ましろ・ストリート

しーとみ@映画愛好家

龍子、過去を明かす

「それじゃ、お互い準決勝進出を祝って」
龍子がコーラを、ましろがオレンジジュースを取って、グラスを鳴らす。

龍子の誘いで、ましろは昼食を取っていた。なじみだという喫茶店で、龍子にご馳走してもらっているのだ。

目の前に、チキンやパスタ、ピザが並べられる。
「ドンドン食べてくれ。おれ、あたしのおごりだから」
龍子が、皿にパスタを盛って、ましろへ差し出す。
「デザートもあるからさ、遠慮なくどうぞ」
「ありがとう、いただきます!」

職業柄、外食は多いが、こんなに豪勢なのは初めてかもしれない。

「ん、なにこれ、甘い!」
オススメだと勧められたナポリタンは、ケチャップ味なのに甘く、酸味もきつくなくて口当たりがよい。
苦手なピーマンが、こんなにおいしく思えたのは初めてだ。

「クロちゃんにも食べさせてあげたいな」
「まだ入院中だろ? 大丈夫だ、あいつは。殺しても死にそうにない」
「だといいけど」

あれだけの事故が起きたにもかかわらず、クローディアの身体は問題なかったらしい。
驚異的な回復を見せたが、念のため療養を続けるという。

「すっごいおいしいよ、龍子。よくこんなおいしいお店、知ってたね?」
話を振られた龍子はというと、口の周りをケチャップまみれにして、ナポリタンをかき込んでいる。
「あたしじゃなくて、マキ会長が連れてきてくれたんだ」

日本に来たてで箸さえロクに使えなかった頃、箸がなくても食える店だと聞かされ、よく連れてきてもらってたらしい。

ビル街の片隅にある小さな店で、内装も落ち着いた感じである。昼食時は混雑すると言うが、今は放課後でピークも過ぎ、客もましろたちだけ。
壁にはプラズマTVが立てかけられている。

「そこにさ、神棚があるだろ?」
部屋の角には使われていない神棚があった。ブラウン管が置いてあったと思われる四角い染みがある。

「あたしさ、神棚の近くが特等席だったんだ」
この喫茶店は、日本で最初に見つけたお気に入りの場所だという。
休憩時間は、ましろの父が演じていた特撮番組を、ここで夕飯を食べながら見ていたらしい。

「それで、わたしが選ばれたと」
「まあ、そういうこった」と、龍子は言う。「あんたの親父さんは、伝説なんだぞ?」
「知ってる。お父ちゃんはあこがれのスーツアクターだもん」

父を褒められて、ましろは言い様もない照れくささで身体がムズムズした。

『さて、ノーフューチャー同士の同門対決を制したのは、長谷川茜選手でした。これでベスト四が揃ったことになります』
先日の試合内容を、ニュースキャスターが振り返る。

「すげえな。長谷川茜は。敵ながらあっぱれだぜ。金剛院もいい動きをしていたな」

ナポリタンを頬張りながら、龍子は両者を讃えた。
「そうだね」と、ましろは上の空で答える。
「あの技は、蒼月流奥義、『砕雲掌』だな」

龍子は、割り箸の包みをメモ代わりに、ボールペンで文字を書く。

砕雲掌とは、雲を粉砕する、と書くようだ。雲を突き破るほどの技、という意味らしい。

「わたしが受けた技、だよね」
「けどな、威力は長谷川茜のオリジナルだ。全く大したもんだよ、あいつ」
吐き捨てるような口調で、龍子は言う。
が、強敵の成長に、身体がゾクゾクしているのが見え見えだ。

金剛院は、銀杏と同期なだけあって、相当の実力者だった。
しかし、長谷川茜はそんなプレッシャーなど撥ねのけ、勝利をもぎ取っている。

「なあ、ましろ。もし、銀杏がマーシャルアーツを身に付けて、金剛院が詠春拳をマスターしてたら、勝負は分からなかったんじゃないか?」

ましろは首を振った。
「それはないと思う。詠春拳は、銀杏さんだからこそマスターできたんだよ」

金剛院でも、詠春拳をそれなりに使いこなせるとは思う。
が、銀杏の冷静な性格だからこそ、詠春拳は映える。それほど難しい拳法なのだ。

金剛院も、地味な詠春拳より派手なケンカファイトを好むタイプである。

銀杏は、舞台の何から何まで、ジゼル南武にセッティングしてもらっていた。

対して、長谷川茜のサイン会に、単身殴り込みに行くほど、金剛院は面妖なアイデア力と度胸を持つ。誰一人取り巻きを連れてこず。

会場にはジゼル南武がこなかった。どころか、金剛院に一言も声をかけてない。
すべて金剛院のアイデアで間違いないだろう。

ジゼルの強さは銀杏が、発想力は金剛院が引き継いだのかも知れない。
あの二人が一緒にいるのは、互いの長所短所や利害を分析して、「企画アイデアを金剛院が出し、銀杏が実践する」という、ひとつの売り出し方を確立させるためだ。

「技には、適正って言うのがあるんだよ。会得したいって気持ちが、必ず技を引き寄せるんだって思う」
「技の方から、使い手の元に向かうってことか?」
「そうそう。そういうこと」

龍子は、フッと笑った。
「あんたって、格闘の話になると途端にドライになるよな」

龍子に指摘されて、ましろはハッとなる。
「そうかな? 普通だと思ってた」

「やっぱ、そういうところが格闘家向きなんだって。ましろは」

どちらかといえば、女優としてもスキルが欲しかったが。

「ねえ、龍子。どうして、わたしなんかが選ばれたんだろう?」

相変わらず、ケチャップで口の周りを汚しながら、龍子は「あん?」と聞き返す。

「だって変だよ。わたし、ついこの間まで、ただの高校生だったんだよ? それが、いきなりトップファイターと戦え、だなんて」

勇猛果敢に勝ち星を挙げる長谷川茜を目にすると、改めて疑問に思うのだ。

どうして、自分なのかと。


「あんたは、十分強いよ。あたしが保証する」
龍子はそう言うが、ましろには実績がない。

「わたしより、龍子がもっと前に出ればいいんだよ」

天下のカレイドスコープなら、他にも優秀な格闘家やレスラーがいるはずだ。
特に龍子こそ、スターにふさわしい。

なのに、大会に出るのは自分と龍子だけである。
あとは、他団体やノーフューチャーの選手だ。

「レスラーのあたしじゃ、『格闘技』じゃトップになれないんだよ。プロレスじゃないと、あたしの空中戦は映えないしね。スキだらけの技は、本気の格闘には通用しない。魅せプレイってやつさ」

そこまでこだわって、ルチャをマスターしたのか。

「だったら、どうして、龍子はわたしを選んだの?」
長谷川茜に勝ちたいなら、龍子だっていいはずだ。どうして自分なのか。龍子だって優勝したいだろうに。

「ちょっと長くなるけど、先にあたしの生い立ちを聞いてくれ。あたしの本名は『ジェンシャン』ってんだよ。目がちょっと青いだろ? ロシア生まれでさ」

龍子が顔をグッと近づけてくる。
どうりで顔立ちが日本人離れしていると思っていたが。

「うん。髪も、薄い金色できれい」
ましろが言うと、龍子は「ありがとうな」と、少し頬を染めた。

「あたしは、名前しかわかってないんだ。生まれてすぐに捨てられたらしくて、施設に揺りかごの状態で捨てられていたらしい。母親の遺体と一緒に。それもさ、ジェンシャンってのは、揺りかごのメーカー名なんだよ」

名前すら与えられず、捨てられていたとは。

「拾われた場所が、ちょうどワコ師範の道場だったんだ。当時、ロシアで巡業中の」
ジェンシャンは英語で竜胆(りんどう)という。
それが、龍子の元となったのか。

「道場で訓練を始めた頃、あんたの親父さんが出てた作品を見たんだよ」
「当時だったら、『カンフーレンジャー』だよね?」
「それそれ! カンフーレンジャーの緑色に入ってたんだよな、ましろの親父さん。一人だけ動きが神がかってて、赤より目立ってたよな」

父が二〇代だった頃の作品だ。
「画面で飛び回るスーツアクターがカッコよくってさ。あんたの親父さんの演技を見て、あたしはルチャレスラーになろうって決めた」

日本に来て、推しの娘もアクターとして頑張っていると聞き、ましろを応援するように。

「あたしは、全部持っていて文句言ってる茜が許せない。でも、あたしじゃあいつは救えないもの分かってるんだ」
言いながら、龍子の口調が沈んでいく。

「あたしには親がいないから、親とケンカしているあいつの荒んだ心までは癒やせない。あいつを止められるのは、お前だ。真っ白で、純粋に、前だけ見てる、ましろだけなんだ」

龍子は、ましろに頭まで下げてきた。

「もし、迷惑だと思ってるなら、謝るよ」
「そんな。わたし、この試合に出て、いろんな人と出会えて、世界が広がった。龍子には感謝しているんだよ」
「でも、次の相手は、お前の友達だろ? 本気出せるのかよ?」

「大丈夫」と、ましろは頷く。
「わたしさ、ずっと怖かってたんだよね。本気を出すのが。自分が自分ではなくなっちゃうんじゃないか、って」

ずっと、ましろは自分の中で枷をしていた。
自分は前に出るタイプではないと。いつだって遠慮して生きてきた。
影でみんなを支えるのが似合っていると思い込んでいたのである。
そう思っていた方が楽だったから、仕事に困らないから。

小学校の時、一番になろうと思って始めた空手大会で、自分は不戦勝で優勝した。
その経験をずっと引きずって生きてきたせいだ。
自分は、一番になってはいけない星の下に生まれたんだと。

しかし、今は違う。
本気を出して、主役を取っていく。

「ましろ、あいつは銀杏とは違って技巧派じゃない。けど、何を考えてるのか分からないところは、金剛院以上だ。注意しろよ」
「ありがと、龍子」

そう、今のクローディアはキュンキュンピサロ、ノーフューチャーが送り込んだ刺客なのだ。

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