魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す

しーとみ@映画ディレッタント

マノンの苦悩

「いえ、こちらこそ。迷惑じゃなかった?」
「とんでもない! トラブルシューティング、お見事でしたわ。父も大助かりだったと伝えてくれ、とのことでした」


 事情を知らないエステルが、「どうしたの?」と尋ねてくる。


「通訳のお仕事をした」 


 エルショフ商会の運営する道具屋に、年老いた東洋人が来た。不要品の刀を売りたいと。
 だが、店員は相手の言葉が分からなかった。
 老人は腕こそ確かだったが、ド田舎の出身で、世界共通語を学んでいなかったのである。


 そこで、たまたま通りかかったマノンが通訳をしたのだ。それにより、刀をうまく取引できた。
 セラフィマは、マノンの交渉力を高く評価してくれている。


「なんでまた、こんな敵に塩を送るようなことを」
 不愉快さを隠さず、エステルは口に出す。


「でも、困っていた」
「いくら優しいマノンでも、こんなヤツに従う必要はないのよ。マノンは、もっと大きなコトを成し遂げられるはずだわ」
「事件に大きいも小さいもないから」


 観念したのか、エステルも苦笑いした。「まあ、それでこそマノンよね」


 セラフィマは、まだ何か用事があるようである。


「そこで、ものは相談なのですけれど、うちで働いてくださらない? もちろん、待遇はよくさせていただきます」


「で、でも、わたしは」


 マノンは冒険者として活動したい。
 地に足をつけて定住もいいだろう。
 しかし、マノンはもっと広い世界で、誰かの役に立てればと考えている。


「正直に申し上げて、あなたは冒険者としては」
「それは、自分が一番よく分かってる」


 マノンは万年ビリで、エステルに勝っているのは背と胸だけだ。
 マノンにはエステルのシュッとした体形の方が羨ましい。
 実力も、今のままではエステルの足を引っ張ってしまう。


「それはセラフィマが決めていいことじゃない。マノンが決めることよ!」
「あなたは口を挟まないでくださる? ドゥエスダンさん?」


 またも、エステルとセラフィマとの間に火花が散った。


「現にマノンさんは、冒険者『以外』の功績の方がよっぽど高いですわ。学業面においては問題なし。たしかに冒険者の夢は大事でしょう。ですが、自分に相応しい職業があるはずですわ」


「それこそ、マノンが自分で決めるべきだ、って言ってるの!」
 エステルが壁を叩く。


 毎度のことなので、学友たちも二人のケンカを気にも留めない。


 マノンが間に入って、「二人ともやめてよ」と遮る。


「ごめん、セラフィマ。わたしはまだ考えたい」


「承知しました。とにかくマノンさん、ご自身のことをよくお考えになって。ただし、冒険者だけが人生ではありませんことよ。では、ごきげんよう」
 コツコツとヒールを鳴らし、セラフィマは自分の教室へ。


「マノン、気にしなくてイイからね」
「ありがと」


 エステルの気遣いはありがたい。だが、甘えるわけにもいかなかった。


 いつか、祖父のような冒険者になって、世界中を旅して回りたい。
 見知らぬ誰かを助けられるような冒険者に。


 なのに、自分は同じ所で足踏みをしている。

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