綿菓子

小田 恵未里

不思議な曲

「ね、あつ君。なんかオススメの曲ない?」
「えー、と、ちなみに千尋は普段どんな曲を聴くんですか?」
昼休み、淳が人気のない校舎裏で曲を聴いていると、千尋がやってきて、こんな質問をした。片耳にイヤホンをつけたままの淳が質問を質問で返したのは、これはあくまで友人に勧められた曲であって、淳が好きなわけではないからである。
「私は、普通にジャニーズの曲とかよくきくよー。キンプリかわいいよね!」
淳の方を見て左手の親指をグッと上げた後、千尋はお弁当の蓋を開けた。彼女はスカートで直に地面に座っている。
「格好いいではなく、可愛いと最近は言うんですね。」
でも若い女の子は、少し不細工なものも可愛いと言いますよね、ブルドッグとか。と淳は腕を組んで言う。
「いやいや、あつ君もじゅうぶん若いのに、その言い方はおかしいでしょー」
何言ってんのー、と笑いながら千尋は水筒のお茶をすすった。その様子がなんとも年寄り臭くて、思わずくすりと淳も笑う。
「ふふ、何ですか、ジャニーズの曲では満足できないんですか。」
「そうじゃないけど、あつ君が音楽聴いてるの珍しいなって、思ったから。」
おにぎりを頬張り、栗鼠のような口にした千尋に対し、そうですか、と淳は手元の本に視線を移した。相手から質問が飛ぶのは、まだ少し先だろうと思いながら。
「ーそれでさぁ。」
口の中を空にした千尋が声をかける。
「はい。」
「何聴いてるの?」
「‥さっきと質問違くありませんか。」
その言葉にほんの少し唇を尖らせると、彼女はもう片方のイヤホンをひったくって耳につけた。
「あ、これ、よう君が好きなのだ。」
タコさんウインナーを口元に持っていきながら、千尋は目を閉じる。
「まあ、耀から勧められましたからね。」
淳は、昨日からの耀の無茶な要求の数々を主に、この曲を聴くことになった経緯を話した。話し終わる頃には、千尋はお弁当の蓋を閉じていた。
「なんだ残念ー、あつ君の好きな曲聴いてると思ったのに。」
「帰りに感想を共有したいんですって。昨日買ってから、一曲も聴いていないことがわかると、すごく怒っていましたよ。その後、このウォークマンを貸してくれたのですが、それだったら買わなくても良かったですかね?」
「『怒っていましたよ』って‥、あつ君が『怒られた』って表現の方が良いんじゃ‥。」
千尋は右耳に髪をかけた。淳の目にイヤホンがはっきりと見える。淳はうーん、と目を伏せながら本を閉じた。
「なんだか、集中できませんね。この本も読んでしまいたいのですが。」
ボーカルの声がめったに止むことのないこの曲は、音楽を聴く以外のことを取り入れようとさせまいと感じさせる。テンポは良いと思うが、千尋は淳にこの曲が、あまり合わないような気がした。
「じゃあ、あつ君は本が読みやすい静かな曲の方が好きってこと?」
「好きというか、性に合っているんだとは思いますよ。」
「それって、なんか違うの?」
眉間に皺を寄せて、千尋は淳に言った。
「僕の気質に合っているのは、静かな曲かもしれませんが、僕はこのギターの音がたくさんする曲も好きです、というより好きになりそうですね。」
そう言って淳は左耳に手をやり、イヤホンを抑える。
「もー、結局あつ君が元から好きな曲はわからないじゃんかぁ。」
「不思議な曲が好きですよ。」
瞬間、千尋はぐりん、と隣の淳へと顔を回した。
「なにそれ。」
先ほどよりも口を尖らせ、タコのようになった千尋を見て、淳はクスクスと笑う。
「聴くと、不思議な気分になる曲ってありません?何故かどこかの景色や何かのイメージが頭に出てきたりして。」
千尋はふるふると首を振った。
「ない。」
「えっと、そうですね、難しいんですけど、その、体が軽くなるような、むず痒くなるような、」
淳が、自身の顎の下を人差し指と親指で挟む。千尋はそれが考えている時の彼の癖であることを知っている。むにむにと何回も挟んでいるところを見ると、余程良い表現が見つからないらしい。
「何故か、何処かに飛んで行きたくなるんです。実際、意識が飛んで行くこともありますよ。」
「変なの。」
「だから、不思議な曲なんです。」
曲の最後のサビに入る。
ボーカルの声が一層大きくなった。
「耀が、笑って走っている様子が浮かんできます。本当に耀らしい曲ですよね。」
じっと見ると、淳の顔がとても優しい顔になっている。例えるならば、蕾がこっそりと花弁を開き、変化していく様子のように、分かりにくい変化ではあったけれど。
「あつ君って、不思議な子が好きだもんね、よう君とかかんなちゃんとか。曲の好みってその人の個性が出るのかなぁ。」
「ふふ、それは千尋が不思議な子だと自覚していると、取っても良いのですか?」
もう次の曲が始まり、ジェットコースターで坂を登るように、はじめのサビに向けて、どんどん気分を上げていくようなリズムになる。
「えっ!?‥それは、あつ君が私のこと好きだって、とってもいいの?」
サビが始まる。空気を読んでいるのか読んでいないのか、この曲はこのバンドには珍しい、ラブソングだった。
「ええ、好きですよ。千尋のこと。」
頰も赤らめずに淳は言う。
「あつ君、大丈夫?曲の内容入ってないんじゃない?」
「入っていますよ。入っていなくては困ります。」
淳がトントンと左耳の近くの頭を、同じく左の人差し指で叩く。ラブソングの間、二人はそれ以降ずっと黙って、曲に集中した。千尋にとって、これ程気まずかったのは人生で初めてだった。




夕日に当てられてキラキラとした金髪が目に眩しい。
「ーで、淳どの曲が一番良かった?俺はやっぱあれかな。三曲めの『RUN』」
帰り道、耀は染めたての金髪をわざと風になびくようにして、顔を振った。
「僕は、四曲めですかね。」
目がチカチカとするので、淳は手元の本を読むふりをしながら、目を伏せている。
「ーはぁ?えっ?ははっ、あのラブソングの?」
耀の目は驚いたように見開かれ、けれど、口角は右側が不自然に上がっていた。
そして、その後右手で口を押さえて、ブフッと息を吹き出す。
「そうですね。」
「なんだって、よりによってあの曲なんだ?他になかったのかよ。」
耀の目が驚きから歓喜に似たものに変わるつつも歯を見せて口角が上がる。
「不思議な曲だと思ったからですよ。」
「不思議な曲‥、理解不能だからとか?」
いえ、と淳は目を閉じた。
「聴いている間、ふわふわして落ち着かなかったからですよ。」

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