乙女ゲームの村人に転生した俺だけど悪役令嬢を救いたい

白濁壺&タンペンおでん

転生者は人を殺せない

 金貨を1000枚手に入れ、旅の準備を整えたビィティたちはダンジョンの岩を草木で覆い隠すと、一路王都へと向かった。
 ダンジョンを隠すのはこの世界の住人が入ったら確実に死ぬのと貨幣価値を不要に乱させないためだ。
 仮に戦える人間がこのダンジョンに入った場合確実に貨幣価値が変動する、金の価値が地に落ちでもしたらこのダンジョンに旨味がなくなってしまうからとビィティは考える。

 精霊とはいえ言葉が通じる仲間がいると長旅も辛くないようで和気あいあいと街道を上っていった。

 精霊達は二体ともレベル25になっており能力を使うのがだいぶ上手くなっていた。
 クリンに至ってはビィティを宙に浮かせたり風の刃で岩を切ったりもできる。
 ベルリは範囲は限定されるが水の操作を完璧におこなえ空気中の水分も操作できる。

 ビィティは精霊達はレベルが見えるのに自分はステータスを確認できないことに不満を持っていた。
 現在のビィティの能力はオール1を5回服用したので、ステータスのすべてが5上がっている。
 だが元が村人Aなのでたかが知れているが確認できないので強いのか弱いのかすら分からない。

 それにビィティにはこの二体の精霊について納得できないことがある。乙女ゲーム『メアリーワールド』には精霊などというシステムは存在しないのだ。
 つまり精霊はこの世界オリジナルなのだが、どうにもこの精霊というやつはシステムマチックすぎると感じるのだ。

 端的に言えばゲームのシステムみたいなのだ。

『メアリーワールド』がゲームなのだから当然と言われればそれまでだがまるで別なゲームなように体系が確立されファジーさがないのだ。

 だが、分からないことは考えても仕方ない主義のビィティは王都までの道のりを楽しむことにした。
 喉が乾いたらベルリに水を作ってもらい、小腹が減ったらクリンが果物を持ってきてくれる。

 食生活的に考えても村やダンジョンにいるより旅をしてた方が良いことにビィティは気がつきこのままずっと旅をするのも悪くないかもと思い始めている。

『ご主人ちゃま、後ろから馬車がくるです』
 風の力で警戒できるクリンが誰よりも先に馬車に気がつく。
 後方を振り替えると馬車は止まり、先頭の護衛の騎士が馬に乗ってくる。

「ベルリ、クリン警戒、攻撃してきたら吹き飛ばせ」
『おう!』
『あいでちゅ!』

 騎士はビィティの前にくるとヘルムのマスクを上げてひげ面を現し、彼を上から下まで舐めるように見る。

「坊主、こんなところで何をしている。テッドスコルピオン団の者ではあるまいな」

「レッドスコーピオン?」

「スコルピオンだ。はぁ~団員は名前に誇りを持っているから間違えたり、誤魔化すために間違えた名前は言わない。なら坊主は白だな」
 ひげ面の騎士の男が手をクルクルと回すと馬車が再び動き出しビィティたちの方に進んでくる。

「坊主、けっこう良い革鎧着込んでいるようだが、どこかのぼっちゃまか?」

「いいえ、ただの平民です」

「平民が着るような革鎧じゃないだろ。まあいい、だがこの街道はテッドスコルピオン団が支配している悪いことは言わない引き返すんだ」

 騎士の男がビィティの身を案じるが彼は首を横に振り。王都に行きたいので伝えると、騎士はここからかと大笑いする。
 その声で馬車がビィティの横に止まり窓が開く。

「どうしたのですか?」

「姫様いけませぬ。窓をお閉めください」
 馬車から顔を出したのは金髪碧眼でカールが綺麗に決まっている少女だった。

「デオゼラ軍団長が笑うなど珍しいもので」

「申し訳ございませぬ。この坊主がなかなか豪気でしてなここから王都まで歩いて行くと言うのですよ」

「まあ、王都まで200Km以上ありますよ?」
 その言葉にビィティは愕然がくぜんとした。ゲームの縮尺と全然違うじゃないかと。
 もしかしてヒロインは化け物で200km以上の距離を一瞬で飛べるんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。
 良いところ30km位だと高を括っていたビィティは6倍以上の距離に見通しの甘さを痛感したのだった。

 だがここで引いては格好悪いと思ったビィティは楽勝ですよとにこやかに答える。

「ハハハ、顔は不細工だがなかなかの奴、将来騎士になりたかったら俺のところに来い立派な騎士にしてやるぞ」

「デオゼラ様、平民などを騎士にしたら国の名折れです。しかもそんな不細工な者を」
 馬車から顔を出したイケメン少年がデオゼラの発言に否を唱える。

「馬鹿もん、そんなことばかり言ってるからうちの騎士団は世界最弱と馬鹿にされるのだ!」

 イケメンを叱責するデオゼラを見て人を不細工呼ばわりしたからだとデオゼラに心の中でほくそ笑む。

「デオゼラ様、害はないのでしたら乗せてあげてはいかかがでしょう?」
 最初の少女の横に座る赤髪の少女がにこやかにビィティに笑いかける。

「クリスティーヌ嬢、馬鹿を言っては困ります。あなただけならまだしも姫様も御乗車してらっしゃるのですぞ」
 その少女も軽装備とは言え騎士と同じ服を着ていた。だが軍団長が敬語を使うということは、それなりの地位にある娘なのだということが見てとれた。

「私なら構いませんわよ」
 姫は扇子を口許に当て汚い物を見るような目でそう言う。ビィティには分かったとりあえずこの娘はいい格好をしているだけなのだと。

「姫、身分を考えくだされ」
 イケメンの少年がたしなめるが姫は聞く耳を持たない。
 騎士団長が困っているのを見て、自分が乗るのは都合が悪いのだろうと察したビィティは時間の無駄だと察し、さっさと街道を歩き出す。

「お待ちなさい!」
 姫と呼ばれる少女が怒りをあらわにしてビィティを止める。

「なにか?」

「乗せてあげるといっているのですよ」
 あからさまな上から目線と態度にビィティはヤレヤレとため息をつく。

「いいえ私は歩いて行くので結構です」

「へ、平民風情が!」
 姫と呼ばれる少女がビィティに扇子を投げつける。扇子ははビィティの顔に当たり地面にポトリと落ちる。
 ビィティを睨むその顔はとても少女の物とは思えないほどの憎悪がにじみ出ていた。
 それを察した軍団長が間に入り頭を下げて謝る。

「姫様、子供のやることです、寛大な心でお許しいただきたい」
 そう言うと何度も何度も頭を下げて姫に許しを乞う。

「デオゼラがそこまで言うなら良いでしょう、ですがその平民を乗せるのは無しです、さっさとお出しなさい!」
 その姫の号令で馬車はデオゼラを置いて走り出す。

 姫と呼ばれる少女はビィティを睨んだままで、横の少女が手を前に出してごめんねのポーズをする。


 馬車が先を行くとデオゼラがビィティに一枚の金貨を手渡す。
「もし盗賊に襲われたら、この金貨で命乞いをするんだ。お前はまだ子供だ、許してもらえるだろう。先程嫌われる真似をさせて悪かったな」
 そう言い残すと馬を走らせ馬車に追い付く。デオゼラには気がつかれてたのかと、もらった金貨を親指でピンと跳ねさせるとキャッチし損ねてコロコロと金貨は転がる。

 金貨が転がった先には黒い扇子が落ちていた。それは先程姫が投げた扇子だった。

 黒い扇子を拾い広げるとレースで作られた扇にバラの刺繍がされており、なかなかに高級そうな作りだった。
 その扇子でパタパタと扇ぐと良い香りがただよいビィティの鼻をくすぐる。
 捨てるのももったいないのでビィティはそれをバッグにしまいこむ。

『ご主人ちゃま、あいつやっちゃいまちゅ?』
『マジでやっちゃうところだったぜ』

「いやいや、ダメだから。一応高貴な人らしいから我慢してね」
 自分のことを侮辱されて腹をたててくれる二体の精霊にビィティは嬉しくも思うが。挑発したのは自分だからと思うと悪い気さえした。

 デオゼラが馬車の方に戻ると前方で爆発音と煙が立ち上がる。
 すぐに怒声と剣がぶつかり合う音が響き渡る。

「なんだあれ」

『見てくるでちゅ』
 クリンが一目散に馬車の方へ向かうと上空を数度旋回して戻ってくる。

「何があった?」
『盗賊に襲われてるでちゅ』

 クリンの報告では馬車に乗っていた連中がかなり劣勢で、騎士たちもすでに何人も死んでいると言う。

『あるじぃどうすんだ?』

「どうするもなにもスルーだ……」
 ビィティはデオゼラからもらった金貨を親指で弾く。金貨を手の甲で受け止め表が出たなら助けに行く、裏なら助けないと決める。
 手を離し現れた金貨は……。

「これ、どっちが表だ?」

『あるじぃさぁ……』
『ご主人ちゃま……』

 だって、この世界の常識知らないんだからしょうがないじゃんとビィティは二体に文句を言いたそうな目で見る。

「まあいい、助けるぞ。クリン風を出せ」
『あいでちゅ!』

 背中に風を受け、前方の空気の抵抗をなくすとビィティの身体は超高速で走り出す。
 馬車が見える距離に来ると、馬車の中の少女たちが外に逃げようとしたのか野盗達に囲まれ剣を向けられている。

「ベルリ、水を高速の弾にして打ち出せ」

『おう!』

 ”ドシュ ドシュ ドシュ”

 発射されたバスケットボールサイズの水弾が野盗に当たると転がるように吹き飛ばされる。
 この技使うと周囲が乾燥して肌に良くないんだよなとビィティは笑う。

「クリン、風の刃で敵の武器を切り裂け」
『あいでちゅ!』

 起き上がろうとする野盗の武器をクリンの風の刃が切り裂き無力化する。
 岩を切り裂いたからイケるかもと思ったがやはりすごいなものだなとビィティはクリンの風の刃に感心する。

「大丈夫か?」

「先程の少年! 助かった」
 騎士風の少女がビィティに礼を言うと武器を持ち直し姫といわれる少女を守るように剣を構える。
 イケメンの少年は震えてなにもできていない。

 デオゼラも他の護衛の兵士が殺され一対五の劣勢を強いられている。
 精霊では間に合わないと判断したビィティは自分の短剣を抜くと野盗に向かい投げる。
 ビィティはクリンに武器を投げたら風で加速させろと事前に伝えており見事なコンビネーションを見せる。
 クリンの風に乗り加速された短剣は野盗の肩に刺さり野盗は悲鳴をあげて倒れる。

 その事で野盗の意識がこちらに向き隙ができた。
 その一瞬をデオゼラは見逃さず二人の首を切り落とす。
 殺させるために隙を作ったんじゃないんだがとビィティは殺された野盗を見てごめんと謝る。

「ベルリ、水の柱だ!」
『おう!』

 三人の野盗に水の柱が飛び出し動きを封じる。デオゼラは剣を突き刺し三人を惨殺する。
 動きを封じるために放った技でことごとく野盗は殺されてしまう。
 この世界の騎士には慈悲はないのかと死体を見てビィティは嫌な気分になる。
 だが、殺られる前に殺さなきゃ自分が殺されるだけだとビィティは自分の甘さを痛感するが、自分にはやはり人は殺せないとも思うのである。

 デオゼラに殺された野盗たちを見て、他の野盗たちは怯えて逃げ出した。普通の魔法ではない攻撃に、恐れを抱き闘争心を失ったのだ。

「坊主あいつらも逃がすな!」

「いや、もうこの距離では無理ですね」
 実際はまだ全然余裕だったのだが人を殺すのを見たビィティはこれ以上殺しの手伝いをしたくなくて嘘を言ったのだ。

 ビィティは逃げる盗賊の背を見ながら、できるなら悪事はしないでくれと願うのだった。

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