暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

女傑

 シャルの援護によって、バルデルの包囲を破った一行は、塔の内部へと入り込んだ。

「ここは……?」

 しかし、目の前に広がっていたのは、外観と全く釣り合わない程に広々とした暗闇であった。
 夜空の星々と宵闇を地上に降ろしたような不思議な空間で、ジークリンデ達はただ呆然と立ち尽くす。

「どういう仕組みなんだろ。いくら見渡しても星空しか広がってない」

「今私たちが入ってきたこの光の球は出入口ってことよね? でも、そうすると上に続く階段や他の部屋への扉はどこにあるのかしら」

「分かりません。ですが、今はとにかく辺りを探ってみましょう」

 そうしてしばらくの間、三人は周囲を歩き回ってみる。
 どうやらここはその見た目ほど広い空間ではないようだ。

 三人が出入りした球体を中心とし、周囲5m程の地点に見えない壁のようなものが置かれていた。

「鍵とか開閉のための仕掛けとかそういうのは見当たらない」

「うーん、困ったわね」

 一行はどうしたものかと考えあぐねる。
 すると、何か思いついたのかジークリンデが剣を抜いた。

「あら、リンデ。何か気付いたの?」

 ジークリンデは答えの代わりに、剣に紫電を迸らせると、見えない壁に向けてそれを思い切り叩きつけた。

「リ、リンデ!?」

 目を丸くするフローラであったが、ジークリンデの放った斬撃はまるでバネのようにへこんだ壁にあっさりと跳ね返され、紫電はそのまま吸収されてしまった。

「やはり駄目ですか」

「もう、リンデ。すぐ力押しに頼ったらいけないわ。貴重な歴史遺産なんだから」

「でも、物理も魔法も駄目そうだね。どういう材質なのかな。リンデの剣が弾かれたその感触からして、とても希少な物っぽいけど」

「やれやれ、表の兵達は何をやっていたのかしら」

 その時、女性の声が室内に反響した。

「やはり、他人なんて信用するものじゃ無いわね。特にあの享楽主義者のバルデル、手を抜いたわね」

 かつかつと地面を打ち鳴らしながら姿を現すと、女性は苦々しげに言った。
 すると突如、周囲の景色が、黄昏と紅蓮の混ざった空の色へと染まっていった。

「っ……」

 ジークリンデ達はその景色に確かな熱さを感じた。
 陽光、戦の火、そういった物理的な熱だけで無く、人の闘争や怒り、憎しみから感じられる観念的な熱さのような物まで感じ取れたからだ。

「でも考えようによっては、巫女達を一同に捕らえる良い機会でもあるわね。幸い、神器持ちは居ないし、あの小娘の人質にも出来て丁度良いわ」

 目の前に現れた女――デボラはそう言うと、紅蓮の炎を具足にまとった。

「こちらは三人です。侮られたものですね」

 対してジークリンデ達も得物を構えて、相対峙した。

「侮っているつもりはないわ。ただ、全力を尽くして結果を出すだけよ」

 先に仕掛けたのはデボラであった。
 火竜の如き荒々しさと、蝶のような繊細さを併せ持った身のこなしで、ジークリンデに数十の蹴りを叩き付けると、反撃の隙も与えずに防御を崩し、瞬く間にその腹部を蹴り飛ばした。

「かはっ……」

「え……?」

 一瞬のことに困惑するフローラであったが、間髪を入れずにデボラが彼女の眼前に迫った。

「は、速い……」

 矢の如きデボラの駿足と、荒々しい殴打の連続に、フローラは防戦一方となる。

「っ……」

「案外タフね。だけど、いつまでもつかしら」

 一撃一撃が、地を砕くほどの威力を誇る拳闘と蹴撃の雨を前に、フローラは全身に青あざを作り、徐々に出血していく。
 治癒魔法によって自己再生を行うものの、デボラの攻撃はその速度をなお上回り、ただただフローラに尽きぬ苦痛を強いるのみであった。

「脆いわ」

 やがて、フローラを屠るのに飽きたのか、デボラは大きく身体をひねると、その遠心力から放たれる強力な蹴りでフローラを吹き飛ばした。

「案外、大したことなかったわね」

「それはどうかな」

 フローラを見下すように佇むデボラであったが。その周囲にはいつの間にか無数の氷槍と雷雲が展開されていた。

「容赦はしない」

 次の瞬間、デボラの身体を一斉に槍が貫き、天雷が響き渡った。

「まだ終わらない」

 さらにアイリスは両手に生成した火球を放り込むと、デボラの身を焼き焦がしていく。
 今、目の前に立つこの戦士を前に、手心を加えることは死に繋がる行いだと、アイリスは直感していた。

 故にアイリスは、常人では到底耐えられないほどの、天雷と猛火を絶えず注ぎ込んでいった。
 確実に目の前の存在の息の根を止めるために。

「まだ……まだ足りない」

 ひとしきり攻撃し終えたアイリスだが、今度は止めとばかりに水流を召喚し、デボラの身体を水球に閉じ込めた。
 激流渦巻く水の中で、デボラの肉体を丹念に挽き潰し、一切の呼吸が出来ぬように封じる。

「…………」

 ただただ、確実に人を殺害するための無慈悲な攻撃であり、アイリス自身も気が咎めた。
 しかしアイリスは、今の一連の攻撃でも不十分なのでは無いかと、妙な焦燥感を抱いていた。

「悪くはないわ。相手との力量に大きな差があれば、ほんの僅かの隙を突き、己の全霊を尽くす。その選択は戦士としては間違いでは無い」

 アイリスの危惧の通り、目の前の傑物は水流を容易くかき消して見せた。

「そんな……」

 アイリスは水牢を打ち破った目の前の存在に戦意を喪失させる。
 デボラは、バルデルの発したものによく似た禍々しい闘気を漂わせながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
 紅蓮の鎧をその身に纏いながら。

「正直、大人げない気もするけど、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすもの。これがあなたたちの不運と思っておとなしく、捕まりなさい」

 いくらか余裕と遊びを見せたバルデルと異なり、デボラは全力を尽くしていた。
 ジークリンデ達のそれとは比にならないほどに練られた武術、果てしない苦痛に自身を追い込んで得た屈強な肉体、そして己に宿る超人的な能力、そのすべてを動員して、デボラはジークリンデ達を真正面から打ち破った。

 所詮は、事態を裏から操ることしか出来ない、無力な女と侮っていたのはジークリンデ達であった。

 確かに目の前の女は、その身を派手に着飾り、到底武を修めているようには見えなかった。
 しかし、彼女の誇る力は、紛れもない戦士のそれであり、帝国でも数人居るかと言うほどの極みにあった。

「さて、終いにしましょう。命までは奪わないけど、抵抗する気が起きないように、痛めつけさせてもらうわ」

 そこには何の感慨も愉悦も無い。
 ただ、そうすることが最も効率的で確実だからという理由でデボラは、そうすることを選んだ。

 冷静で冷徹、どこまでも合理的、故に加減は無く、バルデルに見られた遊びも無い。
 その隙の無さこそが彼女のとても恐ろしい点であり、強さの証であった。

「…………」

 デボラが無言で地を蹴った。しかし――

「なんとか間に合ったか」

 デボラの蹴りは黒い騎士の構えた盾によって防がれていた。

「……そう。ステファンは失敗した訳ね」

「ああ、見誤ったな。戦いに容赦は無いが、戦略的な視点には欠けるようだ」

 両者は、互いの盾と具足をはじくと、距離を取った。

「アベル! 来てくれたのですね」

「ああ、遅れてすまない。ここからは、俺があの女の攻撃をすべて防ぐ。君たちは遠慮無く攻撃を加えてくれ」

 圧倒的な地力であらゆる敵を粉砕する女傑と、何人をも通さぬ鉄壁の盾が今再び相見えた。

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