看板の無い花店

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3(終)話・ソフビのおもちゃ







どのくらい時間が過ぎていたのか解らないが目の前が真っ暗だった。
それもその筈‥顔も判断出来ない亡霊の様で、半透明でしか確認できない親子が花店の入り口でぶつかりそうになり、怖くて目を閉じたままだった‥。


数秒、数分、数時間‥?、
数日なんて事は無いと思ったが、とても長い間の真っ暗で恐怖の時間を過ごした後だった。
意識が我に戻った気がして、気がつけば閉じていた目から泪らしきモノも出ていたのを感じた。
目を力強く閉じすぎたせいか、その親子の姿を理解するのに迷ったか、何か嫌な事、悲しい思いをしたのかはわからないが、意識が戻るに連れて焦げ臭い匂いを感じられる様になっている。


".こ、この匂いは何だろう?‥"


そう思って、恐る恐る目を開けようとしたと同時に背中を何かで突かれて居るのを感じた、とその時‥


「ちょいと、お兄さん?もうえぇかのぅ?あとが閊えとるんじゃよ‥」


背中を突かれたと同時に聴こえてきたのは見ず知らずの老人の声だった。
振り返ると10人ほど並んで居る列の最初にぼくが居る。目の前には受付と書かれている‥、今居るココは弔問の列の先頭だった。


慌てて「ごめんなさい!」と
その場を退くと、隣にはシャッターが開いて奥にはお焼香を並ぶ列だった。目を開けたと同時に、それまでの花店の中の風景と親子は消えていて通夜の中にぼくは居たのだった。
ぼくは慌てるも少しだけ後退りして、しばらくそこを見守った。弔問には近所の人、この通りの人たちが大半で亡くなったのはこの花店の創業者であるおばあちゃんの通夜だった‥。


少しばかりかボーッと無気力で立って居ると‥
「あんた、早くに来たんだね?
誰から聞いてココへ来たの?!」
ぼくの母親が話しかけて来た。


「あー‥解らないけど‥
仕事帰りに何気なくココを通りかかって‥それからは覚えてないんだ。」


母親に答える言葉がいっぱいになって居た、あの親子の幻影の話すら出来ずにボーッとして居たからだ。
駆けつけた母親も受付を済ませたのでお焼香をしてから、一緒に帰宅する事にした‥。




そしてあくる日‥




昨日も帰宅してから、暫く昨日一日の事を思い出そうとしたが解らずそのまま就寝したので、目覚めてから思い出しながら考えていた。


どうやら‥会社帰りのバスの中で疲れていたらしく居眠りをしてしまい、そのバスに揺られてあの幻影の親子の夢を見て、無意識に降りるバス停を早めて商店街へ向かって弔問に訪れたらしい事が解ってきた‥、
この日は不思議と、何時もは滅多に選ばないシックな黒系のネクタイを何気なく選んだ事を思い出した。


虫の知らせか、風の知らせと言うのか‥偶然にしてはうまく行った足の運びで、誰にも聞くこともなく、自足で向かって行ったから少々気味が悪かった。


あとから母親に聞いた話では‥
亡くなった花店の店主は、
母親が若い頃の花道のお師匠さんで、その後も親しくして居て、結婚の仲人も引き受けてくれたらしく、
ぼくが生まれてから赤ん坊の頃も面倒を見てもらい、父親が不景気で職が無くなり転職、共働きする様になってからはたまにしか訪れてなかったらしくここ数年は顔も見に来れて居なかったらしい‥。


そう言えば、ボーッとしてお焼香に並んで居て曖昧な記憶だけど‥、
花店へ嫁いだお嫁さんの息子さんが手に持って居た戦闘ロボットのソフビのおもちゃはどこかで見た事があった様な‥


今でも不可解で、ちょっと不思議な昔からある駅前商店街での数日だった。








おわり



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