暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

炎と氷

 アルテアの丘の頂上に広がるアルテア湖、そこに浮かぶ白亜の城は、周囲の堀と背の断崖、そして幾重にも張り巡らされ、迷路状に広がる城壁によって、外敵の襲来を幾度も防いできた。

 白鷺とも例えられる壮麗な城には、新たな防護策が施されている。
 シャボンのような球形をした虹色の魔導障壁である。

 その内側に立ち、門前を守るのはたった一人の騎士であった。

「くっ……俺は一体何をしている……」

 聖教騎士イザーク、平民の出ではあるが、末席とは言えたゆまぬ努力によってたった十三人しかいない聖騎士の位に即いた男である。
 しかし、モンシャウ村の襲撃に異を唱えたために、枢機卿の不興を買いその地位も剥奪されてしまっていた。
 今では、こうして公爵軍の指揮下に入り、城館を守る門番として留め置かれるのみである。

「あれは……?」

 イザークの目に一人の黒鎧の戦士の姿が映った。

 黒い騎士は剣を一振りすると、イザークに向かって蒼炎を叩き付けた。
 しかし、蛇のようにうねるそれはイザークの目の前に広がる防壁に容易くかき消されてしまった。

「無駄だ。この障壁は一切の外敵を寄せ付けない」

 イザークはシャボンをすり抜けて、黒騎士アベルの前に立ちはだかった。

「モンシャウ村以来か」

 アベルが呟いた。
 彼の側からすると三度目の出会いであるが、自身の素性がばれないようにイザークに話を合わせる。

「早々に君と出会えるとは思わなかった。今回は以前のように見逃すつもりはない」

 イザークはその長槍を構えると、全身から冷気を吹き上げた。



*



「作戦……というのも忍びない綱渡りですが、俺の能力で障壁を無効化します。そして、城内の敵を引きつけながら、もう一方が別の経路から内部へ侵入、シャルを救出し、そのまま神器を奪還します」

 シャルが連行された後、アベル達は翌日の作戦に向けた最後の確認を行っていた。

「でも、アベルさんの負担が大きすぎないでしょうか?」

 レイアの懸念の通り、城中の敵を一手に引き受けることになるアベルの負担は相当のものだ。

「大丈夫……とは安易に言い切れないが、少なくとも城内への道は必ず切り開いてみせる。こちらはシャルと弓の奪還さえ果たせれば良いからな」

「アベルさん……」

 アベルのは、目の前の作戦の困難さ、自分が陥るかもしれない事態について既に十分な覚悟が出来ていた。
 その上で、危険な役回りを引き受けたのだ。

「かたじけない、アベル殿。そう言ってくれるとこちらも心強い」

 騎士団長ラルフが一礼した。

「そうなりますと、潜入はレイア殿と私になるということでしょうか」

 現時点で戦う術を持つのはアベルの他には、ユリウス卿のみであった。

「だが、良いのかレイア? 中の状況によってはユリウス卿もお前をかばってはやれんぞ?」

 そう、本当に危険なのは城内の道案内をするレイアであった。

「当然よ、父様。城内に詳しく、城への隠し通路の場所と扉の開け方を知っているのは私と父様だけだもの」

 ラルフは《導きの塔》解放後に、塔と城の二つを完全に制圧するための指揮に当たる。
 道案内が出来る者が、レイアしか居ないのもまた事実である。

「今の俺たちには何もかもが足りません。時間も物資も、人員も。本来であればじっくりと時間を掛けて、下調べをしなければならないのに、それらを欠いた状態で城の潜入と塔の攻略をこなさなくてはなりません」

 一方を攻めれば一方の防備が堅くなる。
 手持ちの戦力で、この地を解放するには、神器という数の差を覆しうる力と、二つの難所を同時に攻め落とす、迅速な作戦が求められる。
 それを為すためには、一人一人が命を張る必要があるのだ。

「……アベル殿の言う通りだな。分かった。その流れで明日は行く。既に、塔と城を攻略するための兵員は忍ばせている。正午の鐘を切っ掛けに作戦開始と行こう」



*



 蒼炎と氷獄が相打った。
 一瞬で混ざり合った、それらは途端に蒸発し。辺りに蒸気を充満させる。

 しかし、次の瞬間、それらは互いに斬り結ぶ二人の戦士によってかき消された。
 剣と槍、得物は違えど両者は、まるで互いの技量を競うかの様に無数の打ち合いを繰り広げる。。

 丘の上の湖に立つ城と市街を結ぶ壮麗な橋は、両者の激突の度に激しく振動する。

「黒騎士……大した技量だ。だが、私とて練度で負けるつもりはない」

 騎士イザークが薙ぎ払った長槍によってアベルが弾き飛ばされる。
 すると、イザークは周囲の冷気を槍に束ねると、一気にアベルの方へと撃ち放った。

「っ……」

 地面に着地したアベルはかろうじて盾を構えると、その奔流を上へと受け流した。

「まだだ」

 しかし、奔流を受け流す隙を突いてイザークが突進してきた。
 それは冷気を受け流すために盾を構えたことで空いた胴を適切に捉え、穿たんとしていた。

「させるか!」

 しかし、アベルは冷気を振り払うと剣を地面へと突き立て、自身を中心とした爆炎の渦を生成した。
 その暴発に巻き込まれてイザークが吹き飛ばされる。

「悪いが、こちらには押し通る理由がある。惰性で城を守ってる奴に後れを取るつもりはない」

 アベルは炎の渦を剣に纏うとそれを振るいながら、イザークへと斬りかかる。
 袈裟の一撃と横薙ぎのコンビネーションで押し切ると、やがて無数の突きを繰り出す。

「っ、ぐぅ……」

 その剣撃の奔流に為す術無く、防戦一方となるイザークであったが、終いとばかりに放たれた逆袈裟の一撃でとうとう槍を払われてしまう。

「だぁあああああああああ!!!」

 そして、紅蓮を纏ったアベルの一撃がイザークの鎧を砕き散らした。

「かはっ……」

 さすがに防ぎきることは出来ず、まともに食らったイザークが吐血した。

「俺の勝ちだ」

 アベルがその首元に剣を突きつけた。

「っ……何故だ? 何故、私が」

「さっきも言ったが、惰性で戦う奴に負ける気はしない」

「惰性……だと?」

「従うべきは枢機卿の言葉ではない……そう言って上申すると言ったのはあんただっただろ? それがどうしてこんなところで、連中に従っている?」

 彼もまた、ユリウス卿同様、女神への信仰に生きる騎士である。
 女神の意思に反する行いであれば、たとえ枢機卿であっても異を唱える、それが以前出会った彼であったはずだ。

「それは……」

 イザークは言葉に窮した。

 反抗する勢力をあぶり出すために悪政を繰り返すステファン、それを止めるどころか同調し、実行部隊を提供する枢機卿、そのような者達に対して異を唱えたにも関わらず、それを止められずにいた。
 そのことについて最も無念に思っているのはイザークであった。

「……確かに君の言う通り、私はこうして無様に枢機卿猊下に従っている。私の上申は聞き入れられず、本来の任務から外され、公爵軍の指揮下に甘んじる日々だ」

「当然だ。結局、あんた一人が動いたところで連中は変わらない。言って分かるような人間があんな非道を繰り返すものか」

 村に火を放ったことだけではない。

 帝都で繰り返された暴虐、ジークリンデ達を襲ったならず者達、それらを許容するどころか、煽ることすらした。
 聖教国の意思決定機関を構成する枢機卿達、聖職者達にふさわしい清廉さはもはや彼らには無く、ただ欲望のまま悪逆を繰り返すだけの外道でしか無かった。

「だから殺したのか? 枢機卿猊下らを?」

「そうだ。たとえそこに信仰があろうと、悪逆を良しとすればただの狂信だ。むしろ、信仰が根っこにある分、危険だ」

「だが、他に道が……」

「俺だって好んで命を奪っているわけじゃない。だが、奴らを野放しにすれば、騎士達は際限の無い愚行を繰り返し、その被害を受けるのは罪の無い民達だ」

 騎士達の槍に串刺しにされ辱められた民達、身の毛もよだつほどの屈辱を受け、その果てに無残な肉の塊と化して捨て去られた者達、帝都で行われていたのはおよそ神の名の下で行われたとは思えない陵辱の数々であった。

「もはや今の聖教国に人々の指導者たる資格は無い。だから俺たちはこの様な身になり果てた」

 地獄の中で縋ることが出来たのは、たった一つの闇であった。
 それがどのような存在かは知らない。しかし、女神と敵対する何者かであることは明白であった。
 だが、その様な存在に頼ることでしか、あの地獄をさまよう者達を救い出すことは出来なかった。

「女神なんてものはどうでも良い。今この国で苦しむ人間達を救う、それこそが俺の、俺たちの信念だ」

「…………」

 イザークは何も言い返すことが出来なかった。
 ただ、教義こそが守るべきものと盲信し、それが非道と知りながら、枢機卿達に従い続けた。
 一度はそれに抗おうと決めても、結局は無駄であると思い知らされ、流されるままに彼らに再び従う。
 そうして、己の中にあったはずの信念に目を背けた自分が、目の前の男に負けるのは道理であった。

「だが、もしもお前の中に女神への信仰以外に、堅い信念が残っているなら。俺たちに協力しろ」

「何?」

「俺はお前の行いを許すつもりは無い。だが、あの大火に心を痛めたお前の有り様は信用できる。だから、俺と道を同じくする余地があるなら、力を貸せ」

「……聖教国を裏切れと?」

「違う。お前自身の想いを裏切るなと言っている」

 黒騎士はその手をイザークへと差し伸べた。

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