俺の描く理想のヒロイン像は少なくともお前じゃない

鳩子

Ⅴ.泣き顔と美

ー6月30日 (火)ー

「なぁ、シノ」

 朝の教室。ハッチーが突然、俺の席に来て言った。

「俺は説明を要求する」

 ずいっと顔を近づけたハッチーの顔は少し不機嫌そうだった。

「せ、説明って?」

「とぼけるなよ。昨日、転校生の紫陽花坂あじさいざかさんと会ったって言ってたよな?」

「ああ、言ったな…一回だけ」

「その“一回だけ”会った紫陽花坂さんと何であんなに親しそうだったんだ?その一回で何があった?!」

「何って、たまたま会ってちょっと話して、あとは…そうだ、学校案内を頼まれたんだ」

「なんだよそれーー!」

 ハッチーは手を俺の頭に乗せもみくちゃにしながら嘆いた。

「や、やめろよ。まぁ、そう言うわけだからお前が思ってる様なことは何にもねーよ。昨日のだって学校見学に行かないかっていう誘いだったし」

「羨ましいことに変わりはないが…しょうがない。許してやらないが、ひとまず休戦してやろう」

 そう言ってハッチーは軽く俺の頭を整えてから手を離した。

「ありがたき幸せ」

「それにしても、そんな羨ましい話を断った理由はなんだったんだ?割とマジな顔してたけど」

「それは私も聞きたいわね」

 ふと後ろから声がして振り返ると、そこには紫陽花坂が凛としたたたずまいでそこにいた。

「おっ、紫陽花坂いたのか」

「いたわよ」

「いつから?」

「今からよ」

「バッドタイミングだな」

「私としてはこれ以上のナイスタイミングはないと思うけれど」

「左様で」

 そんな彼女との淡々とした淡白な会話を一度切り上げ前を向くとハッチーは耳を赤らめて机の下の方に縮こまっていた。

「おい、どうした?」

 俺は覗き込んで尋ねる。

「いや、その…シノは知ってるだろ。俺、人見知りなんだって」

 それにしては異常な反応だが確かにハッチーは人見知りだ。それも重度の。ただ、それは女子に限っての話だ。

 初対面でも男子なら多少の緊張を抱くぐらいで、それでも常人程度だ。

「それにしたって、見知らない限り人見知りは続くぞ」

「…わ、分かってるよ」

 そう言っておどおどしながら立ち上がるハッチーの顔は完全にトマトだった。

「ひゃ、ひゃじめまひてっ!紫陽花坂さん!お、俺は炬燵原こたつばら 八太はちたって言いますっ!よ、よろひく!」

 顔を覆いたくなるほどのカミカミ自己紹介だが、よく頑張ったなハッチー。

 俺は心の中でグッと親指を立てる。

「よろしく、小松七くん」

 誰だよその芸能人にいそうな名前の奴。

「炬燵原ですっ!」

「ああ、ごめんなさい炬燵原くん。名前を覚えるのは得意ではなくて」

「いや…そんな」

 恥ずかしそうに恐縮したハッチーは、それじゃあと言って教室を飛び出して行った。

 アイツどこ行く気だ?

「面白い子ね」

「まぁ、いい奴だから。仲良く頼むよ」

「そうね。でも、仲良くするのはあなたから学校見学を断った理由を聞いたあとでから、かしら」

 やっぱ忘れてなかったか。いや、やましい理由で断ったわけじゃないから別に忘れてなくても焦る必要はないんだけど。

「別に、ちょっと友達と会う約束をもともとしてて」

「それって、ゴスロリの服を着た髪の短い可愛らしい女の子?」

「そうだよ…って、えっ!?なんで知ってんの?」

「昨日は私も予定があってね。巳魂みたま駅に居たのよ」

「あっ、なるほど」

「そんな“別にやましい理由じゃないから平気”みたいな顔されてもね。私、今それなりに驚いているのよ?あなたって割と女癖が悪い人だったのね」

 俺の記憶が正しければ、驚いてる奴の表情はそんな感じじゃないはずなんだが。

 彼女の目は終始、死んだ魚だ。例えるなら、そう剥製剥製だ。我ながら良い例えだな。

 というか…、

「そ、そんな顔してたか?」

 図星ではあるが、それを感づかれない様に俺は自分の顔をこねくり回す。

「その前に、女癖とか誤解を生みそうな言い方するなよ。ただの友達だし、実際やましい理由じゃないだろ?」

「納得はできないけれど、まぁ、そうね…学校案内を徹底的にしてくれるのなら許してあげないこともないわ」

「はぁ…お任せください、お嬢様」

 俺はふざけ半分で了解した。

「くるしゅうないわ」

 そう言い残し髪をサッとかき上げ彼女は着席した。

 その刹那、彼女の髪は陽光に照らされ、プラチナの如く輝き宙をふわふわと舞い踊った。

 やっぱ紫陽花坂って綺麗だよな。性格は置いておいて。






 1、2時間目は音楽、美術、書道の内一つを選ぶ選択科目で俺は美術だ。

「じゃーな、ハッチー」

「おう、またなー」

 音楽選択のハッチーに別れを告げ俺は美術室に向かう。

「あら、あなたも美術?」

 美術室に向かう途中、背後から唐突に声がかかる。

 その独特の声の質調から相手が誰なのかは容易に分かる。

「紫陽花坂、お前もか」

 紫陽花坂だ。

「なに?嫌なの?」

「別に。ただ、偏見だけどお前は音楽の方を選ぶかと思ったから」

「私にとっては美術だろうと音楽だろうと書道だろうと変わらないわよ」

「そうか?」

「私はどれも等しく嫌い」

 彼女の表情は依然として無だ。ただ、気のせいかもしれないが、彼女の瞳は泣いているようにも思えた。

 涙を流しているわけでも震え声というわけでもないのに…。

 不思議だ。

 今更だけど俺、紫陽花坂と話してる時、不思議だなしか思ってなくないか?

 だが、まったくもって、摩訶まかがつくほど不思議だ。

 彼女を形容するのに美しいという言葉以外でピタリと当てはまるのは恐らく“不思議”だろう。これも偏見なのだろうけど。

 美術は俺たちB組半数とA組の半数の2クラス合同授業だ。

 自由席なのだが、未だに馴染みきれていない両クラスは、必然的に教室を分断する形で右にA組、左にB組という形での生徒たちが座っている。

 今日から美術は切り絵か〜。題材は《夏》ね。

 黒板に書かれた文字を見て俺は憂鬱になる。

 細かい作業は苦手だ。

 下書きを黙々と用紙に書く俺の隣にはですでにカッターを手にした紫陽花坂が座っていた。

「おい紫陽花坂…下書きは?」

「私ね嫌いなものとはできるだけ時間を共にしたくないの」

 紫陽花坂は用紙を見つめたまま言う。

「だから下書きを書かずに、ってことか?」

「そういうことよ。さて」

カチカチカチ

 紫陽花坂はおもむろにカッターの刃をあらわにすると用紙に切り込みを入れ始めた。

シュー、シュッ、シュー

 乾燥した音を立てて銀のやいばが用紙へと切り込まれていく。

 時に直線。時に曲線。

 切り込まれ、切り抜かれ…。

 面白いほど綺麗に、華麗にその工程が繰り返されていく。








「こんなところね」

 ポツリと呟く紫陽花坂。

「え?」

 早くない?しかし、時計を見るともう2時間目の中盤に差し掛かっていた。

 どうやらチャイムの音にも気づかず彼女のわざに見惚れていたらしい。

 彼女の用紙には美しい浴衣を着た女性が1人、バス停に立つ姿が描かれていた。

「すごいな…」

 思わず感嘆の声が漏れる。

「ありがとう。ただ、私のことより自分のことを気にしたらどうなの?」

 紫陽花坂は呆れたような視線を俺の前に置かれた何も書かれていない用紙を見ていった。

「そ、それは…アハハハハ」

 俺は苦笑いをするほかなかった。




「A組の天叢あまむらさんとB組の露葉奈つゆはなくんはこの後、少し残ってもらっていいかしら?すぐに終わる話だから」

 授業の最後に先生はそう言った。

「まじか」

「あら、あなたまた何かやったの?」

 唐突な先生の呼び出しに驚いていた俺の隣から紫陽花坂が不敵な笑みを浮かべながら聞いてきた。

「やってない…と思う。というか“また”とか決めつけんなよな。俺、そこまでやんちゃじゃねーから。恐らくは美術委員の仕事だろうな」

「美術の“び”の字も無い、というより“美”そのものが無いあなたが美術委員だなんて、モナリザも大爆笑ね」

 人を小馬鹿にする時だけ饒舌じょうぜつになる防弾ガラス系美少女こと紫陽花坂さん。

 こいつはどうして俺にこんなにも馴れ馴れしいのか。別に馴れ馴れしくされたくないとか、嫌な気持ちになるとか、そういう訳じゃないけど。

 この感情をあえて言葉にするのなら…“不思議”だ。

 そんじゃあ、美術委員として一仕事してきますか。








 帰りのHRホームルームが終わり、カバンを準備していると案の定、背後から声がかかった。

「さぁ、約束通り案内をしてもらいましょうか」

「仰せのままに〜」

 ぶっきらぼうな返事をし、俺は紫陽花坂と共に教室を後にする。

 クラスの奴の視線が痛すぎるよ…。あぁ、痛みが胃にまで響きそう。

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