ましろ・ストリート

しーとみ@映画ディレッタント

茜、グラビア撮影にうんざりする

カメラのシャッター音をBGMに、長谷川はせがわ あかねは、今日の興業について頭を巡らせる。

今日は、総合からプロレスラーへの転身する大事な試合だ。無様な結果は出せない。
なのに、自分は手首をケガしている。

「その手首、どうしたの?」
ファンデーションを濃く塗られた手首に、カメラマンが視線を送った。
何ともないと言ったのに、メイク担当者が神経質なまでに塗りたくったのだ。

「転んだだけです」
カメラマンに対し、長谷川茜はそっけない解答をした。

本当はバイクで転倒したのである。幸い、試合に支障のない軽傷で済んだ。が、当分は跡が残るだろう。
それでも、メイクさえ施せば気になることはない。

「まだ痛む?」
「全然平気。こけただけなのに大袈裟なんですよ」

カメラマンの方も、特に興味を持っていないようだ。すぐに茜をカメラに収める作業に戻る。「お前はシーツに寝転がって、カメラの向こう側にいる思春期どもを誘惑してくれればいい」とでも言いたげな態度である。

長谷川茜は、芸能事務所社長のプロモーションに対し、不満を感じていた。
こっちはカッコイイ路線で行きたいと思っている。
が、事務所からはセクシー路線を強要してくる。
せっかく昨日はヒーローショーで顔出しスタントを行い、活躍しようとしてたのに、
舞い込んだのはこんないやらしい男に写真を撮られる仕事だ。
それが嫌だから、茜はアクション女優を目指した。

「はい、茜ちゃん、もっとこっちに笑顔ちょうだい」
カメラのシャッター音を意識し、顔を向ける。しかし、笑顔など向ける気になれない。

カメラマンが唸る。こちらが無愛想にしていても構わずシャッター音を鳴らす。さすがプロだ。愛想がない相手にも臆さず、良さを引きそうとしている。

カメラマンには、申し訳ないとは思う。だが、気持ちを曲げない。自分はあくまで、格闘家だ。
ベッドで横になりながら、うんざりとしたため息をつく。

どうも、それが気に入ったようだ。カメラマンが舌を舐めた。
期せずして、茜は相手のツボを突いてしまったようだ。

「はいOK。お疲れ」
やっと終わったか。こんな仕事より、まずトレーニングがしたい。

「訓練シーンなら、いくらでも撮って構わないのに」
「いらないよ、そんなの。俺は長谷川茜のセクシャルな面だけにしか興味がない」
カメラをしまいながら、カメラマンは露骨な下心を隠さない。

「格闘家は魅力ない?」
「魅力的だと思うよ。けど、俺が求めるようなセクシーはそういうのじゃない。もっと即物的なもの」
エロス重視か。

バスローブを纏って、茜は何度目かのため息をついた。
整った顔立ちに生まれた自分を、このときだけは呪う。それは、贅沢なことだろうか。

もっと相手を殴りたいし、殴られたい。
相手に側頭を蹴り飛ばされたときだけ、充足感を得ることができる。

しかし、自分の顔は商品だから、傷つく行為は控えろと、事務所は言う。
冗談じゃない。自分は格闘家だ。求めるのは格闘技である。
血だ。身体はどうしようもなく血を求める。

「次もよろしくね、茜ちゃん」
シャッターを下ろしていた指先が茜の肩に触れようとした。

特に意識していなかったが、裏拳が飛んだ。無意識に。
カメラマンのすぐ隣にあった巨大な花瓶が、横一文字に割れた。
腰を抜かしたカメラマンが、盛大に水を被る。

手首の調子は戻ったようだ。これで、試合ができる。
この事務所からは去ろう。そう決意した。

「次は当てますから」と、挑発気味に言う。
カメラマンは、それだけで震え上がった。

だが、今日の試合相手は彼ではない。
もし彼が相手だったとしても、こんな腰抜けであれば瞬殺してしまうだろう。

「いやですね。花瓶にですよ」
茜は、カメラマンにタオルを投げ渡す。
ようやく、茜は笑顔を作ることができた。

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