ましろ・ストリート

しーとみ@映画ディレッタント

ましろ、主役になる

大河おおかわ ましろは、鉄パイプや角材で武装した不良生徒達に取り囲まれた。
場所は校舎のグラウンド。

敵は、この学園を支配する、学ランの不良達だ。チェーンや金属バットで武装している。数は二〇人程か。

白いブラウスを着た胸を反らし、拳を固めて腰を低くした。赤をベースにしたチェックのミニスカートを穿いた脚を大きく開く。いつでも蹴りを放てる姿勢に入った。

スカートの下には黒のスパッツを穿いている。大きく動こうが問題はない。

周囲を見渡してから、ましろは不良生徒の一人を睨んだ。
リーゼントの男が角材を振り回す。その顔は少年と言うには余りにも老け込んでいる。

角材には触れず、ましろは手首を掴んで捻った。
リーゼントの男が、いとも簡単に一回転をして廊下に倒れ込む。

振り返ると、別の不良がましろの背後に鉄パイプが振り下ろしてきた。
ギリギリでかわし、バク転。オーバーヘッドキックのように、相手のアゴに蹴りを打ち込む。
脳を揺らされた不良が、鉄パイプを取り落とし、自分も倒れた。

横から来た不良を回し蹴りで撃破。
反対方向から来た相手のみぞおちに、ヒザを食らわせる。

一発いいパンチをもらう。口の中を切り、口元から僅かに血が滴る。しかし、血の味がましろの油断を振り払う。
身体を回転させ、お返しの前蹴りを放った。
ましろを殴った男が、腹に足刀を食らって悶絶する。

全ての敵が戦闘不能になったのを確認し、肩を降ろすと同時に、息を吐く。

クラクションが、静寂を打ち破る。
グラウンドに四輪のブルドーザーが突っ込んできた。標的はましろだ。

向かってくる重量に臆さず、ましろはブルドーザーに突撃、車のボディを駆け上がる。

勢いに任せ、運転手にヒザ蹴りを浴びせた。相手の意識を刈り取る。気絶した男を、操縦席から投げ落とした。

しかし、マシンの止め方がわからない。
このままでは、校舎の壁に激突してしまう。

やむを得ず、ましろはブルドーザーから飛び降りた。
壁に激突したブルドーザーが、横転して大爆発を起こす。

炎上するブルドーザーに背を向け、ましろは友の待つ校舎へと向かう。

そこで、「監督のOK」が入った。
スタッフがブルドーザーに殺到し、消化器を撒く。

ホッと肩で呼吸をして、ましろは倒した不良たちを起こす。

「すいません。当たりませんでしたか?」
「平気平気。ましろちゃんなら本当に蹴られてもいいよ」と、「不良役」の男優がジョークを飛ばす。
ましろは苦笑いを浮かべた。

ここは特撮ドラマ『バトルJK』の撮影現場だ。原作は少女漫画で、深夜に放送されるTVドラマである。

今のシーンは、女子高生格闘家が、攫われた仲間を助けるため、敵である不良集団のアジトに主人公が単身で殴り込む場面だ。
実写化の際にましろへオファーが来たのである。
といっても、スタントマンとして、だが。

「お疲れ様でした。ありがとうございます。大河さん」
ましろと同じ背格好、同じ髪型をした女優が立ち上がった。水の入ったペットボトルとタオルを持って、ましろの労をねぎらう。
彼女が、ドラマの主役を務める女優だ。

「すいません」と、ボトルとタオルを受け取った。
「殴られて、痛くないですか?」
「いいえ、当たってないので」

実際、パンチは食らってない。
寸止めどころか、打ってきた相手とは、かなり距離が離れていた。視覚効果で、当たっているように見えているだけである。

「ではお願いします」
笑顔を返し、ましろは主演の女優とバトンタッチした。

別の撮影準備が始まる。不良達にさらわれた少女たちを助けるシーンだ。
つまり、ましろの撮影シーンはここまで。
あとは「本当の」主役に委ねる。

ましろは更衣室に入った。衣装である制服から、学校指定の制服へと着替える。
高校生、大河ましろにはもう一つの顔があるのだ。少女役専門のスタントマンである。

武術演技のできないアイドルや女優、タレントに代わって、武術シーンの替え玉を演じるのだ。
空手の経験と柔らかい身体、何より度胸を買われ、今の仕事に就いている。

『バトルJK』の撮影は今日で終わりだ。またオーディション巡りの日々が待っている。

もうちょっと演じていたいな、という残念な気持ちが湧く。同時に、自分が主役なんて、という恥じらいが湧き出る。
スタントマンの仕事を終えた後はいつもこんな調子だ。

鞄を手にして更衣室を出る。
あとは家に帰るだけ。

「ましろちゃん、ちょっと待って」
背後から、監督が声を掛けてきた。

「実はさ、受けて欲しい仕事があるんだよね。覆面格闘家の役なんだけどさ」

監督から台本をもらう。
台本には、虎をモチーフとしたマスクマンのイラストが描かれていた。

「今度は、プロレスラーの役ですか?」
「いや。格闘家の役だね。魔法の力で変身する魔法少女モノだけど、技とかは徒手空拳だから」

聞けば、大昔にアニメでヒットした美少女空手家漫画の、特撮ドラマ版だという。
ならば、空手経験者である自分はうってつけだ。

しかし、主役の地位はもらえないのだろうと、ましろは諦めていた。

いつか自分だって、女優がやりたいと思っている。
が、演技力に難があるましろは、未だに主役をもらえていない。
きっとこの役だって……。

「このマスクを被って、スタントをしろと。わかりました」
「違うよ。ましろちゃん。次の特撮番組は、ましろちゃんが主役だから」
「はい……え?」
思わず、聞き返してしまった。
「だから、今度のドラマは、ましろちゃんが主役なんだよ。台本、ちゃんと読んどいてね」
「エエエエ!?」

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