俺の描く理想のヒロイン像は少なくともお前じゃない

鳩子

Ⅲ.吸血姫とチーズケーキ

 俺は小走りで夜桜街道を抜け巳魂みたま駅へ向かう。

 去年の秋にリニューアルして二回り大きくなった巳魂駅に多少の違和感は感じつつ、構内に入る。

 えっと、アイツどこにいるのかな。

 俺はトークアプリ、LINNEリンネを開く。

〔着いたぞ〜〕

 送信っと。

 3秒後____。

〔盟約の地にて待つ〕

 相変わらずだな…。てか、“盟約の地”って駅で待ち合わせじゃないのかよ!?

 俺は時間を確認し再び小走りで出発する。

 大通りを抜け小道に入る。さびれた商店街の一角に立つこじんまりとした店の前で俺は足を止める。

【珈琲喫茶 ローストエンジン】

 少し錆びたブリキの馴染みの看板に鈍い赤の光が反射する木造の外壁。

チリリーン

 ドアを開けると、男性が1人、カウンターに立っていた。

 白と黒のシックな制服に身を包み胸元には金のコーヒーカップのバッチをつけている。

「おぉ、詩乃君。いらっしゃい」

 彫りの深い男性の顔に優しい微笑みが浮かべる。

「こんにちは、おじさん。えっと…」

 俺は店をキョロキョロしてあいつの姿を探す。

「あっ、ごめんね今呼んでくるから。オレンジジュースくらいしかすぐに出せないけど、ちょっと待っててね」

 おじさんは俺の挙動の意図に感づいたらしく氷の入ったオレンジジュースを置いて店の奥に入っていった。

「ありがとうございます」

 カウンターに着き火照ほてった体に果汁100%を注入する。

「っくはー、うめー」

「おい、詩乃君が来たぞ。駅で待ち合わせるんじゃなかったのか?」

 遠くでおじさんの声が聞こえた。

ドタドタドタ…ガッターン…ダダダダ

 足音と何かが倒れる音が店の奥から聞こえてきた。

 何やってるんだか…。

「はぁはぁ、領域への干渉を確認して来てみれば、よく来たな!我が盟友よ!」

 右目に眼帯を着け、ゴスロリの服に身を包んだ1人の少女がなぜか走ってきた俺よりも息を切らせて現れた。

 肩に着く直前で途切れた黒曜石の様なつややかな髪は左のもみあげ部分だけワンポイントで三つ編みに編み込まれている。

 だが、所々にアホ毛が目立ち今さっきセットしたことが丸わかりだ。

 そんな愛くるしく、可愛らしい容姿の彼女。彼女を形容する言葉はいくらでも出てくるだろう。恐らく、その言葉の全てがプラスの意味であることは明白だ。

 だが、そんな容姿のアドバンテージをいとも容易たやすくかき消してしまう様なパワーワードを、さも当たり前かの様に連発した。身長160㎝弱の体をめいいっぱいに活用した変なポーズをとりながら…。

「よく来たじゃねーよ」

 俺はそのパワーワードをいつも通り華麗にかわし、彼女の頭をチョップする。

「イテッ、な、何をする!我は魔を統べる魔皇天まこうてんが1人、吸血姫エルターナだぞ!」

「そうだったな。それで一姫かずき、今日はどうしたんだ?」

「私は吸血姫エルターナだっ!」

 自称、魔皇天の吸血姫エルターナ。本名、惟神かんながら 一姫かずき

 彼女はある病気に侵されている。その病気に特効薬は愚か症状を緩和させる手段も明確には無い。そう、それは…厨二病!

 一姫こと魔皇天の吸血姫エルターナは前世で俺こと聖剣帝パラディンと運命を共にする盟約を交わしたとかなんとかなんとか。

「話を逸らそうとするな。駅で待ち合わせって言ったのは一姫の方だろ?」

「んぐっ。そ、それは…」

 一姫はうつむいてモジモジとする。

 その様子から俺はなんなとなくその理由を察することができた。

 彼女はいわゆる不登校というやつだ。

 俺は一姫と中学まで同じだったから、今に至るまでに起こったトラブルの一部始終を見ていた。

 その影響で彼女は“学校”という施設、もっと言えば存在に本能的な拒絶反応を起こし不登校になってしまった。

 勉強が出来ないわけではなかったので高校に進学することは出来た。

 しかし、今でも発作の様に“学校”への拒絶反応が現れ、休んでしまうことも少なくない

 どちらにせよ、昔から話が合う奴だったから俺は今日みたいに一姫のお父さんが経営するここローストエンジンに来て遊んでいた訳だが。

 詰まるところ、一姫は今日、登校できなかったということだ。

 一姫は休んだ日は大抵、外に出たがらない。“学校”への恐怖心は外への恐怖心も同然ということだ。

「まぁいいや」

「お、怒ってる?」

 萎縮した一姫はその黒く大きな瞳と長いまつ毛を瞬かせ上目遣いで聞いてきた。

「怒ってないよ。それから、今は俺とおじさんだけなんだから眼帯はとっても大丈夫なんじゃないか?前にずっとつけててかぶれた事あっただろ?」

 彼女の右目を覆う白い眼帯。封印と彼女は言っているけれど、それはある意味本当で、彼女自身を守るためのものでもある。

「そ、そうだな」

 ゆっくりと眼帯を取ると左の漆黒の瞳とは色の異なる色素の薄い琥珀色の瞳が現れる。

 過去に目の色のことで色々とあってから本人は他人と接する時は必ず眼帯を付けている。

「さて、真の姿の一姫に出会えたところで!」

 俺は一姫が好きそうなフレーズで前置きをしつつ言う。

「怒ってはないが変わりに、いつものアレ作ってくれよ」

 俺は笑顔でそう言った。

「よかろう!我に任せておくがよい!!」

 一姫は一転、パッと表情を明るくしカウンターに入った。

 よし、いつもの一姫だ。

 黒地に白いフリルがついたエプロンを着け、カウンターの下から丸い型とクッキングシートを取り出し、俺の要望であるアレの調理にかかった。

 しばらすると、ほのかに香ってくる砂糖の甘い匂い。そして、香ばしく深みのある珈琲の香り。

「おー、いい匂いだな」

 そう言いながらおじさんが戻って来た。

「お父さんにも作ってくれよ」

「ダメだ。これは詩乃のためのものだ」

 キッパリと断る一姫にあからさまにションボリとするおじさん。この家族は見ていて面白いな。

 数十分後、俺の目の前に待望のアレが登場した。

「喰らうがよい!我が至高の一皿、ティラミス風レアチーズケーキをなっ!」

「待ってましたっ!」

 一姫はその強烈な見た目に反して料理がうまい。いやー、ギャップ萌えってやつだよな。

 二層のレアチーズケーキの上に乗ったココアパウダー。さすが、珈琲喫茶だけあって一層目には珈琲風味のスポンジケーキが敷かれている。

「いただきます」

 おじさんの物欲しそうな視線を感じつつ俺はケーキを口に運ぶ。

「うん、うまい!さすがだな」

「そ、そうか?むふふん、もっと褒めてよいのだぞ?」

 明らかに調子に乗っている様子の一姫。だが、うまいのも事実だ。

「やっぱ一姫、凄いよ。このケーキが食べられるなら毎日ここに来たいってくらいにうまい」

「ま、毎日!?…しょ、しょうがないな。作ってやってもいいぞ。我は多忙だが、盟友のためならばいたし方ない」

 何かを理解した様にウンウンと頷きながら一姫は言った。

「まぁ実際、週2で来てたら毎日来てるみたいなもんだし、たまに食べるから美味しいってのもあるんだろうけどな」

「我は別にどっちでもいいのだが、そうか…毎日食べていたら飽きてしまうよな…」

 心なしか一姫のテンションが下がった様な気がした。そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな。

「いや、飽きるってわけじゃなくてさ。なんて言えばいいのかな…、楽しみは後に取っておく派の人間なんだよ、俺」

「つまり、我の一皿が詩乃しののの至福の時というわけだな?」

「まぁ、そういうことかな?」

「そうかそうか。むっふっふっふ、良かろう。我が詩乃のシャングリラになってやろう!」

 あ、また調子に乗ってる。ったく、分かりやすいドヤ顔だな。

「シャングリラって使い魔みたいな?一姫が俺のペットになるってこと?」

 モンドラとかパズストとかで出てくる光属性のあれか?でも、一姫がペットか…。悪くない…い、いやダメだ。そんな性癖、俺には無い!

「違うわい!むしろ、我が貴様の主人あるじだ。というか、鼻の下を伸ばしすぎだ!我で変な想像をするなっ!」

 顔を紅潮させながら腕をぶんぶんと振り猛抗議する一姫。

「な、何!?顔に出ていただと。いや、そうじゃなくて…えっと、ならなんだよ?」

「はぁ、まったく…お前という奴は。『失われた地平線』だ。知らんのか?」

 俺は首を横に振る。

「1993年にジェームズ・ヒルトンが出版した小説の名だ。そこに出てくる理想郷の名がシャングリラ。一説には、ヒルトンはチベットに伝わる伝説の仏教王国、シャンバラをモデルにしたといわれていて___」

 彼女の厨二病の数少ない良い点はこう言った雑学に非常に長けているという点だ。

 古書や文学書を読み漁る。暇を見つけてはそんなことをしていた。その賜物だ。

「おい、聞いてたか?」

「ん?あ、あぁ聞いてたぞ。つまりシャングリラは理想郷ってことだろ?一姫は俺の理想郷ってことだな」

「お、おう。分かればいいのだ!そうだ、我は詩乃の理想郷だ」

 分かってくれたことが相当嬉しかったのかニンマリとした笑顔を見せる一姫に俺まで嬉しくなる。

 それから俺たちは何気ない会話をした。本当に他愛もない会話だ。最近のアニメ、ゲーム、ニュース、お店の反響具合。

 ふと、時計を見るともう6時前だった。

「あ、やべ。今日、買い出ししないといけないんだった。悪い一姫、今日はお開きだ」

 外はまだ明るい。夏になって日照時間が伸びたのはいいが時間の感覚がまるでなくなってしまう。

「そ、そうなのか?しょうがないな。ならば、我も詩乃の任務に付き合ってやろう」

「本当か!?付き合ってくれるなら願ったり叶ったりだ。今日はそこそこ買い込む予定だったから」

 ここで、『お前、今日外出て大丈夫なのか?』なんて野暮な質問をするほど俺たちの付き合いは短くない。一姫が行くと言ってくれているのなら、それは嬉しいことだ。

 俺はいつもの様に使わせてもらった食器を洗い身支度を整える。無料でケーキを作ってもらったんだ。これくらい当然だろ?

「んじゃ、行くか」

 眼帯を再びつけた一姫に俺は言う。

「お、おう」

 緊張気味の一姫の手を引き俺たちは出発した。

チリリーン

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