【冒険者組合 七つの大罪】
1章10話
「──ぁ……」
【欲深き狼】の支部の外──そこに、金髪金瞳の少女がいた。
テリオンとソフィアの姿を見て、頭部から生えているキツネ耳がピンと立ち、臀部からぶら下がっているキツネ尻尾がゆらゆらと揺れ始める。
「……遅かったわね」
少女の隣に立っていた女性が、どこか不機嫌そうな視線をテリオンに向ける。
その予想外の人物に──思わずテリオンが大きく目を見開いた。
「コキュートス……? なんで?」
少女を守るように立っていたのは──コキュートスだった。
テリオンの言葉を聞き、呆れたような顔で答える。
「組合長から頼まれたのよ。あなたたちに手を貸してやってくれって……話は聞いているわ。あなた、随分と無茶したそうね」
「……悪い」
「別に、私はどうも思っていないわ。けど、組合長があなたの心配をしているの。組合長に余計な心労をかけないで」
どこまでも組合長主義の考えに、思わずテリオンが苦笑を浮かべた。
「それで、相手は?」
「『第二級冒険者』のアルバトス。二つ名は“八つ裂き猫”だ」
「ああ、あの問題冒険者……なら、ガルドルの心配は必要なさそうね。組合施設に戻るわよ」
踵を返し、コキュートスが組合施設へと向かい始める。
その後に続き、ソフィアも歩き始めた。
──いいのか?
助けに来てくれたガルドルを置いて、安全な所へ移動するなんて……本当に、いいのか?
「何考えてるか知らないけど〜」
ソフィアの声に、テリオンは顔を上げた。
「もしもまた勝手に行動したら〜──あたし、テリオンくんに何するかわからないよ〜?」
こちらを振り返るソフィアが、妖艶な笑みを見せた。
──ゾクッと、テリオンの背筋に悪寒が走る。
この感じは……そうだ。まだ【七つの大罪】に入ったばかりの頃、ソフィアから【魅了】を使われて遊ばれていた時の感覚に似ている。
「テリ、オン……様……」
クイクイと袖を引っ張られる感覚に、テリオンは視線を下に向けた。
──フォクシー種の『獣人族』が、どこか心配そうにテリオンを見つめている。
……そうだ。俺の任務は、この少女を救い出して安全な所で保護する事。
ガルドルなら大丈夫。きっと大丈夫。
「……ごめん。行こうか」
フォクシー種の少女と共に、テリオンも組合施設を目指して歩き出した。
────────────────────
「わはー! なにこの子! めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
組合施設に戻ったテリオンたちは、そのまま会議室に足を踏み入れた。
「おい組合長。ソイツもしかしたら『獣人族』の国の王族かも知れないんだから、あんまり撫で回さない方がいいと思うぞ?」
白い円卓を囲んでいる八つの椅子──その内の一つに座るテリオンが、少女を撫で回す組合長に忠告とも取れる言葉を飛ばした。
「わかってるよ! それにしても可愛いね……キミ、名前は?」
「……ミリア=ゼナ・ヴォルガノンです……」
「ミリアちゃんだね! 私はサクラ! サクラ・キリュウインだよ! よろしくね!」
「は、はい……」
「そこまでにしとけ組合長。ソイツ、困ってるだろ」
されるがままになっているミリアの姿を見て、テリオンが組合長を引き離した。
名残惜しそうに離れる組合長──と、先ほどまでいたコキュートスが、いなくなっている事に気づく。
「あれ? コキュートスは? それに、ディアボロとジャンヌも……」
「ディアボロとジャンヌは、別のクエストに行かせたよ。ディアボロがいたら……テリオンたちに加勢に行くとか言って、皆殺しにしそうだったし。多分、明日の朝頃に帰って来るんじゃないかな?」
「そうか……コキュートスは?」
「『冒険者機関』に今回の騒動の報告に行ったよ。テリオンたちが行くより、『第一級冒険者』であるコキュートスの方が……ま、信頼があるからね」
「それもそうか……」
となると……残っているのは、組合長にリリアナ、テリオンとソフィアだけか。
そんな事を思いながら、テリオンは自分を見つめてくるミリアに声を掛けた。
「よし。明日になったら、『黒の出会い』に行くぞ」
「『黒の出会い』……?」
「あー……お前の事を売ってた場所だ。覚えてるだろ?」
「……また、あの場所に……?」
テリオンの言葉に、ミリアが不安そうに声を震わせる。
「別にお前を売るわけじゃないから、安心しろ」
「じゃあ……なんでですか……?」
「あの店の店主に、お前が無事だって事を知らせないといけないからな」
グリグリとミリアの頭を乱暴に撫で、テリオンは組合長に視線を向けた。
「それでいいよな、組合長?」
「そうだね。可能なら、その子を故郷に連れて行ってあげて。多分、両親も心配してるだろうから」
「了解だ。おい、話は聞いてたな? 『黒の出会い』に行った後、そのまま『獣国』に──」
「い、や……」
今にも聞いてしまいそうな──だが底知れぬ絶望を含んだ呟きに、テリオンたちはミリアへ顔を向けた。
「いや、です……もう、あそこには……もう、いや……」
「お、おい? どうした?」
「……ああ、なるほど。そういう事だったんだね」
「組合長、どういう意味だ?」
一人納得したような表情の組合長が、テリオンの質問に答える。
「そもそもおかしな話だろう? この子がガルドルの言う通り王族の子なら、『獣国』から何かしらの情報があるはずだ。だけど、『獣国』からそう言った情報はない。となると、考えられる理由は3つになる」
「3つ……?」
「1つ。この子が王族でない可能性。だけど、この可能性は低いと思う。ガルドルも言ってたと思うけど、『獣人族』の王族は黄金のフォクシー種なんだ。だから、この子はほぼ100%王族だと言える」
怯えたように震えるミリアの頭を撫で、組合長がさらに続けた。
「2つ目は、この子が何かしらの犯罪に巻き込まれた可能性。この可能性も低いと思う。1つ目の理由と同じく、普通だったら捜索願いが出てたりするからね」
そして、最後の一つは──
「この子が、王族から見放された可能性」
「「なっ──?!」」
「……………」
驚愕するテリオンとソフィア──いや、二人だけではない。少し離れた所から見ているリリアナも、驚いたように眉を上げていた。
「……沈黙は肯定と受け取るよ。だとすれば、別の推測が必要となる」
「別の、推測〜……?」
「うん。何故この子は王族から──家族から、見放されたのか」
──ぶるりと、ミリアの体が震えた。
「王権争い? 派閥争い? 後継争い? いや、きっとどれも違う──ねぇ、ミリアちゃん」
ミリアの前にしゃがみ込んだ組合長が、柔らかい笑顔で──この場に合わない表情で、言った。
「──キミの両親は、誰?」
──言葉が出なかった。
今の組合長の言葉は、つまり──
「……私は…………『獣国』の女王と、その愛人の間に産まれたんです……」
「愛人……」
「先日、その事がバレてしまい、女王は国外に追放されて……残された私は、売られました」
ガタガタと震えながら、青白くなった唇で続ける。
「何日も馬車に揺られて……そして、この国に辿り着きました」
「なるほど……それをたまたま目撃したのが、テリオンとソフィアだったんだね」
「ん〜。見つけたのはテリオンくんだけどね〜」
話を聞いていたテリオンは……気づかぬ内に、ミリアの頭を撫でていた。
「んっ……テリオン、様……?」
「……ごめんな」
「え?」
「気づいてやれなくて、ごめんな……」
……何が英雄になりたい、だ。
何がヒーローになりたい、だ。
たった一人の少女が絶望の中にいたのに、それにすら気づけていないじゃないか……ッ!
「……組合長、コイツはどうなるんだ?」
「コキュートスが『冒険者機関』に行って報告してるだろうから、そろそろ『冒険者機関』の職員がミリアの保護に来ると思うけど……」
「……な、なあ、組合長」
おずおずといった様子で、テリオンが続ける。
「この子……どうにかして、一緒に生活できないか……?」
「え? うん、もちろんそのつもりだけど?」
──え?
「二人も、それでいいよね?」
「ん……もち、ろん……」
「あたしもいいよ〜」
「ってワケで! ミリアちゃんはどうする?」
組合長が笑顔を見せ、ミリアに手を差し出した。
数秒、ミリアが迷うように組合長の顔と差し出された手を交互に見て──遠慮がちに、組合長の手を握る。
「よ、よろ、しく……お願い、します……?」
「よーし決定! それじゃ、早速歓迎会の準備をしよう!」
ポカンとした表情のテリオンを置いて、組合長がミリアの手を引いて部屋を出て行く。
やれやれとため息を吐くソフィアがその後を追い──完全に置いて行かれたテリオンの肩に、リリアナがポンと手を乗せた。
「心配、しなくても……組合長、は……独りぼっちの、小さな子を……放置したり、しない……それは、テリオンも……知ってる、でしょ……?」
「それは、まあ……」
「組合長、は……沢山の、人たちを……あの、小さな体で……救って、きた……わたしも、そう……コキュートスも、ディアボロも……みんな、あの人に……救われて、ここにいる……」
ふっと微笑を見せるリリアナの言葉に──テリオンは、冒険者に憧れた日の事を思い出していた。
そう……あれは確か、テリオンがまだ八歳くらいの頃。孤児院の子どもと喧嘩して、感情のままに孤児院を飛び出したあの日。
──テリオンは、人身売買の犯罪者に連れ去られそうになった。
あの時の恐怖は、今でも忘れられない。
こうしてテリオンがここにいるのは──御伽噺の英雄のような冒険者に助けてもらったからだ。
『ったく……子どもが一人でウロウロしてんなよ。俺っちがたまたま通り掛かったから良かったけどよ……んあ? 俺っちの名前? 俺っちは『第一級冒険者』の──だ。んじゃま、縁があったらまた会おうぜ、少年』
その冒険者はまるで、炎のように赤い『竜人族』だった。
あの時の衝撃は、今でも忘れられない。
そう……あの日からだ。
テリオンの英雄好きに拍車が掛かったのは。
「……組合長に、救われている……」
思えば、テリオンも組合長に救われていたのかも知れない。
英雄に憧れて、あの日の冒険者に憧れて、ただ一心に己の力と【技能】を磨き続けていたテリオン──だがそこには、いつも不安があった。
──俺が英雄なんかになれるのか? あの日の冒険者のように強くなれるのか?
そんな不安を消し去ってくれたのは──突如、テリオンがお世話になっていた孤児院に現れた組合長だった。
『英雄? なれるよ、キミなら。その【技能】とその心があれば、御伽噺の英雄なんて足元にも及ばないヒーローにだってなれるさ。だから──私に、キミが英雄になるお手伝いをさせてくれないかな?』
組合長にそう言われて、テリオンは【七つの大罪】の一員となった。
そんな事を思い出し──テリオンの口元が、自然と笑みの形になっていた。
孤児院の仲間は言った──お前なんかが、英雄なんかになれるかよ、と。
孤児院の保護者も言った──冒険者は危険な職業だから、ならない方が良い、と。
テリオンの事を間違っていないと言ってくれたのは──組合長だけだった。
そう……テリオンもまた、リリアナたちと同じく──
「組合長に、救われたのか……」
「テリオーン! リリアナー! 準備をするから手伝ってー!」
こちらを呼ぶ声に、テリオンとリリアナは顔を見合わせ──テリオンが言った。
「あの人、完全にガルドルの事忘れてるよな」
【欲深き狼】の支部の外──そこに、金髪金瞳の少女がいた。
テリオンとソフィアの姿を見て、頭部から生えているキツネ耳がピンと立ち、臀部からぶら下がっているキツネ尻尾がゆらゆらと揺れ始める。
「……遅かったわね」
少女の隣に立っていた女性が、どこか不機嫌そうな視線をテリオンに向ける。
その予想外の人物に──思わずテリオンが大きく目を見開いた。
「コキュートス……? なんで?」
少女を守るように立っていたのは──コキュートスだった。
テリオンの言葉を聞き、呆れたような顔で答える。
「組合長から頼まれたのよ。あなたたちに手を貸してやってくれって……話は聞いているわ。あなた、随分と無茶したそうね」
「……悪い」
「別に、私はどうも思っていないわ。けど、組合長があなたの心配をしているの。組合長に余計な心労をかけないで」
どこまでも組合長主義の考えに、思わずテリオンが苦笑を浮かべた。
「それで、相手は?」
「『第二級冒険者』のアルバトス。二つ名は“八つ裂き猫”だ」
「ああ、あの問題冒険者……なら、ガルドルの心配は必要なさそうね。組合施設に戻るわよ」
踵を返し、コキュートスが組合施設へと向かい始める。
その後に続き、ソフィアも歩き始めた。
──いいのか?
助けに来てくれたガルドルを置いて、安全な所へ移動するなんて……本当に、いいのか?
「何考えてるか知らないけど〜」
ソフィアの声に、テリオンは顔を上げた。
「もしもまた勝手に行動したら〜──あたし、テリオンくんに何するかわからないよ〜?」
こちらを振り返るソフィアが、妖艶な笑みを見せた。
──ゾクッと、テリオンの背筋に悪寒が走る。
この感じは……そうだ。まだ【七つの大罪】に入ったばかりの頃、ソフィアから【魅了】を使われて遊ばれていた時の感覚に似ている。
「テリ、オン……様……」
クイクイと袖を引っ張られる感覚に、テリオンは視線を下に向けた。
──フォクシー種の『獣人族』が、どこか心配そうにテリオンを見つめている。
……そうだ。俺の任務は、この少女を救い出して安全な所で保護する事。
ガルドルなら大丈夫。きっと大丈夫。
「……ごめん。行こうか」
フォクシー種の少女と共に、テリオンも組合施設を目指して歩き出した。
────────────────────
「わはー! なにこの子! めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
組合施設に戻ったテリオンたちは、そのまま会議室に足を踏み入れた。
「おい組合長。ソイツもしかしたら『獣人族』の国の王族かも知れないんだから、あんまり撫で回さない方がいいと思うぞ?」
白い円卓を囲んでいる八つの椅子──その内の一つに座るテリオンが、少女を撫で回す組合長に忠告とも取れる言葉を飛ばした。
「わかってるよ! それにしても可愛いね……キミ、名前は?」
「……ミリア=ゼナ・ヴォルガノンです……」
「ミリアちゃんだね! 私はサクラ! サクラ・キリュウインだよ! よろしくね!」
「は、はい……」
「そこまでにしとけ組合長。ソイツ、困ってるだろ」
されるがままになっているミリアの姿を見て、テリオンが組合長を引き離した。
名残惜しそうに離れる組合長──と、先ほどまでいたコキュートスが、いなくなっている事に気づく。
「あれ? コキュートスは? それに、ディアボロとジャンヌも……」
「ディアボロとジャンヌは、別のクエストに行かせたよ。ディアボロがいたら……テリオンたちに加勢に行くとか言って、皆殺しにしそうだったし。多分、明日の朝頃に帰って来るんじゃないかな?」
「そうか……コキュートスは?」
「『冒険者機関』に今回の騒動の報告に行ったよ。テリオンたちが行くより、『第一級冒険者』であるコキュートスの方が……ま、信頼があるからね」
「それもそうか……」
となると……残っているのは、組合長にリリアナ、テリオンとソフィアだけか。
そんな事を思いながら、テリオンは自分を見つめてくるミリアに声を掛けた。
「よし。明日になったら、『黒の出会い』に行くぞ」
「『黒の出会い』……?」
「あー……お前の事を売ってた場所だ。覚えてるだろ?」
「……また、あの場所に……?」
テリオンの言葉に、ミリアが不安そうに声を震わせる。
「別にお前を売るわけじゃないから、安心しろ」
「じゃあ……なんでですか……?」
「あの店の店主に、お前が無事だって事を知らせないといけないからな」
グリグリとミリアの頭を乱暴に撫で、テリオンは組合長に視線を向けた。
「それでいいよな、組合長?」
「そうだね。可能なら、その子を故郷に連れて行ってあげて。多分、両親も心配してるだろうから」
「了解だ。おい、話は聞いてたな? 『黒の出会い』に行った後、そのまま『獣国』に──」
「い、や……」
今にも聞いてしまいそうな──だが底知れぬ絶望を含んだ呟きに、テリオンたちはミリアへ顔を向けた。
「いや、です……もう、あそこには……もう、いや……」
「お、おい? どうした?」
「……ああ、なるほど。そういう事だったんだね」
「組合長、どういう意味だ?」
一人納得したような表情の組合長が、テリオンの質問に答える。
「そもそもおかしな話だろう? この子がガルドルの言う通り王族の子なら、『獣国』から何かしらの情報があるはずだ。だけど、『獣国』からそう言った情報はない。となると、考えられる理由は3つになる」
「3つ……?」
「1つ。この子が王族でない可能性。だけど、この可能性は低いと思う。ガルドルも言ってたと思うけど、『獣人族』の王族は黄金のフォクシー種なんだ。だから、この子はほぼ100%王族だと言える」
怯えたように震えるミリアの頭を撫で、組合長がさらに続けた。
「2つ目は、この子が何かしらの犯罪に巻き込まれた可能性。この可能性も低いと思う。1つ目の理由と同じく、普通だったら捜索願いが出てたりするからね」
そして、最後の一つは──
「この子が、王族から見放された可能性」
「「なっ──?!」」
「……………」
驚愕するテリオンとソフィア──いや、二人だけではない。少し離れた所から見ているリリアナも、驚いたように眉を上げていた。
「……沈黙は肯定と受け取るよ。だとすれば、別の推測が必要となる」
「別の、推測〜……?」
「うん。何故この子は王族から──家族から、見放されたのか」
──ぶるりと、ミリアの体が震えた。
「王権争い? 派閥争い? 後継争い? いや、きっとどれも違う──ねぇ、ミリアちゃん」
ミリアの前にしゃがみ込んだ組合長が、柔らかい笑顔で──この場に合わない表情で、言った。
「──キミの両親は、誰?」
──言葉が出なかった。
今の組合長の言葉は、つまり──
「……私は…………『獣国』の女王と、その愛人の間に産まれたんです……」
「愛人……」
「先日、その事がバレてしまい、女王は国外に追放されて……残された私は、売られました」
ガタガタと震えながら、青白くなった唇で続ける。
「何日も馬車に揺られて……そして、この国に辿り着きました」
「なるほど……それをたまたま目撃したのが、テリオンとソフィアだったんだね」
「ん〜。見つけたのはテリオンくんだけどね〜」
話を聞いていたテリオンは……気づかぬ内に、ミリアの頭を撫でていた。
「んっ……テリオン、様……?」
「……ごめんな」
「え?」
「気づいてやれなくて、ごめんな……」
……何が英雄になりたい、だ。
何がヒーローになりたい、だ。
たった一人の少女が絶望の中にいたのに、それにすら気づけていないじゃないか……ッ!
「……組合長、コイツはどうなるんだ?」
「コキュートスが『冒険者機関』に行って報告してるだろうから、そろそろ『冒険者機関』の職員がミリアの保護に来ると思うけど……」
「……な、なあ、組合長」
おずおずといった様子で、テリオンが続ける。
「この子……どうにかして、一緒に生活できないか……?」
「え? うん、もちろんそのつもりだけど?」
──え?
「二人も、それでいいよね?」
「ん……もち、ろん……」
「あたしもいいよ〜」
「ってワケで! ミリアちゃんはどうする?」
組合長が笑顔を見せ、ミリアに手を差し出した。
数秒、ミリアが迷うように組合長の顔と差し出された手を交互に見て──遠慮がちに、組合長の手を握る。
「よ、よろ、しく……お願い、します……?」
「よーし決定! それじゃ、早速歓迎会の準備をしよう!」
ポカンとした表情のテリオンを置いて、組合長がミリアの手を引いて部屋を出て行く。
やれやれとため息を吐くソフィアがその後を追い──完全に置いて行かれたテリオンの肩に、リリアナがポンと手を乗せた。
「心配、しなくても……組合長、は……独りぼっちの、小さな子を……放置したり、しない……それは、テリオンも……知ってる、でしょ……?」
「それは、まあ……」
「組合長、は……沢山の、人たちを……あの、小さな体で……救って、きた……わたしも、そう……コキュートスも、ディアボロも……みんな、あの人に……救われて、ここにいる……」
ふっと微笑を見せるリリアナの言葉に──テリオンは、冒険者に憧れた日の事を思い出していた。
そう……あれは確か、テリオンがまだ八歳くらいの頃。孤児院の子どもと喧嘩して、感情のままに孤児院を飛び出したあの日。
──テリオンは、人身売買の犯罪者に連れ去られそうになった。
あの時の恐怖は、今でも忘れられない。
こうしてテリオンがここにいるのは──御伽噺の英雄のような冒険者に助けてもらったからだ。
『ったく……子どもが一人でウロウロしてんなよ。俺っちがたまたま通り掛かったから良かったけどよ……んあ? 俺っちの名前? 俺っちは『第一級冒険者』の──だ。んじゃま、縁があったらまた会おうぜ、少年』
その冒険者はまるで、炎のように赤い『竜人族』だった。
あの時の衝撃は、今でも忘れられない。
そう……あの日からだ。
テリオンの英雄好きに拍車が掛かったのは。
「……組合長に、救われている……」
思えば、テリオンも組合長に救われていたのかも知れない。
英雄に憧れて、あの日の冒険者に憧れて、ただ一心に己の力と【技能】を磨き続けていたテリオン──だがそこには、いつも不安があった。
──俺が英雄なんかになれるのか? あの日の冒険者のように強くなれるのか?
そんな不安を消し去ってくれたのは──突如、テリオンがお世話になっていた孤児院に現れた組合長だった。
『英雄? なれるよ、キミなら。その【技能】とその心があれば、御伽噺の英雄なんて足元にも及ばないヒーローにだってなれるさ。だから──私に、キミが英雄になるお手伝いをさせてくれないかな?』
組合長にそう言われて、テリオンは【七つの大罪】の一員となった。
そんな事を思い出し──テリオンの口元が、自然と笑みの形になっていた。
孤児院の仲間は言った──お前なんかが、英雄なんかになれるかよ、と。
孤児院の保護者も言った──冒険者は危険な職業だから、ならない方が良い、と。
テリオンの事を間違っていないと言ってくれたのは──組合長だけだった。
そう……テリオンもまた、リリアナたちと同じく──
「組合長に、救われたのか……」
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