夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

湖面の光に誘われて

「う、うぅん……」


 アリシアはまぶたをゆっくりとこすり、起き上がった。


「ふわぁ~あ」


 そして大きく伸びをすると辺りを見回す。そこは真っ暗な洞窟の中であった。側には清水が湧き出て地底湖を形成しており、そこに無数のヒカリ茸の放つ光条が差し込んでいた。そして辺りには濃度の増した霊子が淡い光を発しながら漂うなどとても幻想的な光景であった。


「きれい……」


 それだけでも息を呑むほど美しいと言うのに、ふと覗き込んだ湖面は様々な光を映して小宇宙のように揺らめき、アリシアはすっかり目を奪われてしまう。


「目覚められましたか?」


「え?」


 湖面に見惚れるアリシアの後ろから声が響いた。振り返るとそこにはエルドが立っていた。


「なんでここにエルドくんが?」


「えっと、覚えておられませんか?」


「なんのこと?」


 アリシアは夢見心地と言った様子であった。とはいえ、目が覚めて最初に目にしたのがこの幻想的な光景だったのだ。まるで夢でも見ているような感覚にとらわれるのも無理はない。


「起きてください、殿下。僕たちはさっき崩落して地面に落ちたんですよ」


「じめん……?」


 頭が回っていないのか、ただエルドの言葉を反芻するとアリシアは子供っぽく小首をかしげた。


(かわいい……)


 かわいかった。


 やがてアリシアは目をしばたたかせると、こくりと寝入ってしまった。その寝顔は穏やかでとても美しかった。
 しかし今はイシュメル人を追っている道中、一刻も早くこの地下から抜け出すしかない。エルドはアリシアの肩に触れて身体を揺り動かした。しかし、反応がない。より強く揺すり声をかけたがそれでも反応はなかった。


「もしかしてレオンと同じタイプ……」


 レオンに腹部を蹴られたことを思い出す。かといってこのままではどうしようもない。手荒ではあるがエルドはアリシアを無理やり起こすことにした。


「失礼いたします、殿下」


 エルドはアリシアの両頬に手を添えた。


「うー」


 なんの鳴き声だろうか。全く警戒する様子もなくあどけない表情を浮かべるアリシアにこんなことをするのは気が引けたが、エルドはその両頬をつまむと、思いっきり引っ張り上げた。


「んひっ!? ひたい! ひたいです! ふぁひするんですか」


 奇妙な声を上げたかと思ったらアリシアは涙目になってエルドに痛みを訴えた。それを見て、エルドはすぐさま手を離す。


「も、申し訳ございません。寝ぼけていらしたので、他に手が無く」


「うぅ……酷いです。エルドくんはです」


 アリシアの責めるような視線にエルドは申し訳なくなってくる。


「でも、エルドくんの言う通りです。こんなとこで寝てる場合ではありません」


 アリシアはゆっくりと立ち上がる。


「で、ここはどこです?」


 そう言ってアリシアは再び小首をかしげた。


「あの、まだ寝ぼけていらっしゃいます?」










「こほん。お恥ずかしいところをお見せしました」


 アリシアは赤面しながら咳払いをする。


「どうやら、エルドくんに助けられたようですね。感謝してもしきれません」


 アリシアは自分たちが落ちてきた穴を見上げた。そこには大きくえぐり取られたような斬撃が壁面に残されていた。どうやらエルドは落下の衝撃を緩めるために、壁に斬撃を当てて減速したようだ。


「いえ、殿下の側に仕えるものとして当然です」


「…………」


 しかし、その言葉を聞いたアリシアはなにか言いたげにエルドを見返してきた。


「どうかされましたか?」


「あ、え、えーと……その……」


 エルドが尋ねるもアリシアの歯切れは悪い。しかしやがて意を決したのかすぅーっと目一杯息を吸い込んだ。


「そ、そろそろやめませんか! それ!」


 堰を切ったようにアリシアは一気に言い放った。


「え?」


「その言葉遣いです。カイムくんもフィリアも打ち解けてくれたのに、エルドくんはずっとよそよそしいと言うかなんだか距離を感じます」


「で、ですが……」


「もちろんこれは私のわがままですし、公の場でそうしては示しがつかないというのも理解しています。でも私がアリアの姿をしている時や、私達だけの時はもっと気さくに話してほしいです!」


 いつもゆったりと話すアリシアが珍しく早口で捲し立てるように話す。


「私、嬉しかったんです。同年代の友人がいないから、ああして二人が友達に話しかけるみたいに話してくれるのが。だから私、エルドくんにもそうして欲しいです!」


 そうして言い切ったアリシアは肩を上下させていた。


「もうし、あ、ご、ごめん、アリシア。君は最初から堅苦しい言葉遣いをやめてほしいって言ってたのに、僕は頑としてそうしなかった。いい加減、頭が固かったよ」


 その真摯な想いをぶつけられて、応えないわけにはいかなかった。違和感はあったが、それを振り切ってエルドはアリシアの望む通りにする。


「い、いえ、すみません。こんなこと言ってる場合ではないのに……」


「でもさ。それならアリシアももう少し気さくに話してくれても良いんじゃないかな?」


「え?」


「アリシアも結構、口調が堅いからさ。すこしむずがゆかったんだよね」


「そ、そんなことありませんよ! ……あ」


「ほら」


「こ、これはその……わ、私は誰に対してもこんな感じなんです! だからこれは癖です、個性です、敬語女子です」


「ふーん」


 エルドはなにか言いたげな様子を見せる。


「母の家に招いたときも思いましたけど、エルドは顔に似合わず少し意地悪です。私はもっと素直で誠実な人だと思いました」


 アリシアは拗ねたように言い返す。


「か、顔は余計だよ」


 エルドは昔から何かと可愛らしい容姿と形容されることが多かった。その紅い瞳が母譲りであることから、母の血が濃く遺伝したせいなのではないかとエルド自身は考えていた。
 無論、瞳について思うことは欠片もないが、もう少したくましい身体に産んでほしいと思うことはあった。詰まる所、エルドはその可愛らしい見た目に若干のコンプレックスを抱いていた。


「……確かに人の見た目についてどうこう言うのは良くないですね。ごめんなさい……」


 エルドの様子から、言い過ぎたと悟ったのかアリシアは素直に頭を下げた。


「い、いや、そんなに気にしてないから、頭上げてよ」


 この僅かな間で二人はすっかり打ち解けていた。仮にもエルドは貴族で、アリシアは王族である。普段から本音を見せず、体面を繕うことの多い二人であったが、今この瞬間はとても素直にお互いの気持ちを話せるようになっていた。
 もしかしたらこの地下の暗闇とそれを暖かく照らす仄かな光のおかげだろうか。その理由など誰にもわからなかったが、地底湖の湖面は心地の良いせせらぎを奏でながら静かに揺れ、そこに満ちる光を反射させながら地下に穏やかな空間を提供していた。

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