夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

ガラティア山岳

 結論から言って、カーティスなる人物の痕跡は部屋の遺物から足跡に至るまで何一つ残っていなかった。どうやら去り際に自分に繋がる痕跡は念入りに消していったようだ。目撃情報の一つもないことから、暁の頃には出立したのであろう。手がかりの無さから手詰まる一行であったが、ひとまずは同時に失踪したという街の若者を追うこととした。
 その用心深さから、カーティスが若者らと同行している可能性は低かったが、わずかな手がかりでも掴むため一行はイシュメル人街を後にした。






 イシュメル人の足跡と目撃情報を追って一行が訪れたのは複数の山々から成るガラティア山岳と呼ばれる場所であった。
 ここにはかつてパーシヴァルが訪れ、身を清めたという美しい池があり、アルビオン国民の間でも巡礼地として人気のある景勝地でもあるため、麓には宿場町が栄えるなど人通りの多い場所でもあった。
 宿場町での聞き込みによると、イシュメル人らしき者達がとある山の隧道の方面に向かっていたという。一行はその情報を元に、山岳へと足を踏み入れていく。既に人が訪れなくなって久しいため、かつて舗装されていた道も周囲の自然の浸食を受けていた。


「確かイシュメル人街はここの池の水を引いているんだっけ」


「ええそうです。ただそちらは中央にそびえる最も高い山の中腹にありますから、今は寄っている暇はないでしょうね」


 エルド達はなるべく音を立てぬように顔にかかる葉を払い、小声で声を掛け合いながら慎重に奥へと進んでいく。


「みんな止まって」


 小一時間ほど歩いたところでエルドが一行を制止した。


 何か気配を察したのか、腰元の剣の柄に手を伸ばしてエルドは周囲の警戒を始めた。瞳を閉じてゆっくりと辺りの気配を探っていく。


「どうやら誰かこの先にいるみたい。数は七人かな、こっちには気付いていないみたい。ただプレッシャーもあまり感じないからもしかしたらカーティスはいないかも知れない」


「この位置でそこまで分かるのかよ? 相変わらずエルドは鼻が利くな」


「ああ、大したもんだな。確かにカーティスらしき気配は感じないが、ありゃ間違いなくうちの若い奴らだ」


「フィリア、分かりますか?」


「いや全然分からない……」


 当たり前のように気配について語る三人の会話についていけない女子たちであった。


 さてエルドは慎重に男たちとの距離を詰めると彼らの側近くの茂みに隠れて耳をそばだてた。それに倣って一同も感覚を研ぎ澄ますと、男たちの声が響いてきた。






「ここが例の隠れ穴か?」


 男達の一人が向ける視線の先には広々とした洞穴が顔を覗かせていた。エルドの言う通り、男たちは七人おり、何か大量の物資を運んでいたのか荷車を引いていた。


「いや、これは旧採石場に続くトンネルだ。いくら人目につかない場所だからってそんな堂々としたところには隠れねえよ。本当の入り口はこっちだ」


 リーダー格らしき男が親指で示したのは、トンネルからいくらか離れた崩落で入口の埋まった洞穴であった。生い茂った木々に覆われて人も寄り付かないような場所である。


「あ? こんなのどうやってどかすんだよ」


「何だ本当に見えてないのか? ならセンセイの言ってた実験は成功ってわけか」


「おい、勝手に納得してないで説明してくれ」


「ああ、これはな暗示の障壁ってやつらしい」


「?」


「もともとここは何かの事故で入口が崩落して通れなくなってたんだが随分前にセンセイがそれを撤去したそうだ」


「あん? けどそこは塞がったまんまじゃねえか。また埋め直したのか?」


「ちげえよ。それがこの障壁の特徴なんだ。幻惑術の一種で、人間の認識を参照して開閉する結界だそうだ。ここを知ってる街の連中のほとんどは、ここが通れないって認識してる。だから普段はそれに従って、見た通り障壁と岩盤の映像が道を塞いでいる。だが……」


 リーダー格が洞穴に近付く。すると、目の前を塞いでいた岩盤は一瞬揺らいだかと思うと霞となって消え去った。


「うお、なんだぁ!?」


「こうして、ここが通れると知ってる人間が近付くとそれは解除されて通れるようになる」


「魔法の力ってすげー!」


 一同は未知の技術を前に目を輝かせている。


「だけどよ、街の人間が発破かけて壊そうとしたらどうするんだ?」


「……………………さあ?」


「何だよ、お前も実はよくわかってないんじゃねえか」


「う、うるせえ。それはさておき、とっとと入るぞ。はやいとここいつを運び込まねえとな」


 男達はさして周囲を警戒した様子もなくそそくさと消え去っていった。






「幻惑術の刻まれた魔導機ねえ。そんなものが実用化されてたなんてな。エルドとアリシアは大喜びなんじゃないか?」


「…………」


 カイムの予想に反してエルドとアリシアは黙り込んでいた。


「おいおい、どうかしたのか?」


「どうやら二人共気付いたみたい」


「どういうことだフィリア?」


「あれは魔導機じゃないかもしれないってこと」


「違うのか?」


「魔法は万物の源である"霊子"と霊子を実体化させるための門になる"物質"、そして霊子を現象に変質させる”法”の三要素で成り立つんだけど、人の手を離れた時点で三要素のうちの"物質"を欠くことになるから魔法の効果を持続させるのってとても難しいの。魔術によって火は起こせても、それはいずれ鎮火する」


「魔術の基本だな。だから魔導機ってのが開発されたんだろう? "霊子"は空気中に無限にあるし、"法"は魔法陣や先史文明文字による呪文なんかを記述すれば何とかなる。そこで最後の"物質"の代わりを為すのがフェリクサイトを加工した魔導機ってわけだ」


「ですが魔導機にしては規模が大きすぎるのです。魔術の難度は効果範囲と距離に比例し、魔導機も同様です。あの障壁は話によると公都の住人の認識を参照しているみたいですが、それほどの規模に効果を及ぼせる魔導機は開発されていないはずなのです」


「ふむ、確かにそう言われると妙だな。俺はそっち方面には詳しくないが、人間が発動する魔術を魔導機が代理するってことなら想像もつく」


「まあ魔導機についてはその辺にしておけ。幸いあいつら俺たちには気付いていないようだし、このまま後を追うぞ」


 ジャファルの言葉に皆がうなずく。
 幸いなことに男達の会話を聞いていたおかげで、エルドたちも結界を抜けられるようになっていた。


「しかし後をつければ、こうして難なく通れるんだからずさんな装置な気もするけどな」


「実験って言ってたから、何らかの器具の性能を試していただけなのかも。私達にとってはありがたいことだけど」


 一行は入口を抜け、気配の察知に優れるエルドとジャファルを先導に男たちの跡を追う。内部はありふれた鍾乳洞で、焼けただれた皮膚のような石灰質の岩盤が天井を覆っており、溶食した岩からはしとしとと水が垂れていた。


「地面がぬかるんでいますね。慎重に進みましょう」


 入口こそ陽の光が差して明るかったが、奥に進むに連れて辺りは暗くなっていった。しかしそれに連れて、洞窟内部を奔る薄黄色の光条がはっきりと目に取れるようになってきた。それは洞窟を暖かく照らし、幻想的な光景を作り出していた。エルド達は洞窟に差す微かな光条を追ってゆっくりと歩を進めていく。


「ヒカリ茸が生えてて助かったね」


 光条の正体は光り輝くキノコ型の生物が、外からの光を反射して出来上がったものであった。ヒカリ茸は正確にはエスメラス・ネペンテスと呼ばれる生物の蔦から切り離された存在であり、本体と意思を共有しながらマザープラントへと光を送る役目を負っている。


「とはいえ、光を辿り続けたらいつネペンテスの巣に迷い込むか分からん。気を引き締めておけ」


 道中、吸血蝙蝠や大型の鼠を払いながら進んでいくと、不意にエルドが足を止めた。


「エルド、どうかしたのか?」


 一行が進んでいたのは、かつてこの洞窟が奥の採石場に続く通り穴であった頃に舗装された順路であったが、エルドはその順路から外れ、地面を注意深く探りはじめた。そうして何かを辿るようにゆっくりと歩んでいくと、やがて壁を前に立ち止まる。


「おそらくここです。最近、頻繁に人が出入りした跡があります」


「ただの壁じゃないか。何があるっていうんだ?」


「待って、叔父様。多分さっきと同じなんだと思う」


「暗示の障壁ってやつか? でもそうなるとどうやって通れば良いんだ」


「すぐに開くと思いますよ」


 そうエルドが言うと、まもなく目の前の岩壁が消え去った。


「どういうことだ、これは?」


「通る人の認識で結界が開くのなら、ここに通れる道があると意識を変えれば良いんですよ。うまくいってよかったです」


「言うほど簡単にできることなのかねえ。まあ、いずれにせよ道は開いた。今はエルドの言葉を信じて奥へ行ってみるか」


「まあ連中が奥にいるっていうのは信じていいと思うぞ。エルドは野生動物みたいに勘と嗅覚が鋭いからな。この手の追跡はお手の物だ」


「あまり褒められてる気がしないんだけど」


「細かいことは良いんだよ。さあ行くぞ」


そう言ってカイムはそそくさと結界の先へ行ってしまった。


「私達も行きましょうか、アリシア」


 それに続いてアリシア達が歩き出す。しかしその瞬間、ミシッという音が響いた。


「!」


 その音が鳴ったと同時にエルドは地面を蹴り上げ、アリシアに向かって跳躍した。そしてアリシアを抱き抱えてアリシアを退避させると、直後アリシアの立っていた地面が崩落した。


「お怪我はありませんか、殿下?」


「は、はい。ありがとうございます」


「ふ、二人共大丈夫?」


 フィリアが思わず駆け寄ろうとするが、程なくして先程のひび割れの音が響いた。


「まずい!?」


 次に崩れ去ったのはエルドの足元であった。一瞬のことでエルドは踏ん張りが間に合わず落下を許してしまった。


「エルド!!!」


 即座にカイムが駆け寄ったが、それも間に合わず二人は奈落の底へと消えていった。

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