暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

夜明け

「おいおい、撤退なんて腰抜け間抜けも良いところだぜ」


 まるで騎士イザークが去るタイミングを見計らったように、男達がやってきた。
 その小汚い服装から、どうやらバルデルの配下達のようであった。


「目の前には賞金の懸かった首、狩れば一生遊んで暮らせる額だ。それを、命を助けられたから見逃すだぁ? 余りに甘っちょろすぎて反吐が出るぜ」


 傭兵達は悪態をつきながらアベルににじり寄ってくる。


「そう怒るな、兄弟。おかげで俺らにチャンスが巡ってきたんだ。この機会を前向きに捉えようや」


 怒る仲間を、リーダー格のような男が諫めた。その背後にはずらりと仲間達が続いていた。


 集まった傭兵達は数にして二十人前後、当然数では圧倒的に劣っていた。
 しかしアベルは、その数の差にも眉一つ動かさず、淡々と兜の奥から傭兵達を見つめていた。


「何だ? チッ、不気味な野郎だぜ。おい、連れてこい」


 兜の奥にある瞳の色はうかがえなかったが、まるで自分の心を見透かすかのような雰囲気が不快で、思わず目を逸らすと、リーダーは仲間達を呼んだ。
 すると、間髪を入れずに数人の村人達が連行されてきた。その喉元にはナイフが突きつけられている。


「ま、テメエみたいな手合いには有効な作戦って訳だ。おとなしく武器を捨てて、その糞いけ好かねえ兜を外しな」


「…………」


 しかし、男の要望にアベルが応える様子はなく、言葉も返さずにただ黙って佇んでいた。


「おい、黙ってねえでなんか言えや!!」


 その様子にしびれを切らしたのか、男達の一人が激昂しながら、アベルに手を伸ばした。


 ――しかしその瞬間、目にも止まらぬ速さで抜剣すると、アベルは目の前の男を斬り捨てた。


 男は何の声も発せぬまま、血しぶきを上げてその場に倒れ込む。


「な!? テメエ、こっちには人質がいるのを忘れたのか?」


 アベルの行動に怒り狂った傭兵達は、人質達に向かってナイフを振り上げた。
 すると今度は、空いた手で指を鳴らした。


 直後、人質達を包むように蒼炎の火柱が一斉に吹き上がった。
 人質を掴んでいた傭兵達はその火柱にまともに巻き込まれ、その肉体を燃え上がらせると、身体に付いた火を払おうと、そのまま地面に倒れ込み、もだえ苦しんだ。


「熱い!! 熱いィイイイイイ!!!」


「テ、テメエ、正気か? 人質ごと焼き払うなんて、人間のすることじゃねえ……」


 男達は自分たちがしてきたことを棚に上げて、アベルを非難する。
 当初の目論見としては、人質を取られ身動きのとれないアベルを一方的に狩る予定だっただけに、その反撃は予想外で、いたく動揺していた。


「お前達のような手合いを警戒して、罠を張っただけだ。それに勘違いするな。魔術を用いて、敵味方の識別はしている。焼いたのはあんたらの仲間だけだ」


 刹那、アベルが地面を蹴った。
 動揺する傭兵達が得物を抜く隙すら与えず、次々に彼らを斬り捨てていくと、奥にいるリーダー格らしき男の元へ一瞬で詰め寄た。


「ひっ、速ええ……」


 リーダーも得物の斧を構えようとするが、アベルがその様な暇を与えるはずもなく、逆袈裟に放たれた一撃がそれを弾いた。


「最後に一つ言いたい」


 喉元に黒剣を突きつけると、アベルが口を開いた。


「確かに、彼は甘かったかもしれない。それでも、あんたらみたいな、人を人とも思わない人でなしよりはずっとマシだ」


 直後、鮮血が宵闇に舞った。






*




 暁差す頃、辺りの火もすっかり収まっていた。
 無数のがれきの山の上に腰掛けながら、アベルは夜明けの陽に照らされる村を見つめた。
 その身体を包んでいた漆黒の鎧は既に解除されていた。


 イザークの撤退の後、アベルは逃げ遅れた者や解放された者達を近隣の村に退避させながら、自身を付け狙うバルデル傭兵団の残党の対処に当たっていた。
 それらが、一段落した頃には夜も明けていた。


「アベル……」


 その時、一人の少女がやってきた。


「村の人たちはみんな、隣の村に逃げたそうよ。ほとんどが無事に逃げ延びることができた。あんたのおかげよ」


 その声はシャーロットのものであった。
 昨晩は酷く取り乱していたが、今の彼女はいくらか落ち着いている様子であった。


「いや、間に合わなかった人もいる。そんな言葉をもらう資格はない」


 とはいえ決して、完璧な対応とは言えなかった。
 建物や畑の焼失は防げず、村人の中にはバルデル傭兵団によって蹂躙された者も少なくなかった。
 もっと、うまくやることができたのではないか、そう考えずにはいられなかった。


「ううん。それでも、あんたは……」


 シャーロットがアベルの背にしがみついた。衣服を掴むその手と肩は震えており、目端には涙の粒が溜まっていた。
 よほど、この村が心配であったのか、シャーロットの胸は溢れんばかりの想いでいっぱいになっていた。


「どうしてもこの村を守りたかった。母さんが産まれ、私が育ったこの村を。でも、私には力がなくて……だけど、あんたが私の代わりに戦ってくれた。だから、ありがとうございます。みんなを、守って……くれて」


 声を震わせながらそう言うと、少女の涙が堰を切るように溢れ出した。


 アベルがいなければ、どうなっていただろうか。


 この村を襲ったのは、騎士という言葉の対極に位置する外道達であった。それを食い止めなければ、その破壊と暴力は際限なく広がり、最悪の事態を招いたであろう。


 そのことへの恐怖と、それが無事に防がれたことへの安堵がない交ぜになって、シャーロットの感情は爆発していた。
 止むことの無い嗚咽の声は、虚ろになった村にいつまでも響き渡り、アベルはそれが止むまで、涙川を背中で受け止め続けるのであった。

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