貧乏くじ男、東奔西走

しーとみ@映画ディレッタント

秘剣、解放

場所は近所の河原だ。
いた。竹刀で身を守る四法印と、巨漢に羽交い締めにされているふーみんが。
不良たちは凄い数で、取り囲んでいる。五十人はいるのでは。

奴らは確か、県大会で四法印に負けた剣道部じゃないか。こんなつまらない復讐しか思いつかないとは。

『三歩激突は秘伝中の秘伝、たやすく人に見せるでない』
やかましい。
そもそもあんな技、見せた相手が簡単に真似できるわけない!
それに、誰かを助けられない剣術なんて、持っていたって意味がないではないか!

掟など投げ捨てる。今こそ、秘技を使うときだ。


一歩。全身の力を足にのみ集中させる。


二歩。身体を沈み込む。


「三歩激突!」


足を踏み込んで、源三は力を解放する。
ほんの少しだけ。
なのに、四法印を取り囲む不良は、河原へと吹き飛んでいく。
「てめえ、何しやがった!」
不良のリーダーが、ナイフをこちらへと向けてくる。

「三歩激突」

また、源三は踏み込んだ。一歩、二歩、と。タン、と三歩目の音が鳴る。
音が刃となって、不良のナイフを切り裂いた。

「やっちまえ! 囲んでしまえばこっちのもんだ!」
円状に、不良たちが襲いかかってくる。

一歩、二歩。三歩目で、源三は大きく大地を踏みしめた。
竜巻が巻き起こり、不良共を再び川の中へとたたき落とす。

「どうなってるんだ? 相手は武器を持っていないのに!」
不良には、何が起きているのか分かっていないらしい。

「音を、カマイタチにしているのか」

さすが名の知れた剣士だ。四法印には、三歩激突の正体が分かったらしい。

本当なら、敵の身体を切り刻む技である。
しかし、源三にそんなマネはできない。
たとえ相手がゲスな不良とはいえ。

また、源三は三歩進む。
ふーみんを拘束する大柄な男を、音だけで吹き飛ばした。

「これ以上邪魔するなら、容赦しねえぞ」
だから、音はなく脅しで切り抜ける。敢えて足音を大きく立てて。音を聞くだけで、相手が恐怖を感じるように。

不良共は悲鳴を上げながら、退散した。

「これで満足かよ、四法印勅佳?」

四法印は、竹刀を握り直す。だが、すぐに巾着へとしまった。

「妹が世話になった」
短く答え、四法印は妹を連れて帰る。

何か言いたそうに、ふーみんは何度も振り返っていた。

さて、転校の手続きをしなくては。


◇ * ◇ * ◇ * ◇


日曜日。
ある程度の荷物を、一通り段ボールに詰め込む。
ガムテープで箱を閉じ、内容物をマジックで書いた。

チャイムが鳴る。

引っ越しの挨拶か、と、窓から外を覗いてみた。

ふーみんだ。私服で門扉の前に立っている。

「何をしにきた?」

「私、昨日のお礼をまだ言ってない。ありがと、源三くん」

まだ、何かを言いたそうだ。
が、言わせてしまうと、こっちの街を出て行く決心が揺らぎそうになる。
だから、敢えて冷たく切り出す。

「お別れだ。三歩激突を人に見せてしまったら、オレはその人達から離れなければならない」

自分はずっと、そうしてきた。三歩激突の謎を追う者たちから逃れるために。
見せてしまったら、民間人を危険な目に遭わせるから。
「オレは結局、同じ土地にはいられないんだ。昨日だって、オレはただ東奔西走しただけ」

「君が行ってるのは右往左往。東奔西走ってのは、目標を達成したって意味」

「一緒だ。オレはもうこの街に住めない。もう、ふーみんともお別れだ」

仕方ないのだ。

「やだ」
ふーみんは、あっけらかんとした口調で言う。

「キミの剣術は、きっと多くの人を助けられる。でも、キミを助けられるのは、私しかいないじゃん」

いくら強くとも、源三は、彼女の前に一歩も踏み出せなかった。
自分は、三歩の間合いがあれば人を倒せる。
なのに、自分のこととなると、前に進めなかった。
いくら無敵でも、性根は臆病な人間だ。

なのに、ふーみんは飛び込んできてくれた。
こんな自分を助けたいと。

「私じゃ、助けられないかな?」

源三は首を振る。
「ありがとう。オレは今、救われた」

二人して、腹の底から笑い合う。


転校は、やめだ。
父に何を言われたって構うもんか。
一生、ふーみんを守る。

自分は貧乏くじ男だと思っていたが、違った。
彼女のような女神に会うためだったなら、貧乏くじも悪くない。

(完)

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コメント

  • ノベルバユーザー602339

    貧乏くじ男の対応を見るに基本“いい人”なんだろうけど割りと自分勝手なところが人間臭くてすきです。

    0
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