魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す

しーとみ@映画ディレッタント

犬とジャレス

 胸にある銅製のバッジから、身元も分かった。彼は冒険者だ。


 異種族だろうが、登録すれば冒険者になれる。


 バッジには「ジャレス・ヘイウッド」と書かれている。
 一級冒険者しか取得できない、Aランクだ。
 そんな凄腕が、犬とハムを取り合っている。


「ジャレスさん?」
 マノンは、刀を抜く。斬、とハムを均等に斬った。


「おっとっと」
 ジャレスは後方に転がっていく。


 犬が川に落ちかけた。


「危ない!」
 駆け寄ったマノンは、小犬をスライディングでキャッチした。が、自分が川に落ちてしまう。


「大丈夫か?」
 川沿いから、ジャレスが手を差し伸べてきた。


「平気。ありがと」と、マノンはジャレスに引っ張ってもらう。


 しかし、ジャレスの死守したハムは。犬の胃袋へと消えていった。


「見苦しいところを見せたな」
 ハムのないバケットサンドに、ジャレスはかじりつく。


「すまん。せっかく斬ってもらったのに、両方とも取られちまった」


「じゃあ、どうぞ」 
 犬を抱き上げたマノンは、自分の昼食として買ったハムサンドをジャレスに渡す。


「そいつは悪いぜ!」


「いいから」
 遠慮するジャレスに、マノンは強引にサンドを渡した。


 犬はマノンの顔をなめ回す。


「ったく、犬は苦手なんだよ」
 なんだかんだ言って、犬とじゃれ合う担任の顔を窺った。


 優しい目だ。
 なんだかんだ言って、この地で名物のハムを、惜しげもなくあげる。
 きっと優しい人なのだ。


「どうした、マノン?」
 ジャレスと目が合う。


「べ、別に何も」


「そっか。じゃあな」
 ゴブリンは、なぜか学校のある方へと駆け出す。


「そっちは、冒険者学校だけど?」


「そうだったな。礼をしたいんだが、ちょっと用事があってな。すぐに会えると思うぜ」




 ジャレスと別れて、マノンは少女の元へと急ぐ。


「遅かったわね。って、ずぶ濡れじゃない」


「川に落ちちゃって」


「ケガはないわね。ちょっと待ってて」と、エステルは、マノンの前で両手をかざした。


 マノンの制服が、あっという間に乾く。


「ゴブリンの冒険者さんに、手伝ってもらって」


「ゴブリンね……」
 わずかに、エステルは不快感をあらわにした。
 ワケあって、彼女にとってゴブリンは天敵である。


「ありがと」
 無事に犬は見つかって、少女からお礼のアメ玉をもらう。


 二人して、アメ玉をなめながら歩く。


「犬を見つけたのだって、変な力のおかげなんでしょ?」


「うん。手伝ってもらった」


 マノンの中には、幼い頃から精神的に同居している、別の人格がいる。


「大丈夫なの? あんたは、まだマノンなのよね?」
「平気。もう一人のわたしは、わたしの人格を奪うことになんて興味ないから」


 多重人格者のように、無意識に入れ替わったりはしない。
 人捜しなど、自分一人で解決できそうにない事態になったときのみ、別人格の力を借りるようにしていた。
 そうやってマノンは別人格と共存している。


「だといいけど。いつかはどうにかしないとね」


 この症状とは一生向き合わなければならないのでは。そう思えてならない。


「ねえ、そのゴブリンって知り合い?」


「一回会っただけ」


「マジで! 何もされなかった?」
 マノンの両肩を掴み。エステルが激しく問いただしてくる。


「気をつけなさいよ、ゴブリンって弱そうに見えて、怖いんだから」


「わたしが会ったゴブリンさんは、。優しそうだったよ?」


「そこにつけこんでくるのよ! あーもう、マノンがゴブリンに籠絡されるなんてーっ!」
 頭を抱えて、エステルがうなりだした。


「なんでもないから。ほら、早く行こ」


「そ、そうね」 
 そんなに急ぐ時間でもないが、話題を切り替えるために学校へ向かった方がいい。


 にしても、ジャレス・ヘイウッドの言葉が引っかかる。


「近いうちに、また会える」とは?

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