オレが攻略したいのは新人賞であってお前じゃない

しーとみ@映画ディレッタント

第11話 幼なじみから、問い詰められる

試験休みを利用して、オレはとにかく小説を更新し続けた。

夏休みに入ると、学生たちが小説サイトに押し寄せてくるらしい。

底辺作家のオレには、そんな実感がないのだが。

「夏は更新した方が有利だ」
と情報を手に入れて、オレは小説を書き溜めた。
来たる夏休み期間に備える。
今のうちに更新を続け、予約投稿も限界ギリギリまで使って。

フミナは相変わらず、オレに「かまってくれ攻撃」を仕掛けてきた。
よほど退屈なのか、頻繁に画面を覗き込んでくる。

「マンガでも読んでろよ。これなら動画だって見られるぞ」

オレはフミナに、古いタブレットを投げてよこす。

「もう飽きちゃった。それに身体動かしたいなって」

読書や動画など、スキンシップのない娯楽に、フミナはあまり関心を示さない。

最近になって、フミナの言動が顕著になってきた。

二人でいると活き活きしているが、一人でもできる娯楽には興味がない様子だ。

反対に、オレは物語の中に没頭できるので、一人でも楽しめる。

「生配信動画にコメントでも打ち込んでみたら? 反応があるかもしれんぞ」

「一対一じゃないじゃん。読まれるか分からないし」

フミナがベッドにゴロンと横たわる。

しばらく、ノートPCにキーを打ち込む音だけが、室内に響く。

「その小説のヒロインってさぁ」

「ん?」
なるべく平静を装いって、フミナに振り返った。

フミナには、さぞオレの顔が引きつっているように見えただろう。

「顔かたちだけじゃなくって、言動までわたしに似てきたよね」


やはりバレていたか!


「き、気のせいじゃないか、な?」
ごまかそうとしたが、声が裏返った。

「なんかさ、この間までに起きたラッキースケベイベントがてんこ盛りなんだけど」

そりゃあ、お前をモデルにしているからな!

「取材が活きたんだよ、きっと」
「ふーん」


「取材元が個人情報の漏洩だって訴えかけてくるなら、差し替えるぞ」
オレが妥協案を提示する。

「いやいや、大丈夫だから。その子はわたしじゃないし」
フミナは、手をヒラヒラとさせた。

「ねえ、前から聞きたかったんだけどさ」
横になったままの姿勢で、フミナが尋ねてくる。

「やっぱ何でもない」
そう言って、フミナは壁の方を向いてしまった。

「なんだよ、言ってみろよ」
気になって、しょうがない。

オレに背を向けたまま、フミナが声を出す。

「ショウゾーにとって、小説って何?」

「お前にしては、哲学的な質問だな」

「一度聞いてみたかったんだよね。そこまで夢中にさせるのって、何か魅力があるのかなって」

魅力か。
気がつけば息をするように習慣化していたから、あまり深く考えたことはなかった。

「やっぱりさ、人に読んでもらうのが楽しいの?」
「それもあるけど、もっと根本的な理由かな?」

確かに、人に読んでもらうのだって魅力ではある。
初めてコメントがついたときは、小躍りしてしまいそうなほどだった。

とはいえ、なぜそこまで打ち込めるかは考えたことがなかったな。


「夢中じゃないから、続けられたんじゃないかな?」


「なに? そっちの方が哲学的じゃん!」
大笑いしながら、フミナがオレを茶化す。


「まあまあ。いいから聞けって」
フミナを軽くなだめ、話を進めた。

お腹を押さえながらも、フミナは聞く姿勢に入った。

「コレはユカリコの受け売りなんだけどな、あんまり『やるぞ!』って感じで気合いを入れすぎると、根を詰めすぎてしまうらしい」

そんなモチベーションだから、結果が出なかったらガッカリする。
上手くいったとしても、『さらに結果を出さないと!』と躍起になってしまう。
結局精神がもたず、長く続かない。

「自然とできて、なおかつエネルギーをあまり使わない。そんなくらいの調子を維持する方が、ちょうどいいんだってよ」

オレが小説を書き始めたのは、フミナができないことがないか考えた結果だ。
キーボードを叩くことは苦ではなかった。
だから、自然と習慣化したと思っている。

「今は、書けないと死ぬ、かな?」
「マグロみたいだね」
「マジ、呼吸みたいになってる。一日キーを叩かなかったら、不安でしょうがなくてさ」

たとえば、小旅行などで荷物の問題が発生して、ノートPCを持っていけないケースがあった。
スマホでどうにか更新できたが、あんな思いは今後ゴメンである。

「なんでまた急に、そんなことを?」

「え、別に」
視線をそらし、フミナは言葉を詰まらせた。

「お前のことだから、『わたしと小説、どっちが大事なのー?』とか問い詰められるのかと」


「そんなことしないよ」
唐突にベッドから、フミナがまじめな顔になる。


「フミナ?」




「だって、ショウゾーにとってさ、小説って大切なモノなんでしょ? 取り上げてるなんて、できないよ」



「お、おう。ありがとな」
「構って欲しいけど」
「結局、邪魔するのかよ!」

アハハ、とフミナはベッドから足を投げ出す。

「いやあ、わたしって、特に将来のこととかまともに考えたことないから、打ち込めるコトがある人ってすごいなーって思って」

胸に熱した針が突き刺さった気分になる。

オレは、将来のことをまともに考えないヤツらを
「時間を無駄に過ごしていて、つまらなさそう」
と思っていた。

だが、彼らからすると全力で今を生きている、という気分なのでは、と最近は考えるようになっている。

フミナと「今を楽しんだ」からかも知れない。

フミナと一緒にいると、
「なんか今を歩いているな」
と痛感するようになっていたのだ。

今までそんな感覚なんて、分からなかったけど。

オレを現実世界に引き留めているのは、間違いなくフミナだと言える。


正直に言って、書き始めの頃は、フミナの存在がわずらわしかった。
気が散るし、邪魔ばっかりしてくる。
夢の世界を思う存分に書かせてくれよ、と。

しかし、今は感謝しかない。

フミナがいるから、オレは全力を出せる。
今を生きていると実感できた。

「そっか。オレは、すごいか。ありがとな」
「どうしたの急に?」


「なんでもない。続き続……あひん!」


オレは声が裏返る。
背伸びをした時、フミナの爪先がオレの脇の下に当たったのだ。

「まだココ弱いんだ。子どもの頃からそうだったよね」
フミナがニヤリとした。

「よせよせ」
「いえいえ」

オレが脇の下をガードすると、フミナが調子に乗ってにじり寄ってくる。

「つんつん」
フミナの足が、オレの背中をつついてきた。

「よせ。オレから集中力を取り上げるな」

オレが振り返ったら、今度はオレの腹辺りに爪先を這わせる。

「口ではイヤと言っても、身体は正直だな」
「どこでそんな言葉を覚えた!?」

フミナは鼻息を荒くしていて、オレの言葉を聞いているかどうか分からない。

「じゃあ、さ。質問に答えたらやめたげる」
言った後、フミナは足を降ろす。

「わたしと小説、どっちが大切か、って本気で聞いたらさ、なんて答えた?」

刺すような眼差しが、オレに突き刺さる。

「聞くつもりはないはずでは?」
「なにも問い詰めるわけじゃないよ。聞くだけ。聞いた後、対策するから」
「何の対策を?」
「それは、ナイショ」

視線をそらすことはできた。
けれど、オレは目を背けない。
そんな行為は不誠実だと思ったから。

フミナがベッドから降りて、オレの前で正座をした。
オレに目を向けたまま。

その視線に、責めるような態度は見られない。
どんな答えが返ってきても、受け止めようという意志が感じられた。

「寂しかったんだな」


フミナの瞳から、緊張感が消える。


「出かけるか。今日は気分が乗らん」

「やったぁ」

オレたちは気分転換に、ラーメン屋で昼を取った。
デートにしては味気なかったろう。
しかし、取材なのだから仕方なかった、あの店は小説で出すから、と自分に言い聞かせる。


◇ * ◇ * ◇ * ◇


後日、オレはバイト先で、ユカリコから賞賛を受けた。

「それはベストの回答よ。どっちを選んでも女性は怒るし、どっちも選んだら『自分を優先しろ』と怒ってきたわ」

「いや、本心だったんだが」

「そ、そう。ごちそうさま」
頭に湯気を出しながら、ユカリコが店の清掃を始めた。

お前が照れてどうするんだ。

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