望み薄かな……」
「それらがわかるだけでも、誰がどうやって汚染したのかの手がかりにはなる。早速頼んだ」
そうして一行は汚染経路の追跡を開始した。
コメント