ましろ・ストリート

しーとみ@映画愛好家

完:ましろストリート

本番の合図と同時に、ライダースーツ姿で、ましろは崖を転げ落ちる。

ダメージを負わないように、それでいて大胆に。スタントマンは、恐れていては務まらない。

「カット!」
マットに無事到達したところで、監督が叫ぶ。

「はいOK! ましろちゃん、今日もいい落ちっぷりだったよ!」
監督からOKが入り、撮影が終了する。

ライダースーツとヘルメットを脱ぐと、見慣れた女性が立っていた。

「長谷川さん!」
いたのは、長谷川茜だ。黒いパラソルを差して、秋らしいロングスカートを穿いている。

「お久しぶり、大河ましろさん。調子はどう?」
「お陰様で、首はつながっています」

ホワイト・ティグリスは、それなりに成功した。視聴率もDVDの売れ行きもまあまあ。

だからといって、ましろがスターになったわけではない。平常運転である。
観客はあくまでもティグリスのファンであり、ましろのファンではない。

「格闘家にも、進出したって聞いたけど?」

はい、とましろは照れ臭そうに返す。

長谷川茜を倒して数日、未だにましろの仕事はスタントマンばかりだ。

格闘家としては名を上げたが、ドラマで主役を張るような仕事はちょっとだけ入って来た。
格闘王座を手に入れて名前が挙がったとは言え、自分はまだまだ発展途上の身である。

地力を付けていかねば、すぐにでも追い抜かれてしまう。女優の道は厳しい。

「どちらもまだまだです」

「でも、あなたならきっとすごい女優になるわ。誰よりも、私よりも」

「そんな、茜さんと越えるなんて」
憧れていた女優にベタ褒めされて、ましろは頭を掻く。

「卑屈にならないで。私だって、まだまだ伸びしろがあるわ。見て」
茜は膨れた頬を見せた。

先日、茜はジゼル南武とリング上で試合をして、ド派手に負けたのだ。

頬の晴れを見せたくなくて、パラソルを差していたらしい。

「やっぱり、プロレスやってる時のジゼル南武は強いわね。敵わない。どうやって倒したのか、忘れてしまったわ」

自分を納得させるように、茜は呟いた。母親に憧れる娘の顔で。

「あの、ジゼル南部さんとは」
触れようかどうか迷っていたが、尋ねてみた。

「まだまだケンカばかりよ。それでも、憎み合っているって訳ではないと思う」

この家族も、これからなのだろう。
ケンカだって、失った年月を取り戻すための、いわば儀式のようなものだ。

「でもね、私、今とっても清々しいの。きっと、無心で母に挑んで負けたからだわ。あなたのおかげよ。あなたが無欲に闘うことを教えてくれたか」
晴れやかな顔で、茜は礼を言ってきた。

「そんな、わたしは……」

「じゃあ、もう行くわ。これから、私も撮影なの。龍子にもよろしくね」
ましろの声を聞かずに、茜はきびすを返した。

「茜さん!」
声を振り絞って、ましろは茜に呼びかける。

言葉が、すぐには出なかった。
何を言おうかなんて考えないで、呼び止めたから。
ただ、何か一言、言葉をかけたかった。

茜が、すぐに振り向く。
「次に会うときはリングの上だと思って。次は、負けないから」

「わ、わたしだって負けませんから!」
頭を下げて、茜を見送る。

その背中からは、彼女を覆っていた張り詰めたような空気が、すっかりなくなっていた。

まだまだ、自分は発展途上だ。
それでも、ましろは突き進む。
今から目標を明確化しなくていい。
この際、なんだってやってやろう。
崖から落ちろと言われたら落ちるし、窓から落ちろと言われたら落ちる。

だが、誰かに指示されたからでなく、自らの意志で。

撮影を終え、ましろは監督に呼ばれた。
「ましろちゃん、次のドラマ、また主役なんだけど、いいかな?」
監督が台本を差し出す。

「はい! よろしくお願いします!」
ましろは台本を受け取って、ページをめくった。

(完)

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