ましろ・ストリート

しーとみ@映画愛好家

ましろ、絶体絶命! そのとき!

両者が、地面に踏ん張って吼える。
熊の拳と、虎の拳がぶつかり合った。

後ろへと吹き飛ばされそうになる。
だが、下がらない。退けば食われる。もう、小細工は通用しない。

丸太のような拳が、ましろの顔めがけて飛んでくる。
掌打で受け流し、カウンターの肘を見舞う。

肘が、クローディアの目の下を突く。
柔らかい頬の感触が、肘越しに伝わった。

こんなかわいい顔をしているのに、なんてパワーのある拳法を使ってくるのか。

見とれている場合ではなかった。
脇腹にいいパンチをもらう。
思わず嗚咽を漏らすところだった。

「やああっ!」と、声と共に呼吸を正す。
掌打が、クローディアのアゴをとらえた。

それでも、彼女の脳を揺らすには到らない。岩のように重い右拳が、至近距離で打ち込まれる。

鼻を強打し、両目に涙が溜まった。視界がぼやけたが、まだだ。

追撃の左アッパーが、ぼやけて見える。
拳に膝を打ち込んで迎撃した。
クローディアが、左掌打を出すのを、左手で払う。
右ジャブが迫った。
左手の掌底で撃ち上げる。
左掌底を打ち込んできたのを、裏拳で撃ち落とす。

腕を回転させるように、クローディアが右拳、左拳を交互に打ち込んでくる。

お返しに、ましろは全ての連続パンチを打ち払う。

『おっと、ピサロ選手、藤代銀杏を彷彿とさせる豪快な連続攻撃! ティグリス選手も逃げずに迎え撃つ!』

打撃は苦手ではなかったのか? と思わせる程、合わせてくる。
互いの掌打同士がぶつかりそうになった。

クローディアが、ましろの手の平を掴んだ。
掌底同士もぶつかり、手四つの状態へ。

腕を下に降ろして、クローディアがましろを持ち上げようとする。

「まだです、マシロ。もっとぶつかって下さい」

一瞬、ましろの身体が宙に浮きそうになった。だが、ましろは踏ん張る。

「わかってる! こんのおお!」
ましろは腕が引きちぎれるくらい、両腕に負荷をかけた。

一〇〇キロ近いクローディアの身体が、持ち上がっていく。

クローディアを持ち上げた体勢から、ましろは宙返りを行った。オーバーヘッドキックが、アゴを的確に捉えた。

手が離れ、クローディアが後ろへ吹っ飛ぶ。

ロープの反動で、クローディアが再起動してきた。
特にダメージは受けていないように見える。エネルギーが脂肪で吸収されてしまったらしい。

だったら、これを見舞う。
ましろは、クローディアの頭を、右脇に挟み込んだ。勢いを殺さず、一回転する。

クローディアの後頭部が、マットに突き刺さった。

『あっと、三日月! ティグリス選手、戦友であるムーンドラゴン選手の技を披露! ドラゴン選手の旧友、キュンキュンピサロに浴びせました!』

これでダウンを奪う。

しかし、ましろがニュートラルコーナーへ移動しようとした瞬間、太股を掴まれる。

既に、クローディアは起き上がってきた。
頭の上にいるましろを抱え上げながら。

「見事です。マシロ。身体の大きいあなたに、蒼月流の投げは難しいデス。そのせいで、パワーがない」

本来、三日月は両名の重力がゼロにならないと効き目が薄い。
しかし、クローディアの体重は重すぎた。一回転してもクローディアの身体が浮かず、威力が削がれてしまったのだ。

「でも、本当の勝負はそうじゃないです、マシロ! ユーの全力、ユーの技を受けて耐えてこそ、ミーはサイキョーになれます!」

とはいえ、ここまでクローディアは強かっただろうか?
準々決勝のときより、強くなっている気がする。

「ミーの考えているとおりですよ、マシロ」
「わたしの思ってたことが、わかるの?」
クローディアは首肯した。
「ミーは、トレーニングを受けたです。相手は、ジゼル南武。アカネも、トレーニング受けた」

あれだけ嫌っていた母親を相手に教えを請うたのか。
あの凶器じみた強さの理由が分かった。
茜も、必死なのだ。

「みんな、同じです。みんな勝ちたい。ユーに。誰もユーを、マシロを恐れている」

そこまで、自分が相手にとって驚異だというのか。
こんな平凡ファイターのどこに、相手を怖がらせる要素なんてあるのだろう?
せいぜい相手の技が模倣できるくらいだ。

自分はスタントマン時代が長かった。
だから、相手の動きをトレースする必要がある。トレース技は、その副産物に過ぎない。

三日月だって、それによって繰り出して……だからだ。
今の三日月に、心までこもっていただろうか。「絶対に勝つ」、その気持ちまで。

一瞬で、視界が反転した。
リングが逆さまに見える。
重力に従って、頭に血が上っていく。

「これがミーのフィニッシュ、ジャック・ハマーッ!」

クローディアがましろの身体を抱え込みながら、マットへ沈める。

頭を強く打ち、意識が途切れそうになった。

レフェリーのカウントに混じって、生徒たち以外の歓声が聞こえてきた。

負けるな、立ってくれと、ティグリスを励ましてくれている。
以前、自分を見に来てくれた子供たちだった。

みんな、心配したような表情だ。
ヒーローが倒れたら、子供たちにこんな表情をさせてしまうのか。

そうだ、自分は子供たちのヒーローだ。立たなければ。
踏ん張って、目一杯踏ん張って、立ち向かう。

ティグリスは、ここまで愛されていたのか。ハッキリ言って、ニッチ層を狙った特撮番組だ。
ここまで子供たちに人気があるとは考えていなかった。

ピサロのボディブローが、ましろのみぞおちに向かってくる。

身をかがめ、直撃を阻止しなくては。

「ましろ、跳べ!」
ロープの向こう側から、ましろを呼ぶ声が聞こえた。
「龍……子?」

ましろは、龍子の声に反応し、跳んだ。
クローディアの両肩に手を置いて、跳び箱の要領でジャンプ。
「そのまま首を挟み込め、ヘッドシザーズ」
「分かった!」

身体が勝手に動いた。まるで、龍子の魂が乗り移ったかのように。

クローディアをマットに叩き付け、声のした方を向く。

視界の先には、包帯まみれの龍子が。

「しっかりしろ、ましろ! まだ勝負は付いてないぜ!」
ロープを揺らしながら、龍子は、こちらを気にかけてくれている。
来てくれたのだ。
激闘の傷が癒えていないのに。


「ケガはもういいの? それに、その子たちは」
聞きたいことは、山ほどあった。
「あたしが呼んだんだ。それにさ、あんたが苦しんでいるときに、寝てられるかっての」
龍子はサムズアップをする。

かみ合わなかった物がカチッと合わさったような、スッキリした気持ちになった。

何が目的で立ち上がった? クローディアと戦う為だ……いや、違う。

目的なんか、ない!
ただ自分は、終わらせたくなかった。
ずっと、戦いに明け暮れたい。

戦うことでしか、動くことでしか、分からないことだってある。

――戦わないと、おかしくなってしまう。
――仲良くなることは、戦うこと。互いを知ることは、戦うこと。

ましろは、疑問に感じていた。
戦うことに、どうして理由が必要なのかと。

その疑問を、クローディアは身を以て証明してくれた。

戦うことで、自分を解放しているんだ。
自分とクローディアは、同じ。
答えは、戦いの中にしかない。
むしろ、戦いこそ答え。

誰かの為だとか、自分のアイデンティティを維持する為だとか、そんな煩わしい理由のために戦うんじゃない。

そもそも、戦いに理由を求めること自体が、ナンセンスだったのだ。だから、答えが出ない。

自分は、自分のスタイルで戦う。
ただ、戦いたい。本能のままに。

だって今の自分は虎(ティグリス)だから。
魂が命ずるままに戦う、白虎なのだ。

「おお!」
雄叫びを上げ、ましろは深くしゃがむ。
いや、真横に倒れ込んだ。
マットに沈む瞬間、左手を地面に突く。

「はいいい!」

寝転がるスレスレの体勢から、突き上げるようなドロップキックを見舞う。
クローディアがよろめく。

「龍子、久しぶりにセコンド、来てくれたね」
「こいつら、ましろが一人のときばかり狙ってた。あたしのアドバイスを恐れてだ」
「けど、どうしよう。レイジも三日月も、クロちゃんには通用しないよ。あの分厚い筋肉が全部ダメージを吸収しちゃう」
「だったら、カウンターだな」

そんな簡単に言われても。

「あんたは、なんの為に蒼月流を学んだ? あたしのモノマネをするのが目的か? 違うね。あんたの辛い修行は、今日、この日の為にあったんだ」
「蒼月流を、クロちゃんに打てってこと?」

自分は、蒼月流を学んで、まだ日が浅い。
付け焼き刃の拳法で、クローディアの装甲のような肉体を貫けるのか。

「あいつは勝利を確信している。そこに必ずスキが生まれるさ。ほら、来たぞ」

振り返ると、クローディアが掴みかかってきた。
またグラウンドに持ち込まれるかと思えば、身体をひっくり返される。

天地が逆転した瞬間、投げ飛ばされた。クローディアの必殺技、ジャック・ハマーだ。

肺の中の空気が失われ、再び眼を回す。
ましろはマットで大の字になったまま、動けない。これまでか。

クローディアが、ロープを登っていく。コーナーを登り切り、ジャンピングセントーンが飛んできた。
高い。まるで崖から振ってきた岩だ。

そこで、思わぬ死角を見つけた。
「今だ、ましろ!」

ここだ。
クローディアは完全に腰を曲げ、背中を向いている。
勝負するなら今しかない。

ましろは逆立ちで立ち上がり、そのままクローディアへ拳を突き出す。
クローディアが、一瞬だけ振り返った。しまったという表情をする。

「セントーン、敗れたり!」
ましろは渾身の正拳突きを、クローディアの背中に叩き付けた。

『あっと、ティグリス選手、セントーンを繰り出したピサロ選手にパンチを叩き込んだ!』

クローディアの身体が、ズルリと落ちる。巨体が、マットへ深々と沈み込んだ。

クローディアは立ってこない。
ゴングが鳴るまで、ましろは自分が勝ったと自覚できなかった。

「できた。わたしにも、蒼月流が」

「ましろ!」
耳元で龍子が何かを言っている。
龍子に声をかけられ、ようやくましろは勝利を自覚できた。

レフェリーがましろの手を上げようとする。
ましろは、龍子の手も持ってもらうように告げた。
審判に腕を上げられ、龍子の顔に苦笑いが浮かぶ。

龍子と一緒に勝つ。
その思いが掴ませた勝利だった。
もし龍子がいなければ、自分は諦めていただろう。

「ナイスファイト、マシロ」と、クローディアがハグを求めてきた。
「アンド、ナイスアドバイス、リンコ」
ハグに応じ、龍子もクローディアと抱き合う。

満足げに、クローディアは引き上げていく。かと思えば、急に立ち止まった。

「アリガトウ、皆さん。では最後に」
クローディアは、両腕を広げる。
「ノオオオオ、フューチャーッ!」
両手で×印を造り、客と一緒に、いつもの決めゼリフを行う。
「センキュー皆さん!」

ましろは、いつまでもクローディアの背中を見送った。

『さあ、準決勝、大方の予想を覆し、ティグリス選手がキュンキュンピサロを下し、決勝へと駒を進めました。では、一週間後の決勝戦でお会いしましょう!』

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