暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

妄執

 それは今より遡ること14年前のことである。
 フライフォーゲル城館にある一つの命が生まれた。
 領主の金の髪を継いだ、待望の男児である。


 子が産めない身体と判断され、領内の貴族から笑いものにされた正妻デボラは、執念の末に世継ぎを産み落とした。
 病によって床に伏せることの多かった現公爵に、子はもう望めないだろうと誰もが悲嘆していただけに、公爵に仕える周辺諸侯達の一部は大いに喜んだ。
 そして、その男児ステファンは、フライフォーゲルを継ぐ正統な後継者として迎え入れられた。


 しかし、そういった者達の喜びは、忠誠心から出たものでは無く、自身の地位と領土が守られることへの安堵からのものでしかない。
 彼らは不要な継承争いが起こることを避けるため、愛妾と既に生まれていた娘を城より追い出し、妾の故郷へと追いやった。


「私はアンナ。こいつはカスパルっていうのよろしくね」


「私はシャル……」


「うーん、それならあなたはシャルね。呼びやすくてとてもかわいい響き」


 まだ幼い少女にとって、父と離ればなれになるということは寂しいことであった。
 しかし、村での暮らしは決して悪いものではなかった。


 村で得た二人の友人、自分に付き従う幼馴染、彼女達と共に野を駆け、山を散策する日々は、貴族らしさとはかけ離れていたものの、とても刺激的で充実した毎日であった。
 祖父母もまた、彼女を大切にし、祖母と母からは調薬の技術、祖父からは弓の技術を教わるなど、決して不自由は無かった。


 しかし、ある日、彼女に転機が訪れた。


 それは、世継ぎにと期待された男児が3歳を迎え、後継の儀式の年を迎えた頃であった。


「何故! 何故ですか! ワタクシの息子が弓に選ばれないなど、こんなことがあってたまるかあああああああ!!!」


 儀式の場で酷く狼狽し、正妻デボラは凄まじい叫び声を上げる。


 現当主より、フライフォーゲル家に伝わる神器を授けられ、その使い手たる資格を得るための儀式。
 その儀式においてステファンは、神器の継承者として選ばれなかったのだ。


 神器とは初代の使い手の力と意志を継いだ者にしか扱えない。


 しかし、フライフォーゲル家の長い歴史の中で、その子孫が使い手として選ばれなかったことは、一度として無かった。
 故に、弓を継げなかったステファンの存在は前代未聞であった。






 神器の継承が途絶えることを恐れた臣下達は、恥知らずなことにかつて追い出した母娘のうち、娘だけを呼び戻し、世継ぎにと指名し、彼女を弓の継承者にふさわしい者とするための教育を施した。


「お願い解放して!! お母様に会わせて!! もう何ヶ月もここに押し込まれて気が変になりそう!!!」


 それは、半ば虐待とも思える教育であった。


 寝る間はわずかしか与えられず、決して城館から外に出されることは無く、昼夜を問わず"教育"が施される。
 少しでも誤れば鞭で叩かれ、泣き言を見せれば机に向かうまで罰を与えられた。


 政治、算術、政治、経済、法学、修辞学などの領地経営に必要な知識や、武術や芸術を始めとした教養などを、幼い娘に僅かな期間で叩き込むために、あらゆる"指導"が試された。


「忌々しいドブネズミめ。私の子の地位を奪いおって……」


 その間、母に会うことは許されず、彼女の愛の代わりに義母の妬みと怒り、それに伴う虐待に晒され続ける日々であった。
 あのステファンの様な失敗を繰り返さないように、今度こそ領主にふさわしい器を練り上げられるようにと、貴族達は凄まじい妄執に囚われた。




 そして、地獄のような日々を乗り越えた彼女は、ついに領主にふさわしい資質を手に入れた。
 再び執り行われた儀式の場で、彼女が神器に触れた瞬間、その左の手の甲が輝き、継承者の証たる聖痕が浮かび上がった。
 その様子に狂信的な忠臣達は狂喜乱舞した。


 しかし、それですべてが済んだわけでは無かった。






 継承の儀から数日後、彼女の住む城館の離れに火の手が上がった。






 それが誰の仕業なのかは明らかであった。
 自身の子を差し置いて、継承の証を示した後妻の娘への恨み、そして真に自分の血筋にフライフォーゲルを継がせるたという目的のために、正妻デボラはシャルの抹殺を図ったのだ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品