それでは問題、で・す・が!

しーとみ@映画ディレッタント

2-1

土曜日、僕たちは部活を中断して、親睦会を開いた。

食事場所は、僕が希望を出して、喫茶店に。
古めかしい喫茶店は、和菓子屋で買い物をするときよく目にしていた。一度入ってみたかったのだ。
木製の扉を開くと、ドアベルが出迎えてくれる。
老人のマスターが、コップを拭きながらカウンターから笑顔を送ってくれた。
テーブル席に案内され、各々がメニューとにらめっこする。どれもおいしそうで、みんな悩んでいる。
「えっと、オムライスがいいです」
嘉穂さんは決まったようだ。続いて湊、やなせ姉も決まったらしい。
のんだけが、何か首をかしげている。
「亀山って何だろ?」
「頼んでみたらわかるよ」
「じゃあ、オイラ亀山」
のんは、のんが、未知なるメニューに目を奪われていた。

全員にジュースが行き渡り、僕は立ち上がる。
「えーっと、クイズ番組研究会ですが、まずまずの出だしと言うことで。乾杯!」
僕の合図と共に、全員のグラスが持ち上がった。

番組研究部だが、かなり評判がいいという。
湊やのんがボケ回答などで進行が止まり、どうなるかと思った。
しかし、視聴者側から「問題を解く猶予を与えている」と解釈されたらしい。
なんというか、見ている人が楽しんでいるならそれでいいか。

「あれから、オイラも自分なりに勉強はしているのだ。ほれ」
問題集をカバンから取り出し、決め顔を見せる。これは前回、番組件でも広げていた問題集だな。
しかし、残念としか言いようがない。
「悪いけど、これはクイズ番組研では使えないな」
「なあ!?」と立ち上がり、のんは抗議する。
「どうしてなのだ? オイラ結構読み込んでいるのに?」
確かに、問題には付箋が貼られていたり、アンダーラインでびっしりだったりする。
しかし、番組で使えない問題ばかりなのは事実である。
「だってこれ、一般教養問題集だろ?」

一般教養問題は、クイズ番組ではタレントが解答する分には使える要素がある。いわゆる「オバカタレント」を起用した時に、ようやく効果を発揮するのだ。
しかし、番組研では使うつもりがない。問題があまりにも一般的すぎるからである。

「のんはオバカ要素があるワケじゃない。そこそこ勉強もできるし。けれど、番組研で取り扱うクイズは、『もう少し専門的な要素を含む』方が好ましいと僕は考えているんだ」
「思ったんだけど、クイズ研や番組研で出すクイズと普通のクイズって何が違うのかな?」
湊がもっともらしい質問をした。
「僕たちやクイズ研が出すクイズには、一般教養は意味がないんだ。むしろ専門的な知識が要求される。そこで、僕は一般教養から少しズラして、出題をしているんんだよ」

しかし、そればかりだと難しい。
ズラし加減を間違うと、全く興味の無い問題を出題して、場を白けさせる危険がある。
いかに興味を持って貰えるレベルの知識を要求するか。これが大事だ。
世間よりちょっとズレる事に、人を混乱させる真髄があると考えている。
少しだけズラしてあげるだけで、簡単に人は迷う。
難しく、かといって専門的になりすぎず。

「その線引きは難しいけどね」
世間の常識から外しすぎると、あまりにも先鋭的になりすぎて面白みが半減してしまう。
「奥が深いのだ」
のんの言うとおりだ。その奧深さこそ、クイズが今まで廃れなかった理由なのではないか。
「福原は、どんな気持ちで問題を考えてる?」
「うーん。知らない誰かに知って貰いたい、って欲求で書いてる」
意味が分からないのか、皆が首をかしげる。

クイズ番組、特にクイズマニア向けの問題や知識は、基本的に誰からも知ってもらえない。
僕たちが発掘しなければ日の目を見ず、興味のない人から見たら、どうでもいい問題だ。

「そういった問題に、僕たち出題者がスポットライトを当てる感じかな? 誰かが必ず知っているはずなんだ。答えをさ」
「詩人みたいで、かっこいいです」
これ以上ない絶賛を、嘉穂さんから受けた。
「とんでもないよ。僕なんてまだまだで。出題のセンスがいい人が羨ましいよ」
ここのところ、ずっと頭を使っている気がする。
「ところでさあ、やなせ先輩って、クイズ研では事務担当なんだよね?」
変わって、やなせ姉の話題に。
「そうだねえ。ワタシ、クイズ得意じゃないし」
湊に驚きの表情が浮かぶ。
「驚いた。てっきり、クイズが得意だから副部長をしているのかと思った」
「クイズ研が誰でもクイズ好きってわけでもないよ。部活だし、相手は学生なんだし。色々な人がいるよね」
「売ろうしているみたいだね、先輩も」
「そうなの。生徒会役員も兼任だしさ。どうも、よくできる人と思われるみたいで」
本人の顔は、あまり嬉しそうじゃないけれど。
「こっちは晶ちゃんと遊びたいから、チャチャーッとお仕事終わらせたいだけなのに!」
酔っ払い様な愚痴を、やなせ姉が零す。

どうしてこんな自分勝手な人に、クイズ研の副部長が務まるのかというと、事務処理能力が高いから。
やなせ姉はふざけているように見えて、周りをちゃんと見ているしっかり者だ。僕たち番組研に、イベント内容を提案するだけの企画力もある。

「得意なクイズとかあるのかい?」
「えーっとねえ、イン○○クイズかしらね?」
答えたとき、やなせ姉はスマホを弄り、自分で不正解ブザーを鳴らした。
「淫○○!?」
「うわあ、なんかえっちぃぞ!」
湊も「ああ、尋ねたウチが悪かったよ」と、顔を逸らす。
「やなせ姉、あんた何やってんのさ!」
「いやね、聞かれたから答えただけよ?」
僕が抗議すると、やなせ姉は縮こまって舌を出す。
「あの、本当は何クイズがお好きなんですか?」
「もう一回言うね。○○トロクイズよぉ」
また不正解ブザーを鳴らし、言葉を伏せた。
「○○トロ!?」
嘉穂さんの頭から湯気が出ている。
「うわあ、えっちぃのから急にばっちぃのに変わったぞーっ!」
「これは、想像以上にアブノーマルだね……」
食べるところで出す話題じゃない!
「イントロクイズだよ!」
業を煮やした僕が代わりに答える。
「何だ。イントロクイズかぁ」
「それは、わたしには難しいかも」
自信なさげに嘉穂さんは言う。
僕の分析だと、嘉穂さんは芸能音楽に疎い。
「昔から変わった人なのだー」
数分後、料理がやってきた。
「うわ、これ、ぜんざいじゃん」
のんの前に出てきたのは、汁なしの粒あんがかかっている餅だ。
「京都では、こういうタイプのぜんざいを、亀山って言うんですよ」
嘉穂さんが熱心に説明をした。
「お餅がおっきいのだ。お得なのだ。もぐもぐ」
ゴテッとした粒あんごと、のんは豪快に餅を頬張る。聞いちゃいねえ。
「そういえば、お汁粉とぜんざいの違いって、なんなんでしょう?」
「ああ、実は、分からないんだ」と、僕は首を振った。
かわりに湊が答える。
「と、いうより、違いが多すぎるんんだよね。そもそも関東と関西で概念から違うんだ」
関東では汁の多さ、関西は使用する持ちで、名称が変わるらしい。
「よくご存じですね、湊さん?」
「実家が関西だからね」
また、関西でぜんざいと呼ばれていても、関東だと田舎汁粉って呼ばれることも。
「何が問題でもあるんでしょうか?」
「クイズにならないんだ。答えが複数あるから」
正確な名称の違いを説明できない問題は、何を正解にすべきか困難になる。
合点がいったように、嘉穂さんが頷く。
「随分と曖昧なんですね」と、嘉穂さんが感心しながら僕の説明を聞く。
他のメニューも運ばれてきた。
嘉穂さんの前に、オムライスが置かれた。ふんわりとした半熟玉子が、チキンライスを包み込んでいる。いわゆるソフトオムライスだ。

「あ……」
どうも、嘉穂さんの様子がおかしい。オムライスを見つめ、考え込んでいる。
オムライス自体はとてもおいしそうなのに。

「あっ、なるほど」
手を叩き、僕は閃いた。マスターを呼んで、ある頼み事をする。

「それと、これは僕が食べますので」
「かしこまりました。すぐに別のものをご用意致します。もう少々お待ち下さいね」
慌ててマスターが急いで厨房へと引っ込んでいく。
「すいません、ワガママを言ってしまって!」
嘉穂さんは、マスターにひたすら謝っていた。
「いえいえ、結構ですよ」
すぐに、別のオムライスを運んできた。手にケチャップのチューブを持って。
今度のオムライスは、半熟ではなく、薄く焼かれた玉子に包まれている。嘉穂さんの前に、赤いチューブ状の調味料と共に差し出された。
「本来、この形は賄いで作るんですが、こちらの方がお好みなのでは?」
老紳士が言うと、嘉穂さんは顔を赤らめて「はい」と頷く。
「やっぱりね」と、やなせ姉は確信を得たように唸った。
「ありがとうございます!」と、嘉穂さんは礼をする。
老紳士は「ごゆっくりどうぞ」と、カウンターの奥へ。

「わあい」と嘉穂さんは子供のようにはしゃいで、ケチャップのフタを開けた。
まるで子供のように、赤い軌道を描きながらはしゃぐ。

「なるほど。チューブケチャップで絵を描きたかったんだね」
やなせ姉の推理通りだ。
「そう。ソフトオムライスだとこうはいかないものね。絵を描けなくはないけど、もうケチャップが掛かっていたし」
嘉穂さんのオムライスには、丸い顔の動物が描かれている。タヌキかな?
「それは何なのだ?」
「ネコさんですぅ」と、嬉しそうに嘉穂さんは語る。
エキセントリックなネコさんがスプーンで崩され、嘉穂さんの胃袋へと消えていく。
「へえ、気を利かせられるんだねえ。お姉さん感心しちゃうなあ」
やなせ姉が茶化す。

ボクの中に、何かが閃いた。
さっきのぜんざいといい、オムライスといい、何かがボクの頭を刺激する。

「どうしたのさ、福原。思春期をこじらせたような顔をして?」
「いやね、似て非なるものでクイズが出せないかなって考えてたんだよ。そしたら、オムライスとソフトオムライスがどう違うのかを導き出せるかなって」

猫さんの絵が描かれたオムライスを頬張るのを横目で見ながら、ボクは思考した。

意味が分かっていないらしく、嘉穂さんは自分のオムライスとにらめっこをしている。

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