夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

劣等剣士と銀の姫は叛逆する

 地下墳墓の奥、かつて公園であった場所に求める男は居た。
 でっぷりと丸まったふくよかな身体、欲に任せた悪趣味な装飾品、過度に貴族であることを誇らんと着飾った衣服、顕示欲と財産欲が服を着て歩いたような醜い小男、ロージアン伯爵。


 彼こそが自身の私欲のために異民族に対して陰謀を巡らせて、この国から追い出そうと画策した張本人である。


「ひっ……貴様は姫の腰巾着の《劣等剣士》!?」


 ロージアンは侮蔑的な名で叫んだ。貴族に名を連ねながら魔法の扱えない《劣等剣士》それがエルドに与えられた蔑称である。
 しかし、そうして散々見下してきた存在が今、目の前に立ち、自身を追い詰める結果となっているのはなんとも皮肉なことであろう。


「確か、僕の卒業を取り消した理事会にも居たけど……」


「あ、あの時のことは謝ろう! 私を見逃してくれたら、理事長に掛け合っても良い!!」


「まさか、そんな醜い交渉に応じるとでも?」


 もはやエルドにとって自身の卒業資格が剥奪されたことなどどうでも良かった。


「だ、黙れ! 貴様らのせいでわしの人生はめちゃくちゃだ! どう責任を取ってくれる!!」


 下手に出たと思ったら、地団駄を踏んで怒鳴り散らす。随分と情緒の不安定な人物であった。


 異民族を追放してその跡地でリゾート開発を進める。それがロージアンの目的であった。
 そのために彼らの用水に毒を混ぜ、住居に火をかけるという暴挙まで犯したというのに、ロージアンは恥知らずなことに、一切の反省の色も見せずこの期に及んでなお己の不運を嘆いていた。


「見ていられないな……」


 エルドはため息を吐いた。
 民を救うために武器を取り、彼らの盾となって命を懸ける、それこそが貴い地位にある者の誇りであったはずだ。しかしその志も忘れて、目の前の男は惨めに生き足掻いていた。
 それが今の貴族の在り様だと思うと見るに堪えなかった。


「今まで散々彼らの人生を弄んできたんだ。今度はあなたの番だ」


 エルドは腰の大剣を引き抜く。


「ぐぐぐ……馬鹿にしおって。わしが貴様のような《劣等剣士》に負けるはずがなかろう」


 どこからその自信が湧くのか、ロージアンは護身用の剣を抜いて抵抗の構えを見せた。


「わしの無双の一撃、見せてやろう。これでも……食らうが良い!!」


 ロージアンは渾身の一撃を込め(たように振る舞うと)、大げさに剣を振るった。しかし、勝負は一瞬であった。


「ぐへっ……」


 ロージアンの突進を躱したエルドは、見事にその脚を払って組み伏せた。構えた剣を使うまでもなかったようだ。


「さて……」


 エルドは倒れ込んだロージアンの首元に剣を突き立てた。


「一つだけ聞きたいことがある。十年前の先王、そして彼に忠実だった二人の騎士たち、その暗殺にあなたはどこまで関わっていたんですか?」


 エルドは最も知りたかった核心について尋ねた。
 王と騎士の一人は、表向き《災厄》によって命を落としたという。そして騎士の片割れはその《災厄》を起こした者として処刑された。
 エルドはその真相についてどうしても知りたかったのだ。


「あ、暗殺!? 違う、あ、あれはあの売女の引き起こした――」


 言葉を遮って、エルドの剣がロージアンの首の薄皮を断ち切った。ほんの少しの浅さではあったが、冷酷で正確なその刃が描いたその切り口からツーっと血が垂れた。


「侮辱は許さない。次はもう少し深く斬る」


 ロージアンを睨むエルドの紅い瞳は、まるで悪鬼のそれの如く真紅に燃えていた。
 穏やかで柔和な表情を浮かべる普段の雰囲気とはまるでかけ離れた、その怒りの形相に思わずロージアンがたじろいだ。


「ひっ、ひぃっ……ほ、本当だ。王室親衛隊隊長のクラリスの指示でフェリクサイトを運んだだけだ!! 本当だ!!」


 魔術式の記述、魔道の源たる霊子の貯蔵と増幅、それらを可能とする鉱石をフェリクサイトという。
 近年になってその用法が発見されたもので、魔法を誰でも簡単に起動する事ができる魔導器技術の中心を為す鉱石である。


「ただの荷運びだったわけか。それでなぜあの場に運び込まれた? 本当の指示者は誰だ?」


「わ、わからな――」


 風切り音が響いた。同時にロージアンの両腕からプツリと多量の血が吹き出した。


「ンギャヒィイイイイイッ!!!」


 そのあまりの痛みロージアンが絶叫した。


「本当はこんなやり方、したくないけど……」


 エルドは懐から一つの薬瓶を取り出した。


「協会で調合された治療薬だ。今朝調合したばかりだから、その程度の出血ならすぐに塞がる。だけどその出血量がこのまま続けばあまりもたないだろうね」


 エルドは暗に治療をして欲しければ、真実を話せと脅していた。


「ほ、本当だ! 本当にクラリスの指示だった! 理由も知らされぬまま、ただ密書で指示だけが出された。我々もそれが王命と信じて荷運びをしただけなのだ!! 本当だ!! これ以上は知らん」


「……からぶりか」


 エルドは落胆の表情を見せながら、薬瓶を放り投げてよこした。ロージアンは慌ててそれを拾い上げると手当を開始した。


「さ、さあ、知ることは話した。わしを解放してくれ!!」


 ロージアンが懇願した。しかし、エルドは冷たい目でそれを拒否した。


「だめだ。あなたのせいで多くの命が弄ばれたんだ。その報いは必ず受けてもらうよ」


 ロージアンを射抜くエルドの冷たい視線は静かで、それでいて確かな怒りの炎が灯っていた。










「ロージアン伯、彼はかつての戦争で、イシュメル人に多大な犠牲を強いました。今回の事件では彼らの住居を奪い、リゾート開発を進めようと暗躍し、彼らが事件を起こすように仕向けたのです。そして終いには、彼らの住む土地へ火をかけ、根絶やしにしようとした」


 聴衆はいまだざわついている。
 貴族の醜聞、それも自分たちの国民が傷つけられた事件の発端であるということを聞き、怒りと動揺が表れていた。


 その時、一人の青年が壇上に飛び乗ってきた。青年は肩に抱えた男を聴衆の前に晒す。その男こそが、アリシアの話にあったロージアンであった。


「さあ今、全てをあなたの口から告白してください」


 アリシアはロージアンの首元に、細剣の刃を当てた。
 可憐な娘も、今は為政者としての風格を纏い、強い意志で目の前の貴族を糾弾する。その様子に観念したのか、ロージアンはついに自らの行い全てを告白した。










 エルドと王女アリシア、そしてその心強い仲間たちの手によって、ひとまずこの公都で進行していた陰謀は白日の下に晒された。


 だがそれは始まりに過ぎない。公都を揺るがせたロージアンの策謀も、公国の闇のほんの一角に過ぎないのだから。
 異民族への差別、貴族たちによる官職の独占、理不尽な重税、強制労働、そして先王の暗殺――この国の膿を挙げればキリがない。
 しかし、いまだ王位に無いアリシアにはその全てを裁くことは出来ない。貴族たちは議会を牛耳り、その様に彼女の力を削ぎ落としたからだ。




 味方などほとんど居ない、この国のほとんどは欲深い貴族たちによって支配されている、国の改革など、成人したての青年と娘にどうにかできることではなかった。
 しかし、その様な分の悪い戦いでも彼らはその歩みを決して止めない。彼らの胸に燻る反抗の意志は些かも揺るぐことはなかった。




 両親を失い、剣技を極めながら貴族たちに《劣等剣士》と蔑まれた紅眼の剣士・エルド、


 先王の娘でありながら、その跡を狙う者達により父王を殺され、王位を継ぐことすら阻止された銀の姫・アリシア、


 これは夢を奪われたちっぽけな二人による、




 ――――《叛逆》である。

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