魔界統一物語

たぬきち

出会い

「お願いします!!」

 少年が一人、路上で土下座をしている。

 黒髪に白い肌、少しあどけなさが残っていながらも整った顔、服装は冒険者のような格好だ。

 一見するとただの少年に見える。が、彼の額には小さな角があった。

 そう、彼は人間ではない。魔族である。

 そしてここは、数多の魔王が君臨し、覇を争っている魔界。

 その魔界の端の町、カモミール。それが少年が土下座している街の名前だ。

「お願いします! 一回でいいんです! 僕の求めるものであれば一生お仕えいたします!」

 彼の様子は必死の一言だった。しかし、道行く人は誰も彼もが無視である。

「どうした? なにか困り事か?」

 そんな少年に声をかけたのは一人の女魔族。旅人の格好をしている彼女は、少年のあまりに必死な様子につい声をかけてしまった。 

「…………」

 じっと少年は値踏みするように、彼女を見る。

 長い耳に褐色の肌、そして銀髪。ダークエルフだ。

 だが、腰に刺した剣から彼女がエルフには珍しい剣士であることがわかる。キリッとしたその顔は、かわいい系というよりは美人系だろう。

「謝礼しだいでは助けてやる……ん?」

 彼女がそう続けた瞬間、ダークエルフの胸に違和感が走る。

 疑問に思い、ふと下を向くと……少年の手が彼女の胸を揉んでいる。

「おっぱいを揉ませてください。あ、大きいですね」

 少年の顔は真剣そのものだった。一瞬、彼女が呆けてしまうほどに。

「……殺す」

 しかし気を持ち直したダークエルフは、少年の頭に剣を振り下ろした。躊躇も容赦も無い、完璧な速度と太刀筋だ。

 魔界では命の価値は軽い。少年だろうと容赦はされないのである。

 そう。ダークエルフは間違いなく真っ二つにするつもりだった。

「なっ……!?」

 しかし、振り下ろした剣は少年の頭で止まっていた。薄皮一枚斬れる事もなく。

 ありえない。物理に耐性のあるゴーレムなどの種族ならまだしも、相手は見たところ至って普通の魔族なのだ。

「あ、もういいです。お帰りください」

 少年はその間も一心不乱に胸を揉んでいたかと思うと、急に冷めた表情になり言い放つ。

「死ね」

 散々揉んでおきながらこの言い草である。少年のあまりにがっかりとした表情に、殺意を固めたダークエルフは、魔法を使おうとした。

 しかし、その腕が掴まれる。

 掴んだ手の先には一人の女性がいた。その女性も胸を押さえ、少年を睨んでいる。

 良く見れば少年の周囲の地面には、いくつもの魔法による攻撃を受けた痕がある。

「……無駄よ。こいつは不死魔族。寿命以外では死なないらしいわ」

 その女性はそう言うと手を離し、歩いて行った。

「不死魔族……そうか。お前が変態魔族、シオン・テンペストか」

 ダークエルフは少年、シオンのことを知っていた。いや、ほとんどの魔族が知っている事だろう。

 何故なら魔界のあちらこちらで胸を揉む不死魔族がいると噂が流れている。噂では魔王の胸すら揉んだらしい。

「僕も有名になったものですね。ま、しょうがないですけど」

 シオンはやれやれといった様子でため息をつく。

 彼の種族、不死魔族は他の魔族と比べ寿命が短く、百年ほどしか生きられない。

 だが、その間は何をされようとも基本的に死なない。

 焼かれても斬られても爆破されても、潰され……るとさすがに復活に少し時間はかかる……が、死なない。

 更に受けた攻撃に対し、耐性を持って復活する厄介な種族だ。しかし、そんな優れた種族でありながら、何故か彼らは魔王にはならない。

 十五歳になると自分で主を捜し、そして見つけた主を一生裏切らない。だからこそ、各地の魔王は不死魔族を重用している。

 しかし、彼シオン・テンペストの主の判断基準は胸だ。他の不死魔族が志や強さに惹かれる中、彼は自分が仕えるべき神の胸を探していた。

 当然、男の魔王は無視である。会うことすらしない。

 女の魔王も居たが、基本的に今度はシオンが無視された。

「なにはともあれ貴様は私の胸を揉んだ、その代償は払ってもらう!」
「代償と言われても……攻撃される位なら全然構わないですけど」

 剣を強く握り締めたダークエルフに対し、シオンは余裕の態度を崩さない。

 今まで散々斬られ、燃やされ、潰されてきたのだ。今更ダメージは負わない、そんな自信があった。

「なに……してるの?」

 殺意を迸らせるダークエルフの後ろから、小さな声が聞こえた。

 そしてそこから現れた声の主は、この世のものとは思えぬ程の美少女だった。

 長く、神聖な印象を与える美しい白い髪、透き通るような美しい肌、それらに反した黒いドレス、幼さの残る顔立ちでありながら、どこか蠱惑的な印象を与える美しい顔。

 美の要素すべてが、多を超越するレベルで混在していた。

「アリス様!? 出てきてはいけません! この者は危険です!」

 ダークエルフが慌てたようにアリスを庇いながら叫ぶ。どうやら彼女の主のようだ。

「アリス……。もしかして、クイーン・オブ・ヴァンパイアのアリス様ですか?」

 クイーン・オブ・ヴァンパイア。

 それはヴァンパイアの女王。万を超えるヴァンパイア族を従える魔王の中でも最強候補の一人だ。

「お初にお目にかかります。私は不死族のシオン・テンペストと申します。お会い出来て誠に光栄であります」

 立ち上がり、軽く胸に手を当てると頭を下げるシオン。

 それなり美しいその所作に、一応の礼儀は弁えているのかとダークエルフが剣を持つ手の力を少し緩めた……その時。

 シオンの手がアリスの胸へと向かった。

 もらった! シオンは思った。

 が。

「っいってええぇぇええええ!」

 気づけばシオンの左手は、細切れになっていた。遅れてシオンの血液が地面へと撒き散らされる。

 シオンはいったい何が起きたのかとアリスを見てみるが、ぽかんとしているだけだ。こちらではない。

 シオンがダークエルフの方に視線を動かすと、いつの間にか彼女の剣が抜き放たれていた。

「次は全身を細切れにする」

 ダークエルフは冷たい、胃の底から冷えるような瞳と声でそう言うと剣を鞘に戻した。

「申し訳ありませんでしたああああああああ!」

 またしても土下座するシオン。

 実は彼は痛みに弱かった。いくら再生するとはいえ痛いものは痛いのである。

 それもここ最近は高まった防御力のおかげでダメージを負う機会が無かった。

「……大丈……夫?」

 アリスが心配そうに血を未だ吐き出すシオンの傷口を見る。

 そして、同時に復活するシオンの右手。

「大丈夫です。流石アリス様はお優しいですね。その優しさをどこぞの褐色おっぱいにも分けて頂きたいものですが……あ、ついでに一つ胸を触らせては頂けないでしょうか?」

 風切り音が聞こえたかと思った瞬間、シオンの視界は真っ暗になった。

「……」

 叫び声を上げようにも声を上げるための器官すらも細切れである。

 夥しい血液と、肉片が地面を汚している。

「行きましょう。アリス様」

 ダークエルフの剣士は何事もなかったかのように先へと進もうとする。

 しかし、

「ベレッタ……待って。シオン? ……仲間に……する」

 アリスのその言葉に、ベレッタと呼ばれたダークエルフは思わず驚愕の表情を浮かべる。

「アリス様……この少年は明らかに変態です。今でも十二分に。更に成長すればその変態性もまた増していくかもしれません。危険すぎます。私は反対です」
「……でも……便利」

 そう言って指をさした先には、復活したシオンが立っていた。

「……なんで防御できないんですかねえ」

 そう言って右手を見るシオン。

 本来であれば一度斬られた右手は防御力が上がり、次は防げるはずだった。しかし、結果は細切れである。

「まあいいでしょう。それより、僕を配下にするおつもりでしたら、まずは胸を触らせて頂かないといけませんよ?」

 シオンとて馬鹿ではない。またいきなり手を伸ばし、細切れにされるのは勘弁である。

 本当に勘弁である。

「……いい……よ」
「なっ!? アリス様、お気を確かに!」

 ベレッタが慌てて止めるが、アリスは堂々とシオンの前に歩いていく。

「どう……ぞ」

 そして胸を張った。あまり実りのない胸を。

 シオンは悩む。まさか本当に触らせてもらえるとは思ってもみなかった。

 これが探していた胸なら問題はない……が、違った場合配下になるわけにはいかない。そして、そうなるとベレッタとかいうダークエルフが細切れにしてくるだろう。

 なぜかその攻撃を防げない以上、それは避けたい。シオンはそう考える。

 が、おっぱいの魅力には勝てない。胸の大小なんて大した問題ではない。大事なのは、張りとやわらかさのバランスである。

 ベレッタの固い筋肉おっぱいなど、おっぱいであっておっぱいではない。

「では失礼して」

 シオンはアリスのドレスに手を滑り込ませると直接おっぱいを揉んだ。正確にはつまんだというのが正しいかもしれない。揉めるほどの大きさはない。

「……殺す」

 ベレッタがとてつもない殺意を放っているが、アリスが手で静止しているため動くことはなさそうだ。

 その一方で、シオンもまた動きを止めていた。

 いつもの彼なら何度となく揉みしだいたはずだ。実際ベレッタの時も、文句は言いながらも何度も揉んだ。

 しかし、シオンの手はアリスの胸を一回揉んだ時点で止められていた。

 そしてその顔一杯に、驚愕と恐怖を浮かべていた。

 ――なんだこれは。

 シオンはアリスの胸に触れた瞬間、思わずそう心の中で呟いた。

 その柔らかさは触れた瞬間、溶けてしまっているかのように反発を感じない。

 ベレッタのような張りも、揉みごたえもない。が、この触れただけで消えてしまいそうなおっぱいは一体何なんだ。

 シオンは確かめるべく、もう一度揉もうとした。しかし、次触れたら壊れてしまうかもしれない、消えてしまうかもしれない。そう思うとその指は動くことが出来なかった。

 探し求めたおっぱいではない。だが、ある意味では究極ともいえるおっぱいだ。

 シオンは悩んだ。自分の理想を信じるか。それとも、この新たな神を信じるか。

 そして、

「……アリス様。不肖ながら私、シオン・テンペスト。一生涯を通じて、あなた様のお力となることを約束いたします。どうか、配下の末席にお加えください」

 シオンは手を引き抜くとすくさま片膝をつき、頭を下げた。

「……いい……よ」

 アリスは何も無かったようにそう言うとベレッタの方を振り向いた。

「……これからの……ことは……ベレッタに……聞いて?」

「はっ! 畏まりました!」

 シオンは立ち上がるとすぐさまベレッタの方へと向かった。

「ベレッタ殿! 度重なる不遜な行い、どうかお許しください! 今後は偉大なるアリス様の為、粉骨砕身、働かせて頂きます!」

 綺麗に九十度、頭を下げるシオン。

 その変わりように面食らったベレッタだったが、戸惑いながらも何とか答える。

「か、構わん。一度配下になった後の貴様ら不死魔族の忠義は知っている。これからは共にアリス様を支える仲間だ。こちらこそよろしく頼む」
「はっ! お許し頂きありがとうございます! ご指導のほど、よろしくお願いします!」

 顔を上げ、改めて深々と頭を下げるシオン。

「……ん?」

 しかしその手は、ベレッタの褐色おっぱいにあった。

「……やはり殺す」

 細切れになりながらシオンは、やっぱり固い筋肉おっぱいも悪くはない。僕が間違っていた。と反省していた。

 アリスの胸を揉んだあと残った言い知れぬ不安感を、見事に取り去ってくれたベレッタの筋肉おっぱい。

 そう。おっぱいに貴賎なしである。

 襲いくる激痛に悶絶しつつも、シオンはそう思った。

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