夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

反撃の狼煙

 公都の地下、その奥深くには地下墳墓が眠っている。
 かつて、地上の災厄から逃れるために地下に逃げた者達の居住区であった場所だが、その後の歴史でも墓場として利用され続けてきた。


 今その地下墳墓に足を踏み入れたのは、二人の青年と一人の娘であった。


「こりゃまた随分と陰気なところだな。灯りが生きてるのが救いだが、用を済ませたらとっととおさらばしたいぜ」


 そうぼやいたのは赤い髪の寝ぼけ眼の青年・カイムである。


 そこには周囲を取り囲むように無数の渇いた骸達が壁に納められていた。棺も無く野晒しにされたそれらはとても不気味で、死と隣り合っているかのような不快感が湧いてきた。


「前に公都銀行から降りたところとは別のところだよね? うぅ……幽霊とか出ませんように」


 おどおどした様子で呟いたのは緑髪の娘・フィリアだ。この地下墳墓の雰囲気に怯えているのか、頭に生えた狐のような耳を後ろに倒していた。
 そうして一行が地下墳墓入口の広場を通り抜けていると、その時、甲冑を纏った骸骨兵が一行を取り囲んだ。


「ひっ、出たぁあ!?」


 フィリアは咄嗟にカイムにしがみついた。


「あ、おい、ひっつくな。首が絞ま……」


 カイムにまとわりつく腕がその首を締め上げていく。その二人の隙を突くように骸骨兵が剣を振り上げた。


「まったく、イチャイチャしないでよ二人共」


 すると青い髪の、紅眼の剣士・エルドが呆れたような口調で剣を抜いた。
 刹那――その姿が消えた。


 一瞬の間。


 そのわずかな一拍の後、閃きが奔ると、二十はいた骸骨兵の尽くが一瞬にして砕け散った。


「よし、剣が通じるね。幽霊だって、攻撃が通るならこうやって叩き潰せばいいよ」


 エルドは勇ましく述べた。


「…………」


「あれ、カイムは?」


「分からない……急に気絶しちゃって……」


「フィリアの締める力が強すぎたんだ。かわいそうに」


 エルドは、カイムの頬を引っ叩く。


「起きなよー、カイム」


 しかし、繰り返し叩いてもカイムはなかなか目覚めない。


「仕方ないか」


 エルドはもぞもぞと"顔"をカイムに近付けていった。


「エ、エルド!?」


 フィリアはそのあまりに突拍子のない行動に目を覆った。


「そ、そんなのだめだよエルド」


 フィリアは顔を覆った指の隙間からしっかりとその光景を目に焼き付ける。








(ん?)


 カイムは意識を覚醒させた。ゆっくりと状況を確認する。


(ああ、フィリアに絞め落とされたのか。あいつ意外と馬鹿力だからな)


 状況を理解するとゆっくりと目を開く。すると目の前には――


「んん!?」


 ――白い骸が口をつけていた。


「ぷはっ!? おい、エルド何をする」


「いや、起きないから」


「起きないから、じゃねえよ。人の死体使って何考えてんだ」


「カイム、勘違いしてるよ。スケルトン兵は石材とかで骸骨を模してるだけで人間の死体ってわけじゃないんだよ」


「そういう問題じゃねえよ。心の問題だよ! 心の! お前には人の心がないのか?」


「カイム、時間ないから騒ぐのはその辺にしようよ」


「おい、フィリアまで。なんで? 俺の初めてがあんなカラッカラの婆さんに奪われたんだぞ!? もしかしたら爺さんかもしれない……それとも俺がおかしいのか? はぁ……」


 カイムは目まぐるしく情緒を変化させていくと、やがてやれやれと溜め息を吐いた。


「次は俺の番だからな。俺の前で枕を高くして寝られると思うなよ」


 カイムはエルドに高らかに宣言した。このような悪戯二人の間では日常茶飯事であった。


「二人共! それよりも時間はあまりなさそうだよ」


 そうであった。二人は意識を尋ね人へと戻す。


「そうだったな。こんなのがうようよいるところだ。奴が無事でいられる保証はない。アリシアの演説中に万が一ってことになりゃ全て台無しだ」


「うん。叔父様のしたこと、無駄にする訳にはいかないもんね」


 一行は気合を入れ直して、地下墳墓を進む。すると二又の分かれ道にぶつかった。


「道は二手に分かれてるみたいだね」


「ならお前は一人、俺らは二人。戦力的には妥当じゃないか?」


「そうだね。一つ一つ調べて、時間を無駄にする訳にはいかないし、そっちはカイム達に任せるよ。フィリアに変なことしちゃだめだからね」


「しねーよ」


 そう言ってエルド達は別れた。










 一方、公都西のアーケード街。
 先日の暴虐によって、瓦礫の山と化していたそこはほぼ以前と遜色のない形で修繕されていた。


 そして、その中央の円形の広場に設けられた演説台に、一人の可憐で美しい娘が登壇していていた。彼女の名はアリシア、陽光にきらめく美しい銀の髪を持つことから《銀の姫》と称される、この国の次期公王である。
 アリシアの目の前には、話者の声を増幅させる魔導仕掛けの機材が置かれている。
 そして背中に吹き出る水の彫刻とも形容すべき美しい噴水を背に、アリシアはゆっくりと口を開いた。


「痛ましい事件から一ヶ月が経ちました。まずは事件によって命を落とされた皆様に哀悼の意を示したいと思います」


 アリシアの言葉は、ここで起こった凄惨な事件で命を落とした者達への弔意の表明から始まった。
 この都市に住む異民族に対する陰謀、その結果として多数の死傷者の出る不幸な事件が引き起こされた。
 その犠牲となった者たちに対して言葉だけで何になろうか、それでもせめてその死後が安らかであるように祈りの言葉を紡ぐ。


「さて、多くの方々のご協力のおかげで、この歴史あるアーケード街は、以前の街並みを取り戻しました。しかし、たとえ建物が修復されようと、亡くなった者達は決して帰ってはきません。親しい人を亡くされた方たちの傷も癒えることは決して無いでしょう」


 死の苦しみはその本人だけでは済まない、その者と親しかった者達をも苦しめるものだ。母を亡くした孤児、長く連れ添った連れ合いを亡くした者、皆が例外なく喪失の悲しみを味わい、今でもそれを引きずっている。


「あの事件を起こした者達の罪は決して消えることはありません。ここ数日、王室親衛隊や公都守備隊など数多くの者達の力を結集し、我々は実行犯を無事捕縛いたしました」


 アリシアの言葉を受けて、聴衆は「厳しい罰を」「絶対に奴らを許すな」「国外追放だ」など、次々に怒りを表していった。この多くの聴衆の中にも、家族や友人を亡くしたものは大勢居た。


「ですが言わせていただきたい――」


 決して大きな声ではなかったが、アリシアの凛とした一声がまるで鈴の音のように響いて、聴衆を自然と静粛にさせた。


「この国の歴史からすれば、彼らがこの国の一員となったことはごく最近のことでしょう。ですが彼らが、戦争への参加、戦後復興への尽力、我が国の魔導器研究の著しい発展、彼らの献身は長くこの国をさせてきた臣民にも引けを取りません」


 この広場を彩る噴水とそれに伴う水道施設も彼らの作品であり、今回の復興にも多くのものが労働力を提供した、


「ですが今回の事件、いえそれ以前から、彼らに対して恥知らずな行いをしてきた者がいます。彼らの一部が怒りの余り、このアーケード街で虐殺を引き起こしたのも、元はと言えば彼の、自己の欲と利益のことしか考えない卑劣な振る舞いにその原因があったのです」


 アリシアの告発を受けて、聴衆達が再び騒ぎ出した。列席している貴族の中には何事かと慌てる者達もいた。


「私はこの一ヶ月、徹底的な調査と取り調べを行って参りました。この十年の間に彼がしでかした異民族の迫害と虐殺、その罪を精算させるために。そして、それを為した悪逆の徒、その者の名は――――」










「ロージアン伯、ようやく見つけたよ」


 この公都で様々な陰謀を巡らせ、多くの無辜の民に犠牲を強いた男、ロージアン。
 エルドはその男をとうとう追い詰めた。

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