暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

漆黒の一角獣

 大陸中央にある、女神の眠るとされる《審判の塔》は、幻獣や伝説の神獣が隠れ住む《聖霊樹の森》の中にある。
 女神の身体からあふれる霊子に包まれ、清浄な空気と水で育まれた、美しい緑で覆われた絶景であるが、その特異な環境で異常な進化を遂げた魔獣――すなわち幻獣が隠れ潜むなど、人が立ち入るには危険な場所でもある。


 複数の層に分かれる森の周縁部は特に危険で、人に敵対的な幻獣が数多くいる。


「はぁっ……はぁっ……」


 しかし、そんな危険な場所であることを承知で、少年アベルはこの森に乗り込んだ。


「母さんが待ってるんだ……早く見付けないと」


 アベルの母は重い病を患い、もはや余命幾ばくも無いという状態であった。
 あらゆる療法が効かず、ただ死を待つばかりであったが、その時アベルは一つの噂を耳にした。
 《聖霊樹の森》に住む幻獣ユニコーンの角はあらゆる毒を浄化し、万病に効く万能薬であると。


 それを聞き、いてもたってもいられなくなったアベルは、たまたま父の用で聖教国に訪れていたこともあり《聖霊樹の森》へと飛び込んだ。


 幸い、剣と盾の扱いには長け、父の手ほどきもあり、強力な幻獣相手でも後れを取ることはなかったが、ユニコーンと言えば森の深層に生息する希少な幻獣である。
 そのことを知らなかったアベルは周縁を闇雲に探し回り、いたずらに時間を浪費していた。


「くそっ、どこだどこにいるんだ……」


 勢いのままに飛び出したのはいいものの、成果の得られない状態にアベルは焦りを抱く。
 そうして、あてどなく森をさまよっていると、馬のいななきのようなものが響いてきた。


「まさか!?」


 ユニコーンとは立派な角の生えた、馬の幻獣だ。
 もしやこの声の先にいるのではないか。淡い期待を抱いて、アベルは声を辿っていく。




*




 いななきの響いた先で、角を生やした漆黒の馬が泉の水を飲もうと歩いていた。


(いた……けど、黒い?)


 ユニコーンは白く美しい姿とは聞いていたが、目の前にいたのは黒い個体であった。
 通常の馬よりも一回りも大きい巨躯、極限まで絞られた屈強な肉体、黒曜石のように艶めく漆黒の肌、そして炎のように揺らめくたてがみ、それは雄々しく、ユニコーンとは別の方向で美しい生き物であった。


(あの角を採れば……)


 アベルは剣を取り出すと、木の陰から息を殺して仕留める機会をうかがった。
 そして、ユニコーンが水を飲もうと首を下ろしたその時、アベルが飛び上がりユニコーンに襲いかかった。
 狙うはその首筋、裂けば一撃で仕留められる急所だ。


 しかしアベルの剣がその首を捉えた瞬間、高らかにいなないたかと思うと、ユニコーンは襲来するアベルを思い切り後ろ足で蹴り上げた。


「ごふっ」


 その屈強な肉体から放たれる一撃はすさまじく、身体の小さなアベルはたまらず吹き飛ばされ、その勢いのまま地面を転がり込んだ。


「っ……」


 ユニコーンがゆっくりとこちらへと歩いてきた。
 そして、怒りと殺意をむき出しにし、アベルを睨み付けるようにその紅い眼を光らせた。


(強い……)


 ただの一蹴りであったが、アベルの気配を察し、目もくれず一瞬でその身体を蹴ったその技量、目の前のユニコーンは明らかに戦い慣れていた。


(でも、それでも、こいつを仕留めないと母さんが……)


 アベルとて退くわけにはいかなかった。剣と盾を握り直し、ユニコーンへと向かっていった。

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