それでもこの冷えた手が
ボクは、釣りが嫌いだ
ボクは、釣りが嫌いだ。
遊ぶところが何もない。
生きたエサを付けるなんて気持ち悪い。
竿は重いし。
よりによって、ケータイゲームの充電も切れてしまった。予備バッテリーも持ってきていない。今のゲームは乾電池が動かないし。
スマホを動かす。でも、動画を長時間見るにはギガが足りなかった。格安スマホじゃ、Wi-Fiがないとまともにサイトを見る事だって難しい。
ボクの気持ちをよそに、父は投げ釣りに励んでいる。
防波堤に竿をひっかけ、煙草を吸っていた。
「かかんねえなぁ」
ひとりごとを言う。正確にはボクに話しかけているんだけど。
ボクはふてくされて、スマホを触るフリをした。
無視された父は、ボクに声をかけるのをやめて、スマホの電子書籍に目を移す。
釣り雑誌だけど。
ボクも電子書籍を買えば良かった。マンガモデルなら、ないよりましだ。今度からは検討しよう。
「おまえのとーちゃん、色んな所連れて行ってくれてうらやましいな」
クラスの誰もが、ボクの父を尊敬している。
どこが、うらやましいもんか!
ボクは家でゲームがしたいんだ!
釣りなんて待ってるだけじゃないか。
インドア派を貫いているボクを心配して、母は父に頼んで、ボクを無理矢理ここへつれてきたっていうのに。
かといって、小学生のボクに拒否権などなく。
楽しくない。
時刻はもう昼を回ろうとしていた。
けれど、この辺りに食事処なんてない。
みんな近くのコンビニで買ったおにぎりやサンドイッチで済ませている。
なんで、みんなあんなに楽しそうなんだろう。
ため息をついていたら、お腹まで鳴り出す始末。
「メシにするか」
父は車から、カセットコンロを出した。
水の入ったヤカンを火にかける。
沸騰するまでに、カップ麺を用意した。
ボクは唯一のワガママとして、カレー味を要求した。
父の分は、オーソドックスなしょうゆ味だ。
やかんのお湯を容器へ流し込む。
できあがるまで、ボクは容器で手を温める。この瞬間だけは、なぜか癒される気分になってくる。
待つこと三分、フタを開けた。
むくれていても、食欲は正直だ。
ボクは橋を容器に突っ込み、豪快にすする。
今までの憂さが、カレーの味に溶けていく。
ただ「うまい」という感覚だけが、脳を支配した。
竿が激しく上下していた。大物が掛かっている。
あのままでは、竿の方が魚に持って行かれるだろう。
「とーちゃん、竿!」
ボクが叫ぶと、父は一目散に竿の方へ。
父のカップ麺は、まだ半分ほど残っている。
相当大物が釣れたらしく、父ははしゃいでいた。
カップ麺のことなど、頭から抜け落ちて入るみたいに。
容器に顔を近づけると、しょう油のほのかな香りが、ボクを誘惑してきた。
麺がのびるといけない。ボクが責任を持って処理するとしよう。
それが、ボクのささやかな抵抗だ。
(完)
遊ぶところが何もない。
生きたエサを付けるなんて気持ち悪い。
竿は重いし。
よりによって、ケータイゲームの充電も切れてしまった。予備バッテリーも持ってきていない。今のゲームは乾電池が動かないし。
スマホを動かす。でも、動画を長時間見るにはギガが足りなかった。格安スマホじゃ、Wi-Fiがないとまともにサイトを見る事だって難しい。
ボクの気持ちをよそに、父は投げ釣りに励んでいる。
防波堤に竿をひっかけ、煙草を吸っていた。
「かかんねえなぁ」
ひとりごとを言う。正確にはボクに話しかけているんだけど。
ボクはふてくされて、スマホを触るフリをした。
無視された父は、ボクに声をかけるのをやめて、スマホの電子書籍に目を移す。
釣り雑誌だけど。
ボクも電子書籍を買えば良かった。マンガモデルなら、ないよりましだ。今度からは検討しよう。
「おまえのとーちゃん、色んな所連れて行ってくれてうらやましいな」
クラスの誰もが、ボクの父を尊敬している。
どこが、うらやましいもんか!
ボクは家でゲームがしたいんだ!
釣りなんて待ってるだけじゃないか。
インドア派を貫いているボクを心配して、母は父に頼んで、ボクを無理矢理ここへつれてきたっていうのに。
かといって、小学生のボクに拒否権などなく。
楽しくない。
時刻はもう昼を回ろうとしていた。
けれど、この辺りに食事処なんてない。
みんな近くのコンビニで買ったおにぎりやサンドイッチで済ませている。
なんで、みんなあんなに楽しそうなんだろう。
ため息をついていたら、お腹まで鳴り出す始末。
「メシにするか」
父は車から、カセットコンロを出した。
水の入ったヤカンを火にかける。
沸騰するまでに、カップ麺を用意した。
ボクは唯一のワガママとして、カレー味を要求した。
父の分は、オーソドックスなしょうゆ味だ。
やかんのお湯を容器へ流し込む。
できあがるまで、ボクは容器で手を温める。この瞬間だけは、なぜか癒される気分になってくる。
待つこと三分、フタを開けた。
むくれていても、食欲は正直だ。
ボクは橋を容器に突っ込み、豪快にすする。
今までの憂さが、カレーの味に溶けていく。
ただ「うまい」という感覚だけが、脳を支配した。
竿が激しく上下していた。大物が掛かっている。
あのままでは、竿の方が魚に持って行かれるだろう。
「とーちゃん、竿!」
ボクが叫ぶと、父は一目散に竿の方へ。
父のカップ麺は、まだ半分ほど残っている。
相当大物が釣れたらしく、父ははしゃいでいた。
カップ麺のことなど、頭から抜け落ちて入るみたいに。
容器に顔を近づけると、しょう油のほのかな香りが、ボクを誘惑してきた。
麺がのびるといけない。ボクが責任を持って処理するとしよう。
それが、ボクのささやかな抵抗だ。
(完)
コメント
ノベルバユーザー603930
学校の外ではあんなことをしているのに読みやすかったです。
ストーリーもとても好きでした。