暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~
皇女、立つ
帝国南西部に位置するフライフォーゲル領、先の動乱にて領主を失ったこの地域は、聖教国より派遣された枢機卿クリストフによって管理されていた。
クリストフは、領都ロストックにあるフライフォーゲル城を一方的に接収すると、司教に国内を逃げ回る皇女ジークリンデ達の捜索を命じた。
――彼女達は、二人の枢機卿を殺害した大罪人であり、それをかばい立てする者もまた、許されざる背教者である。
大義名分を掲げた枢機卿の最初の命令は、シャーロットの母の生まれ故郷であるモンシャウ村を焼いて、ジークリンデ達をあぶり出すというものであった。
出動した騎士団の傍らには、先に戦功を挙げたバルデル傭兵団の姿もあり、その蹂躙は苛烈を極めた。
しかしその暴挙は、一人の名の知れぬ暗黒騎士によって、抑えられることとなった。
バルデルを除く、作戦に参加した傭兵達は全滅し、騎士団の面々もバルデル、およびその配下達の暴走により少なからず被害を受けた。
これに対し、騎士イザークは彼らとの共闘に疑問を抱き、兵達を引き上げさせると、一度領都に戻った。
女神の教えに反する過剰な蹂躙を行い、聖教騎士の殺害まで行ったバルデル達の行動を糾弾し、彼らを裁くために。
*
一方のアベル達は、村民の避難を見届けると、シャーロットを隣村に残し仙境へと帰還していた。
「それにしても、便利ですね。この《パルミラの転移門》というものは」
ジークリンデ達が通過したのは、仙境の城の地下に設置されたポータルである。
段々になった大理石に覆われた円形であり、中心部はつるつるとした不思議な蒼い鉱石で形成されている。
その中心部に人が乗ると、ぼうっと空の色に光り、それぞれが思い描く場所への転移を可能にするという代物である。
遠く離れたモンシャウ村にアベルが即座に救援に行けたのも、この魔導具のおかげといえる。
ジークリンデは体力を使い果たし、眠りこけたアベルを抱きかかえながら転移門を囲む階段を降りていく。
「とはいえ、転移できるのは女神の加護の及ばない、ごくわずかな地点に限られますがな。ちょうど村の近くにあって幸いでした」
彼女らを出迎えたのは元枢機卿トマスであった。
「ご苦労様でしたな。周辺から騎士団も引き上げ、ひとまずはなんとかなったようです」
「ええ、一時とはいえ、これで一安心です。それでまず……」
「アベル殿ですな。皇女殿下らとは異なり、力の制御もよくできておるようですが、体力の限界というものはあります。部屋の用意はできておりますので、ゆっくり休ませると良いでしょう。殿下らも」
そう言ってトマスは道案内をする。
「ですが……皇女殿下に抱えられるアベル殿というのは、随分と間抜けと言いますか……あべこべですな」
*
陽が真上に差し掛かる手前、すっかり体力を回復させたアベルらは会議室に集まっていた。
「さて、今後のことについてですが、本格的に帝国各地の解放に乗り出し、早急に存在感をアピールするべきだと思います」
ジークリンデはそう言って、水色の長髪をかきあげた。
「賛成だ。本当なら、力や戦力を蓄えながら機を待つってのが最適なんだろうが、連中は俺たちをあぶり出すためなら何でもするようだからな」
「彼らの手が届きそうなところで存在感をアピールして矛先をこちらに向けるってことかしら。でも、問題は私達の戦力が圧倒的に足りていないことよね……」
聖女フローラが肘を突くような動作でため息を吐いた。
数で劣るのはもちろんのことだが、宰相に反する者達は女神の加護を失い、まともに戦う力を奪われている。
現状、宰相らに対抗するには、圧倒的に力を欠いている状態なのは確かだ。
「となると、鍵は《導きの塔》か……」
世界中に建てられた銀のモニュメント、教会はそこで何らかの術を用いて抵抗する者の力を削いでいる。
塔を攻略できない限り、反撃の糸口は無いに等しかった。
「ですが、私達には彼らにない強みがあります」
「強み……?」
「私達の力のことだね」
賢者アイリスが口を開いた。
「アベルの加護を受けて、私達のスキルはずっと強化された。それこそ、戦い方次第で一軍に対抗できるほどに」
「ええ。加えて、トマス殿に伺った話では、彼らはあまり各地の統治に兵を割いていない様です。主要都市には宰相の軍の大部隊が置かれていますが、我が物顔で地方に駐屯するのは聖教騎士団の様です。そして、その数もそう多くはないと」
「妙だな。和を乱して先王を弑逆したんだ。各地の反発を考えたら、戦力を割くべきだと思うが」
平民にとって聞き心地の良い言葉を吐く宰相は一部の民には熱狂的に支持されている。
しかし、今回の様な急進的な反乱は、必ず反発を招くというのが歴史の常だ。
人身を安定させ、新しい統治者の正当性をアピールするためには、数多くの情報活動、政治的なケアは欠かせない。
その中核を担う、宰相軍が都市部にしかいないというのは妙であった。
「エリュセイア聖教がいくら、民たちに強い影響力を持っているとはいえ、地方の統括を他国の軍に任せるのは、確かに妙ですね……」
「」
「やはり、一番大きいのは反抗勢力を侮っていることでしょう。事実、アベルがいなければ私達は為す術無く、捕らえられていたはずです」
「まさか、私達が反抗の機会をうかがってるとは思いも寄らないでしょうね。そう考えると、アベルくんとその加護を受けた私達はこの帝国において大きな希望になるわ」
「幸い、私達にはこの拠点と各地への転移を可能にする魔導具があります。少数精鋭であり、機動力もある。私はこの強みを活かして、フライフォーゲル領の解放を帝国解放の第一歩としたいと思います」
エリュセイア暦1412年、春の頃。
アルトジウス帝国皇帝は、主君に反旗を翻し、挙兵した宰相ガルドゥーンによって討たれた。
しかし、突然の暴虐による帝位の簒奪に異を唱えた皇女ジークリンデは、密かに帝位奪還を画策した。
仙境と呼ばれる帝国最高峰の地にて、わずか四人の従者を伴うささやかな挙兵。
しかし、この一歩が帝国、引いては大陸南部を揺るがす動乱の幕開けになろうとは、まだ誰も想像できなかった。
クリストフは、領都ロストックにあるフライフォーゲル城を一方的に接収すると、司教に国内を逃げ回る皇女ジークリンデ達の捜索を命じた。
――彼女達は、二人の枢機卿を殺害した大罪人であり、それをかばい立てする者もまた、許されざる背教者である。
大義名分を掲げた枢機卿の最初の命令は、シャーロットの母の生まれ故郷であるモンシャウ村を焼いて、ジークリンデ達をあぶり出すというものであった。
出動した騎士団の傍らには、先に戦功を挙げたバルデル傭兵団の姿もあり、その蹂躙は苛烈を極めた。
しかしその暴挙は、一人の名の知れぬ暗黒騎士によって、抑えられることとなった。
バルデルを除く、作戦に参加した傭兵達は全滅し、騎士団の面々もバルデル、およびその配下達の暴走により少なからず被害を受けた。
これに対し、騎士イザークは彼らとの共闘に疑問を抱き、兵達を引き上げさせると、一度領都に戻った。
女神の教えに反する過剰な蹂躙を行い、聖教騎士の殺害まで行ったバルデル達の行動を糾弾し、彼らを裁くために。
*
一方のアベル達は、村民の避難を見届けると、シャーロットを隣村に残し仙境へと帰還していた。
「それにしても、便利ですね。この《パルミラの転移門》というものは」
ジークリンデ達が通過したのは、仙境の城の地下に設置されたポータルである。
段々になった大理石に覆われた円形であり、中心部はつるつるとした不思議な蒼い鉱石で形成されている。
その中心部に人が乗ると、ぼうっと空の色に光り、それぞれが思い描く場所への転移を可能にするという代物である。
遠く離れたモンシャウ村にアベルが即座に救援に行けたのも、この魔導具のおかげといえる。
ジークリンデは体力を使い果たし、眠りこけたアベルを抱きかかえながら転移門を囲む階段を降りていく。
「とはいえ、転移できるのは女神の加護の及ばない、ごくわずかな地点に限られますがな。ちょうど村の近くにあって幸いでした」
彼女らを出迎えたのは元枢機卿トマスであった。
「ご苦労様でしたな。周辺から騎士団も引き上げ、ひとまずはなんとかなったようです」
「ええ、一時とはいえ、これで一安心です。それでまず……」
「アベル殿ですな。皇女殿下らとは異なり、力の制御もよくできておるようですが、体力の限界というものはあります。部屋の用意はできておりますので、ゆっくり休ませると良いでしょう。殿下らも」
そう言ってトマスは道案内をする。
「ですが……皇女殿下に抱えられるアベル殿というのは、随分と間抜けと言いますか……あべこべですな」
*
陽が真上に差し掛かる手前、すっかり体力を回復させたアベルらは会議室に集まっていた。
「さて、今後のことについてですが、本格的に帝国各地の解放に乗り出し、早急に存在感をアピールするべきだと思います」
ジークリンデはそう言って、水色の長髪をかきあげた。
「賛成だ。本当なら、力や戦力を蓄えながら機を待つってのが最適なんだろうが、連中は俺たちをあぶり出すためなら何でもするようだからな」
「彼らの手が届きそうなところで存在感をアピールして矛先をこちらに向けるってことかしら。でも、問題は私達の戦力が圧倒的に足りていないことよね……」
聖女フローラが肘を突くような動作でため息を吐いた。
数で劣るのはもちろんのことだが、宰相に反する者達は女神の加護を失い、まともに戦う力を奪われている。
現状、宰相らに対抗するには、圧倒的に力を欠いている状態なのは確かだ。
「となると、鍵は《導きの塔》か……」
世界中に建てられた銀のモニュメント、教会はそこで何らかの術を用いて抵抗する者の力を削いでいる。
塔を攻略できない限り、反撃の糸口は無いに等しかった。
「ですが、私達には彼らにない強みがあります」
「強み……?」
「私達の力のことだね」
賢者アイリスが口を開いた。
「アベルの加護を受けて、私達のスキルはずっと強化された。それこそ、戦い方次第で一軍に対抗できるほどに」
「ええ。加えて、トマス殿に伺った話では、彼らはあまり各地の統治に兵を割いていない様です。主要都市には宰相の軍の大部隊が置かれていますが、我が物顔で地方に駐屯するのは聖教騎士団の様です。そして、その数もそう多くはないと」
「妙だな。和を乱して先王を弑逆したんだ。各地の反発を考えたら、戦力を割くべきだと思うが」
平民にとって聞き心地の良い言葉を吐く宰相は一部の民には熱狂的に支持されている。
しかし、今回の様な急進的な反乱は、必ず反発を招くというのが歴史の常だ。
人身を安定させ、新しい統治者の正当性をアピールするためには、数多くの情報活動、政治的なケアは欠かせない。
その中核を担う、宰相軍が都市部にしかいないというのは妙であった。
「エリュセイア聖教がいくら、民たちに強い影響力を持っているとはいえ、地方の統括を他国の軍に任せるのは、確かに妙ですね……」
「」
「やはり、一番大きいのは反抗勢力を侮っていることでしょう。事実、アベルがいなければ私達は為す術無く、捕らえられていたはずです」
「まさか、私達が反抗の機会をうかがってるとは思いも寄らないでしょうね。そう考えると、アベルくんとその加護を受けた私達はこの帝国において大きな希望になるわ」
「幸い、私達にはこの拠点と各地への転移を可能にする魔導具があります。少数精鋭であり、機動力もある。私はこの強みを活かして、フライフォーゲル領の解放を帝国解放の第一歩としたいと思います」
エリュセイア暦1412年、春の頃。
アルトジウス帝国皇帝は、主君に反旗を翻し、挙兵した宰相ガルドゥーンによって討たれた。
しかし、突然の暴虐による帝位の簒奪に異を唱えた皇女ジークリンデは、密かに帝位奪還を画策した。
仙境と呼ばれる帝国最高峰の地にて、わずか四人の従者を伴うささやかな挙兵。
しかし、この一歩が帝国、引いては大陸南部を揺るがす動乱の幕開けになろうとは、まだ誰も想像できなかった。
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