【冒険者組合 七つの大罪】
1章5話
「──着いた……!」
第一区画と第二区画の間。ヘヴァーナ王国を囲う外壁の近く。
そこに──ひっそりと建つ、黒色の建物。
大きさ的に言えば、【七つの大罪】の本拠地と同じか、それ以上とかなり大きい。
看板に書かれている『黒の出会い』という文字──間違いない。『水鱗族』の男が教えてくれた建物だ。
「入って、いいよな……?」
建物の前に立ち……意を決し、扉をノックした。
数秒ほど沈黙が続き──唐突に扉が開けられた。
「……なんか用か?」
扉を開けてくれたのは……顔の半分を前髪で隠した、茶髪の男だった。
「ここで奴隷の売買をしてるって聞いたんですけど……合ってますか?」
「なんだ、客か……入りな」
言葉少なに中へと誘われ、奴隷販売所へ足を踏み入れた。
──檻に入れられた奴隷が、所狭しと並べられている。
その中に──金髪金瞳のフォクシー種はいなかった。
「……すみません、フォクシー種の少女はいないんですか?」
「……情報を仕入れるのが早いな……この奥だ。付いてきな」
さらに奥へと案内され──奥の部屋への扉を通り抜けた瞬間、強烈な異臭がテリオンの鼻を襲った。
──錆びた鉄の臭いや、腐った肉の臭いが混ざりあっており……この場にいるだけで、クラクラしてくる。
「なん、の……臭いだ……?!」
「悪ぃな。こっちの部屋には、自分で望んで奴隷になった奴はいなくてな。奴隷になるなら死んだ方がいいっつって自殺する奴が多いんだ」
「自殺……?!」
「ああ……お前が探してるのは、あの『獣人族』だろ?」
広々とした部屋の中に並べられる無数の鉄檻。
その中の一つに──フォクシー種の少女がいた。
……というか、その少女以外の奴隷はこの部屋にはいない。
全員、自殺したという事だろうか。
「……望んで奴隷になってないなら、解放してあげたらどうなんですか?」
「頼れる人もいない。職もない。住む所もない。金すらない。なのに、外に放り出せと? 奴隷を売買している俺が言うのもなんだが、さすがにそれは人として終わってんだろ」
この男なりに色々と考えてるんだな──そんな事を思いながら、テリオンは檻の前に座った。
そんなテリオンに気づいたのか、少女がゆっくりと顔を上げる。
テリオンの蒼瞳と少女の金瞳が交差し合い──テリオンは優しい笑みを見せた。
「……大丈夫。そこから出してやるから」
「…………!」
もう視線を逸らさない。背けない。外さない。
「……それは、コイツを買うって事でいいのか?」
「さすがにタダでってのは──」
「無理だ。一応、商売だからな」
「……じゃあ、いくらなんですか?」
「珍しいフォクシー種、女、まだ売りに出していない……これら全部含めて、百五十万ピリカでどうだ?」
「ひゃくまっ……?!」
驚愕よ金額に、テリオンの目が見開かれる。
だが──グッと拳を握り、男の言葉に頷いた。
「……わかり、ました。百五十万ピリカ、必ず用意します。それまで、この子を売らないでください」
「予約か……まあ別にいいか。じゃあ、とっとと百五十万ピリカ用意して来いよ」
もう一度、少女を安心させるために笑い、部屋を出ていく。
「……よかったな。優しい人が買ってくれそうだぞ」
「……………」
男の言葉には反応せず、少女は閉められた扉を見つめ続けた──
────────────────────
「ひゃ、百五十万ピリカだって?!」
夜の第一区画に、ガルドルの大声が響く。
「声がでけぇよガルドル……」
「あ、ご、ごめん……」
「とりあえず、そこの奴隷商人に頼んで他の人には売らないようにしてもらったから、どっか別の所に行く事はないはずだ」
【七つの大罪】の組合施設に戻りながら、テリオンとガルドルは情報交換を行っていた。
とりあえず、フォクシー種の少女の安全は確保できた。
しかし……次の問題は、百五十万ピリカという大金だ。
「……ボクの全財産でも三十万ピリカしかないのに、百五十万なんて……」
「どうするかな……クエストに行くしかないか?」
「そうだね……だけど、『第五級冒険者』のテリオンだと、受けられるクエストは少ないだろう?」
「そうは言っても──」
「とにかくボクは、そのフォクシー種の少女と話がしたい。明日もう一度、『黒の出会い』に行ってみるよ」
「……ああ」
──力不足。
そんな言葉が、テリオンの頭に浮かんだ。
テリオンの様子に気づいたのか、ガルドルがテリオンの白髪を優しく撫で、優しい笑みを見せる。
「そんな顔をしないでくれ。キミがいなかったら、そもそもフォクシー種の『獣人族』に気づく事すらできなかったんだから」
「……………」
「それに、奴隷販売所を見つけたのもキミだ。ボクの方が力不足さ」
だから──
「ここからは、ボクに任せてくれ。それとも、ボクみたいな先輩に任せるのは不安かな?」
ぶんぶんとテリオンは首を横に振った。
そんなテリオンを見て、『第二級冒険者』は穏やかな瞳を柔らかく細める。
──と、ガルドルが歩みを止めた。
どうやら、もう【七つの大罪】の組合施設に戻ってきたようだ。
「……それじゃあ、一緒に怒られようか」
「……ああ!」
冗談めかして笑うガルドルの姿に、ようやくテリオンが笑った。
先を歩くガルドルが玄関を開け、後に続いて中に入り──
「──遅かったね」
玄関を開けた先には──腕を組む組合長がいた。
夜中に無断で外出した事に怒っているのか、瞳には強い怒気が宿っている。
「さて……理由を聞こうかな?」
正直に話すまで逃がさないよ? と組合長の黒瞳が語っている。
結果的に言えば、テリオンたちは夜中に奴隷を探しに行った──という事になる。
ちなみに組合長は、奴隷が嫌いだ。厳密に言うなら、奴隷制度が嫌いなのだ。
……なんかよくわからないが、説明を間違えれば終わるような気がする。
こちらの言葉を待つ組合長に──ガルドルが説明を始めた。
「あはは。ごめんね、組合長。今日が性格逆転の日だったみたいでね。いつも通り、みんなに迷惑を掛けないように外に出たら……テリオンが心配して付いてきたみたいなんだ」
「……あれ? 今日が性格逆転の日だったの? もう少し先じゃなかった?」
「うん。もう少し先だったはずなんだけど……何故か今日来てね。説明なしに出て行ったのは悪かったよ」
「うーん……性格逆転が理由なら、何も言えないなぁ……」
あっという間に組合長を言いくるめたガルドルの言葉に──テリオンは首を傾げた。
性格逆転とはなんだろう?
ガルドルの顔を見上げると──今は問うなと言っている。
今は流すしかないと判断し、テリオンは組合長に視線を戻した。
「……しょうがない、今回は見逃してあげるよ。ただしテリオン、次からは一言私に声を掛けて行ってね? 心配するから」
「……了解」
「ガルドルは……まあ、性格逆転なら仕方ないけど……それでも、できるだけ早く帰って来る事。いいね?」
「うん、わかったよ」
ガルドルの説明に納得したのか、それだけを言い残して組合長はテリオンたちに背を向けた。
その背中が部屋の中に消えた事を確認し──テリオンは、ガルドルに問い掛けた。
「……なあガルドル。性格逆転ってなんだ?」
「……一部の『獣人族』に見られる特徴さ。まあ、あまり気にしないでいいよ。それじゃあ、ボクも部屋に戻るね」
穏やかに笑い、二階への階段に向かう。
それと入れ替わるように、奥の部屋から緑髪の女性が顔を出した。
「テリオン…………お帰り……」
「リリアナか……すまんな、組合長から色々言われなかったか?」
「ん……テリオン、と……ガルドル、の……居場所、探れって……ずっと、言われた……」
眠たそうにユラユラと歩き、リリアナが深緑色の瞳をスッと細めた。
「……それ、で…………何が、あったの……?」
「えっと……まあ、少し長くなるんだが──」
これまでの話を聞いたリリアナは──魂が抜け落ちてしまうのでないかと思うほど、深いため息を吐いた。
「はあ~~~~~………………何、やってるの……あなたも、ガルドルも…………」
「だ、だって……」
「だってじゃ、ない……! 百五十万ピリカ、なんて……すぐに集められるわけ、ない……!」
「そ、そう、だけど……」
返答に詰まるテリオンに、リリアナは咎めるような視線を向ける。
「そも、そも……なんで、わたしに……一言も、相談しないの……? 声を、掛けてくれたら……協力した、のに……」
「え……?」
「わたしだけ、じゃない………………ソフィアも、ジャンヌも……組合長、だって……しっかり、説明すれば……協力、してくれる……」
頼らなくても良い。せめて一言相談してくれと。
日頃の怠惰な性格はどこに行ったのか。そこには、後輩の心配をする『第二級冒険者』があった。
「……悪かったよ。次からは気を付ける」
「ん…………気を、付けて……」
第一区画と第二区画の間。ヘヴァーナ王国を囲う外壁の近く。
そこに──ひっそりと建つ、黒色の建物。
大きさ的に言えば、【七つの大罪】の本拠地と同じか、それ以上とかなり大きい。
看板に書かれている『黒の出会い』という文字──間違いない。『水鱗族』の男が教えてくれた建物だ。
「入って、いいよな……?」
建物の前に立ち……意を決し、扉をノックした。
数秒ほど沈黙が続き──唐突に扉が開けられた。
「……なんか用か?」
扉を開けてくれたのは……顔の半分を前髪で隠した、茶髪の男だった。
「ここで奴隷の売買をしてるって聞いたんですけど……合ってますか?」
「なんだ、客か……入りな」
言葉少なに中へと誘われ、奴隷販売所へ足を踏み入れた。
──檻に入れられた奴隷が、所狭しと並べられている。
その中に──金髪金瞳のフォクシー種はいなかった。
「……すみません、フォクシー種の少女はいないんですか?」
「……情報を仕入れるのが早いな……この奥だ。付いてきな」
さらに奥へと案内され──奥の部屋への扉を通り抜けた瞬間、強烈な異臭がテリオンの鼻を襲った。
──錆びた鉄の臭いや、腐った肉の臭いが混ざりあっており……この場にいるだけで、クラクラしてくる。
「なん、の……臭いだ……?!」
「悪ぃな。こっちの部屋には、自分で望んで奴隷になった奴はいなくてな。奴隷になるなら死んだ方がいいっつって自殺する奴が多いんだ」
「自殺……?!」
「ああ……お前が探してるのは、あの『獣人族』だろ?」
広々とした部屋の中に並べられる無数の鉄檻。
その中の一つに──フォクシー種の少女がいた。
……というか、その少女以外の奴隷はこの部屋にはいない。
全員、自殺したという事だろうか。
「……望んで奴隷になってないなら、解放してあげたらどうなんですか?」
「頼れる人もいない。職もない。住む所もない。金すらない。なのに、外に放り出せと? 奴隷を売買している俺が言うのもなんだが、さすがにそれは人として終わってんだろ」
この男なりに色々と考えてるんだな──そんな事を思いながら、テリオンは檻の前に座った。
そんなテリオンに気づいたのか、少女がゆっくりと顔を上げる。
テリオンの蒼瞳と少女の金瞳が交差し合い──テリオンは優しい笑みを見せた。
「……大丈夫。そこから出してやるから」
「…………!」
もう視線を逸らさない。背けない。外さない。
「……それは、コイツを買うって事でいいのか?」
「さすがにタダでってのは──」
「無理だ。一応、商売だからな」
「……じゃあ、いくらなんですか?」
「珍しいフォクシー種、女、まだ売りに出していない……これら全部含めて、百五十万ピリカでどうだ?」
「ひゃくまっ……?!」
驚愕よ金額に、テリオンの目が見開かれる。
だが──グッと拳を握り、男の言葉に頷いた。
「……わかり、ました。百五十万ピリカ、必ず用意します。それまで、この子を売らないでください」
「予約か……まあ別にいいか。じゃあ、とっとと百五十万ピリカ用意して来いよ」
もう一度、少女を安心させるために笑い、部屋を出ていく。
「……よかったな。優しい人が買ってくれそうだぞ」
「……………」
男の言葉には反応せず、少女は閉められた扉を見つめ続けた──
────────────────────
「ひゃ、百五十万ピリカだって?!」
夜の第一区画に、ガルドルの大声が響く。
「声がでけぇよガルドル……」
「あ、ご、ごめん……」
「とりあえず、そこの奴隷商人に頼んで他の人には売らないようにしてもらったから、どっか別の所に行く事はないはずだ」
【七つの大罪】の組合施設に戻りながら、テリオンとガルドルは情報交換を行っていた。
とりあえず、フォクシー種の少女の安全は確保できた。
しかし……次の問題は、百五十万ピリカという大金だ。
「……ボクの全財産でも三十万ピリカしかないのに、百五十万なんて……」
「どうするかな……クエストに行くしかないか?」
「そうだね……だけど、『第五級冒険者』のテリオンだと、受けられるクエストは少ないだろう?」
「そうは言っても──」
「とにかくボクは、そのフォクシー種の少女と話がしたい。明日もう一度、『黒の出会い』に行ってみるよ」
「……ああ」
──力不足。
そんな言葉が、テリオンの頭に浮かんだ。
テリオンの様子に気づいたのか、ガルドルがテリオンの白髪を優しく撫で、優しい笑みを見せる。
「そんな顔をしないでくれ。キミがいなかったら、そもそもフォクシー種の『獣人族』に気づく事すらできなかったんだから」
「……………」
「それに、奴隷販売所を見つけたのもキミだ。ボクの方が力不足さ」
だから──
「ここからは、ボクに任せてくれ。それとも、ボクみたいな先輩に任せるのは不安かな?」
ぶんぶんとテリオンは首を横に振った。
そんなテリオンを見て、『第二級冒険者』は穏やかな瞳を柔らかく細める。
──と、ガルドルが歩みを止めた。
どうやら、もう【七つの大罪】の組合施設に戻ってきたようだ。
「……それじゃあ、一緒に怒られようか」
「……ああ!」
冗談めかして笑うガルドルの姿に、ようやくテリオンが笑った。
先を歩くガルドルが玄関を開け、後に続いて中に入り──
「──遅かったね」
玄関を開けた先には──腕を組む組合長がいた。
夜中に無断で外出した事に怒っているのか、瞳には強い怒気が宿っている。
「さて……理由を聞こうかな?」
正直に話すまで逃がさないよ? と組合長の黒瞳が語っている。
結果的に言えば、テリオンたちは夜中に奴隷を探しに行った──という事になる。
ちなみに組合長は、奴隷が嫌いだ。厳密に言うなら、奴隷制度が嫌いなのだ。
……なんかよくわからないが、説明を間違えれば終わるような気がする。
こちらの言葉を待つ組合長に──ガルドルが説明を始めた。
「あはは。ごめんね、組合長。今日が性格逆転の日だったみたいでね。いつも通り、みんなに迷惑を掛けないように外に出たら……テリオンが心配して付いてきたみたいなんだ」
「……あれ? 今日が性格逆転の日だったの? もう少し先じゃなかった?」
「うん。もう少し先だったはずなんだけど……何故か今日来てね。説明なしに出て行ったのは悪かったよ」
「うーん……性格逆転が理由なら、何も言えないなぁ……」
あっという間に組合長を言いくるめたガルドルの言葉に──テリオンは首を傾げた。
性格逆転とはなんだろう?
ガルドルの顔を見上げると──今は問うなと言っている。
今は流すしかないと判断し、テリオンは組合長に視線を戻した。
「……しょうがない、今回は見逃してあげるよ。ただしテリオン、次からは一言私に声を掛けて行ってね? 心配するから」
「……了解」
「ガルドルは……まあ、性格逆転なら仕方ないけど……それでも、できるだけ早く帰って来る事。いいね?」
「うん、わかったよ」
ガルドルの説明に納得したのか、それだけを言い残して組合長はテリオンたちに背を向けた。
その背中が部屋の中に消えた事を確認し──テリオンは、ガルドルに問い掛けた。
「……なあガルドル。性格逆転ってなんだ?」
「……一部の『獣人族』に見られる特徴さ。まあ、あまり気にしないでいいよ。それじゃあ、ボクも部屋に戻るね」
穏やかに笑い、二階への階段に向かう。
それと入れ替わるように、奥の部屋から緑髪の女性が顔を出した。
「テリオン…………お帰り……」
「リリアナか……すまんな、組合長から色々言われなかったか?」
「ん……テリオン、と……ガルドル、の……居場所、探れって……ずっと、言われた……」
眠たそうにユラユラと歩き、リリアナが深緑色の瞳をスッと細めた。
「……それ、で…………何が、あったの……?」
「えっと……まあ、少し長くなるんだが──」
これまでの話を聞いたリリアナは──魂が抜け落ちてしまうのでないかと思うほど、深いため息を吐いた。
「はあ~~~~~………………何、やってるの……あなたも、ガルドルも…………」
「だ、だって……」
「だってじゃ、ない……! 百五十万ピリカ、なんて……すぐに集められるわけ、ない……!」
「そ、そう、だけど……」
返答に詰まるテリオンに、リリアナは咎めるような視線を向ける。
「そも、そも……なんで、わたしに……一言も、相談しないの……? 声を、掛けてくれたら……協力した、のに……」
「え……?」
「わたしだけ、じゃない………………ソフィアも、ジャンヌも……組合長、だって……しっかり、説明すれば……協力、してくれる……」
頼らなくても良い。せめて一言相談してくれと。
日頃の怠惰な性格はどこに行ったのか。そこには、後輩の心配をする『第二級冒険者』があった。
「……悪かったよ。次からは気を付ける」
「ん…………気を、付けて……」
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